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五木寛之さんと栗山英樹さんが語る「対話」の力とは──

NHK出版デジタルマガジン

五木寛之さんと栗山英樹さんが語る「対話」の力とは──

五木寛之さんと栗山英樹さんによる特別対談!

92歳になった作家・五木寛之さんによる累計15万部超えの人気シリーズ「人生のレシピ」。

今回、その完結を記念して、五木さんと北海道日本ハムファイターズCBO・栗山英樹さんによる対談が『五木寛之×栗山英樹 「対話」の力』として出版化されました。

「野球と読書」、「スポーツとビジネス」、「WBCで感じたこと」、「栗山ノート」、「大谷翔平選手」から、「自力と他力」「幸せの基準」、「病のこと」、「意識と無意識」、「言葉の力」まで、92歳のレジェンド作家と球界随一の読書家のお二人が縦横無尽に・時間を忘れて語り合った珠玉の一冊より、その冒頭部分を特別公開します。

「自分自身を発見する」


──それが対談の面白さです。

今日は、先生にいろいろなことを


お聞きしたいと思ってやってきました。 ─栗山

栗山 五木先生、はじめまして。

五木 どうも、はじめまして。今日は楽しみにしてきました。

栗山 僕がいちばんお会いしたい方ということで、今回、無理を言って時間をいただきました。本当にありがとうございます。

五木 いやいや、そうおっしゃられると、本当に光栄というか、お恥ずかしい。僕はこれまで、プロ野球の監督さんとは、最初が長嶋茂雄さん、二度目が野村克也さんにお会いしているのですが、今回、三度目が栗山さん。もうこの年ですから、生涯に三人のプロ野球のスター監督とお話ができたというのは、ものすごくいい思い出になります。

栗山 本当に感激しています。よろしくお願いします。

五木 栗山さんは御本を何冊もお出しになっていますね。今回、『栗山ノート』『栗山ノート2』を読ませていただきました。ものを書くのが仕事の僕がこういうことを言うのはお恥ずかしいのですが、その本がどれだけ読まれているのかと、最初に奥付を見てしまう。この本はすごいですね、短期間のうちに版が重なっていて。

栗山 とんでもないです。

五木 びっくりしました。

栗山 これは、すべてWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に勝ったことが理由だと思うのですけれど、本当に恥ずかしい限りで。

五木 読んでいて、本当におもしろかった。栗山さんはよく勉強していらっしゃるから、古典などの引用がふんだんにされていて、僕もすごく勉強になりました。

栗山 先生にそれを言われると話がしにくくなってしまいますが、僕の場合、プロ野球の監督をやりながら、次第に相談する人がいなくなっていってしまったんです。そこで、昔の方や、先生の本などから学ばせてもらうということが基本になりました。

栗山 今日は、いろいろなことをお聞きしたいと思ってやってきました。最初に、先生、僕は、選手にものを伝えたりする、あるいは選手から話を聞くときに、お互い本当に真剣に聞いていたのだろうか、理解し合っているのだろうかと、あとで疑問を持つことがあります。対話でものを伝えるというのは難しいことなのでしょうか。

五木 実は、僕が表現の世界でいちばん大事にしているのは、「語り合う」ということなんです。声に出して話し、向こうの言うことを聞いて、そして自分の意見を述べるという。これが根本だと思うのです。僕は字を書いて仕事をしているわけですが、文字というのはあくまで「語り」の代用品で、根本は、人と直接語り合うことだと思う。最初から偉そうなことをしゃべって申し訳ないけれど。

栗山 いえいえ、先生の言葉をお聞きしに来たので大丈夫です。

五木 こういう話のとき、僕はときどきブッダの話をするのです。一般にはブッダと言えば、仏様で、すごく偉大な人だという感じがしますよね。けれど、虚心坦懐(きょしんたんかい)にブッダの生涯を眺めてみて、何をした人なのだろうと考えてみると、まず、歩いているんです。当時のことですから、本当に素足(すあし)に近いような足でガンジス川の流域を歩き回って、最期は雑木林の中で亡くなってしまう。

 もう一つは、話をしたということです。仏教で言うとお説法(せっぽう)ということになりますね。霊鷲山(りょうじゅせん)という山の上で話をしたというのは有名ですけれど、人を集めて、みんなに自分が悟った真理を語り聞かせたわけです。

 あともう一つ、問答(もんどう)というのが大事なんですね。たとえば、道を歩いて来た農夫とすれ違うときに、「自分たちはこんなふうに畑を耕して作物を作っている。あなたはいったい何をやっているのか」と言われて、「私は人々の心を耕しています」と答えたりする。機知に富んだやりとりですね。

 ブッダの生涯とは何だったのだろうと考えてみると、歩いた、語った、そして問答をした、基本的にその三つなのです。ですから僕は、人々に語りかけて対話をするというコミュニケーションが、すごく大事なんだと考えているのです。

 そういう意味で僕は、野球も一つの「対話」だと思うところがあるんですが。

栗山さんは、現代の偉大な対話者だなと思って、


うらやましいなと感じていました。 ─五木

栗山 対話、はい。

五木 それは、相手チームとの対話であり、また選手同士の対話でもあり、観客とプレイヤーの対話でもある。野球と仏教は、一脈(いちみゃく)通じているところがあると思いますね。

 栗山さんのお書きになった『栗山ノート』二冊を丹念に読んで、すごく感心した理由の一つはそこにあります。自分でものを書くというのは孤独な仕事だけれど、その中で栗山さんは、絶えず対話をしながら書いているんだね。そこが、すごくおもしろかったし、魅力がありました。いい御本をお作りになったと思って感心しました。

栗山 そう言っていただけるとうれしいです。たしかに、僕が本を読むのは、「これはどうしたらいいのだろう」と困ったときに、先人や先生の本に、「こうしたほうがいいのですか」と聞いている感じなんです。その読み方は、間違っていないということでいいのですか。

五木 うん、そうですね。

 そして栗山さんは、選手と対話したりものを考えたりしたあと、それをもとに、ずいぶん膨大(ぼうだい)なノートをお作りになった。これは自分との対話ですね。栗山さんは、期せずして、対話という、生き方として大事なことをちゃんとやっていらっしゃる。WBCの監督をお退(の)きになったあとでも、メディアに出られたり、ものをお書きになったりしていますが、結局はこれも対話なんです。誰かに語りかけて、メッセージを発して、相手からの反応を自分の中で咀嚼(そしゃく)する。

 そういうふうに考えてみると、栗山さんは、現代の偉大な対話者だなと思って、はたから見てうらやましいなと感じていました。

栗山 いま先生に言っていただいた「対話者」というのは、これからぜひ、使わせていただきます。それを意識することで、自分が目指す方向、行きたい方向に行けそうな気がしました。

五木 監督という仕事をなさっていて、選手やコーチとの対話だけでなくて、観客との対話、いわば無言の対話というのも試合の中にはあると思うのです。そういう対話者としての栗山さんが、僕の中のイメージですね。

栗山 たしかに、試合をやっていて、もちろん勝つためだけを考えて采配(さいはい)をふるうのですが、ふと迷ったときに、「見ているファンの人たちはどういう展開を見たいのか」とか「どういうことを期待しているのか」と、頭にバーッと浮かぶことが実はあるんです。

五木 イメージですね。

栗山 はい、イメージが。そのとき、それに対する言い訳のように、「ファンの皆さんはこうしてほしいかもしれないけれど、ごめんなさい、僕は勝つためにこうします」と思って采配を決めたこともありました。

 プロ野球なので、ファンの人に喜んでもらわなければいけないときがあります。ファンの意図もくんで、ここはそうやってもいいというときにはその采配を選択する。たしかに、そこはすごく考えていたかもしれないですね。

五木 そうですよね。野球はもちろん一人でやっているのではなくて、選手同士だけでやっているわけでもない。球場にいる観客、テレビを見ている全プロ野球ファン、そういう人たちとの対話のドラマですよね。

 最近、すごくそれがわかってきました。野球のおもしろさというのは、プレーだけではなくて、社会における野球の存在そのものが対話であり、コミュニケーションだなと思ってね。そのコミュニケーターというか、陣頭(じんとう)に立って指揮をしていらっしゃるのが監督ですから。栗山さんのお仕事というのは、ある意味では、言い方はおかしいけれど、一種の宗教的な感じさえするところがありますね。

本書『五木寛之×栗山英樹 「対話」の力』では、NHKラジオ深夜便でのスペシャル対談の内容をもとに加筆・修正した第一部と、語り下ろしによる第二部の二部構成で、お二人の対談をお楽しみいただけます。

■『五木寛之×栗山英樹 「対話」の力』より

著者

五木寛之(いつき・ひろゆき)
作家。1932年、福岡県生まれ。朝鮮半島で幼少期を送り、引き揚げ後、52年に上京して早稲田大学文学部露文科に入学。57年に中退後、編集者、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞、2010年『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞など受賞多数。22~24年にかけて、NHK出版の教養・文化シリーズ『人生のレシピ』全10巻を刊行。ほかの代表作に『風の王国』『大河の一滴』『蓮如』『下山の思想』『百寺巡礼』『生きるヒント』『孤独のすすめ』など。日本芸術院会員。

栗山英樹(くりやま・ひでき)
1961年、東京都生まれ。北海道日本ハムファイターズCBO。東京学芸大学を経て、84年にドラフト外でヤクルトスワローズに入団。89年にゴールデングラブ賞を獲得。90年に引退し、解説者、スポーツジャーナリスト、白鷗大学教授などを務める。2011年11月に北海道日本ハムファイターズの監督に就任し、監督1年目でリーグ制覇。16年に2度目のリーグ制覇と日本一に輝き、正力松太郎賞を受賞。21年11月に日本ハムファイターズ監督を退任し、12月に野球日本代表監督に就任。23年3月にWBC優勝、5月に日本代表監督を退任。

※全て刊行時の情報です。

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