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YMOとスネークマンショーがコラボした傑作アルバム「増殖 - X∞ Multiplies」の魅力

Re:minder

1980年06月05日 イエロー・マジック・オーケストラのアルバム「増殖 - X∞ Multiplies」発売日

“ミニアルバム” としてリリースされた「増殖 - X∞ Multiplies」


うぉぉ、おもしれー!
オレたちもこれ、やってみようぜ!

1980年当時、中学2年生だった私は、友達と3人で白い壁をバックに写真を撮り、それを何枚も焼き増し。体の輪郭に沿ってハサミでチョキチョキ切って、ポスターサイズの白い台紙にペタペタと貼りつけていった。それをまた写真で撮って… まだカラーコピーなんてまったく普及していなかった時代だ。面倒くさいしカネもかかったが、YMOと同じことをやっているという満足感は何ものにも代えがたかった。まさに “リアル中二病” である。今ならスマホアプリを使えば、秒でできることなんだけど。

“ついでに曲もコピーしよう” という展開になれば、私も今頃はミュージシャンになっていたかもしれない。だが誰もシンセサイザーなんか持っていなかったので、代わりにラジカセで、自分で脚本を書いた音声コントを録音して悦に入っていた。私が構成作家になり、ときどきコントを書いたりしているのも、今思えばこのときの経験がベースになっているのかもしれない。

当時、似たようなことをした同世代の方も多いのではないか。YMOの通算4作目のアルバム『増殖 - X∞ Multiplies』(以下:増殖) は1980年6月、アルファレコードから “ミニアルバム” としてリリースされた。レコードのサイズは10インチで、アルバムジャケットも通常より小さめ。ただそのサイズだとレコード店が扱いにくいので、LP盤(12インチ)と同サイズの赤い縁取りが付いた段ボールケースに収められる形で販売された。YMOは何をするにしても、他のアーティストとは違っていたのだ。

YMO3人の人形がズラリと並ぶジャケットアート(中央の3体を最初に製作し複製、1人100体制作)も目を引いたけれど、画期的だったのは、曲と曲の間にスネークマンショー(小林克也、伊武雅人、桑原茂一)のコントが挿入されていたことだ。曲とコントの繋ぎ方も最高!ラジオ番組の『スネークマンショー』は小学生のときから愛聴していたので、私にとって『増殖』はYMOの新譜というよりもむしろ “スネークマンショーがYMOの曲をバックに新しいコントアルバムを出した” という認識だった(スミマセン)。

多忙すぎた1980年のYMO


そんな失礼極まりない中坊だった私だが、『増殖』に入っているYMOの楽曲はいずれも大好きだった。世界規模のブレイクを果たし、ノリに乗っていた時期だけにどれも尖っていて、演奏もすこぶるカッコいい。ではなぜ、YMOの曲単体のアルバムではなく、しかもA面・B面あわせて30分に満たないミニアルバムとなったのか? 答えは簡単。“多忙すぎた” からだ。

1980年のYMOは、海外公演と中野サンプラザでの凱旋公演の演奏を収めたライブアルバム『パブリック・プレッシャー / 公的抑圧』を2月にリリース。初のオリコン1位に輝き、まさに絶頂期だった。創立以来、実験的な意欲作を世に送り出してきたアルファレコードだが、一方で会社の経営基盤も固めたい。レコードを出せば売れる状況だったYMOに “もう1枚、別の音源でライブ盤を出さないか?” と持ちかけたのは当然のことだ。

しかし、リーダーの細野晴臣はそれを良しとしなかった。それじゃ二番煎じだし、そんなカッコ悪いことはやりたくない。だがYMOは3月から5月にかけて国内ツアーを行っており、フルアルバムを作る余裕もなかった。だがアルファの言い分もわかるし、売り出してもらった義理もある。代案として細野が提案したのが “ミニアルバム製作” だった。

スネークマンショーのコント入り異色アルバム


「ナイス・エイジ」「シチズンズ・オブ・サイエンス」といったボーカル曲が2曲入っているのは高橋ユキヒロ(高橋幸宏)の意向。ラジオ番組の『スネークマンショー』を気に入って細野に聴かせたのもユキヒロだ。新曲を数曲レコーディングして、間にスネークマンショーの寸劇を挟めば30分ぐらいのミニアルバムになる。そんな事情を背景に、コント入りの異色アルバム『増殖』が世に出たのである。

では内容を見ていこう。クレジット上は全12曲(コントも含むので正確には12トラック)となっているが、小林克也のラジオDJ風曲紹介が入ったA面トラック1「ジングル “Y.M.O.”」はわずか20秒ほど。A面トラック6「ヒア・ウィ・ゴー・アゲイン」はトラック4「タイトゥン・アップ」のリプライズで、コントを除いたYMOの曲は実質5曲。うちカバー曲と既発表曲が1曲ずつで、新曲と言えるのは3曲だけだ。ツアー中で時間的な制約があったからだが、そんな状況でも絶対に手は抜かない彼ら。1980年代YMOの幕開けとなったその5曲について記しておこう。

高橋幸宏が英語詞で歌う「ナイス・エイジ」


まずは、ジングルに続いて演奏される実質的オープニングナンバーの「ナイス・エイジ」。ユキヒロが歌う英語詞は、日本に在住する英国人詩人、クリス・モズデル。 “彼女のおもちゃは 傷ついた男の子たち” という出だしで始まる、いい年(= Nice Age)なのに若い男の子と火遊びをする熟女の歌だ。ユキヒロと教授(坂本龍一)の手による洗練された曲は、ニューロマンティックっぽくもある。

当時、ユキヒロ独特のモゴモゴした英語の発声をよく真似たものだったが、なにぶん中2だったので、何を歌っているのかサッパリわからなかった(笑)。しかも途中で女性の声が入ってくる。声の主は福井ミカ。そう、サディスティック・ミカ・バンドのボーカルだ。当時、加藤和彦と別れ、ミカバンドの『黒船』を手掛けた英国人プロデューサー、クリス・トーマスと事実婚状態だったミカ。彼女が日本語で読み上げる “ニュース速報” がまたシャレが効いている。

ニュース速報。22番は、今日で1週間経ってしまったんですけれども、でももうそこにはいなくなって、彼は花のように姿を現し…… Coming up like a flower


1980年は、1月にポール・マッカートニーがウイングスと共に来日。日本ではビートルズ武道館公演以来となるライブを行うはずだった。ところが…… 荷物の中に大麻が見つかり、来日公演は中止に。ポールは大麻不法所持で拘留された。そのとき入った独房の番号が “22番” である。

ミカが一緒に暮らしていたクリス・トーマスは、名プロデューサー、ジョージ・マーティンのアシスタントとして後期ビートルズの楽曲制作にも携わった人物だ。“Coming Up Like A Flower” は、ウイングスのヒット曲「カミング・アップ」の一節。真偽は定かではないが、一説によると、ポールは来日中にYMOのレコーディングスタジオを訪れる計画もあったとか。もし実現していたら、ポールとYMOのこと、どんな “悪戯” をしていたのか… 返す返すも惜しい。

細野、高橋の超絶技巧が存分に味わえる傑作、「タイトゥン・アップ」


前年、1979年に起きた “KDD事件” を揶揄したスネークマンショーのコントに続くYMOの2曲目(A面トラック4)は、シングルカットされた「タイトゥン・アップ」。1968年にアーチー・ベル&ザ・ドレルズがヒットさせたリズム&ブルースのカバーだ。YMOのオリジナル曲ではないが、細野のベース演奏とユキヒロのドラムの超絶技巧が存分に味わえる傑作。個人的に本アルバムでいちばん好きな曲で、何だかんだいって、彼らが世界で通用したのは演奏力。特にリズム隊が盤石だったからなんだよな。

“Tighten Up” は “ベルトを引き締める” 転じて、“管理を厳しくする” みたいな意味もあるが、ここでは “しまっていこうぜ!” みたいな感じかと。サブタイトルにもなっている、原曲にはない小林克也のアジテーション “Japanese Gentlemen, Stand Up Please!” (勃てよ、日本の紳士諸君!)もすんばらしい。45年経った今、トランプ政権の毒気にヤラれて意気消沈気味のビジネスマンにも聴いてほしい曲だ。

ニューロマンティックを先取りした「シチズンズ・オブ・サイエンス」


さてB面に移ろう。スネークマンショーの傑作コントの1つ「ここは警察じゃないよ」に続く曲は「シチズンズ・オブ・サイエンス」。これもクリス・モズデルによる英詞で、作曲は坂本龍一。教授のセンスがほとばしる1曲で、「ナイス・エイジ」以上にニューロマンティックを先取り。大村憲司のギタープレイも冴えまくっている。途中の英語のセリフは、クリス・モズデル自身。

シンプルだが洗練されたこの曲に繋がるのが、シンプルで下らないダジャレを噺家 “林家万平” が中国人民を前に披露する、というコント。もちろん通じるわけがないのだが、聴衆たちがいちいち周囲と相談してからわざとらしく爆笑するところは、当時の硬直した社会主義を風刺していて痛快だった。この中国人民って今聴くと、同調圧力が蔓延する日本のSNS社会が重なって見えたりして。

「エンド・オブ・エイジア」は教授のセルフカバー


続いては、アルバムタイトル曲でもあるインスト曲「マルティプライズ」。作曲はYMO名義になっているが、冒頭で映画『荒野の七人』の主題歌のフレーズを引用したことが後に問題となり、現在はエルマー・バーンスタインも作曲者のクレジットに名を連ねている。スペシャルズ、マッドネスらによる当時のスカブームを反映させた曲で、自分が最初に聴いた国産スカってこれかも。スカのリズムにしっかり合わせるユキヒロのドラミング技術が聴きモノ。やはり演奏力あってこそのYMOですよ。

今でも大勢いらっしゃるけれど、評論の名を借りてマウントばかり取りたがる音楽評論家たちを痛烈に風刺したコント「若い山彦」(NHK-FM『若いこだま』のパロディ)に続いて、本アルバムを締めくくる曲は「エンド・オブ・エイジア」(= アジアの果て)。もともと教授が1978年に発表したソロアルバム『千のナイフ』のエンディング曲で、つまりは “セルフカバー” である。

前トラックのコントで、音楽評論家たちが口角泡を飛ばすシーンに重なって牧歌的に流れ、伊武雅刀のセリフ “あぁ… 日本は… いい国だなぁ” でしみじみ終わる。このセリフ、強烈な皮肉にも受け取れるが “YMOとスネークマンショーがコラボしたこんな傑作が聴けるなら、日本ってホントいい国だよな” と素直に同感した中2の私もいる。58歳になった今もそう思う。

時間的制約と、リリースごとに高まっていく周囲の期待、売れる作品を創らねばというプレッシャー… さまざまな障害と戦いながら、スネークマンショーと “共闘” する形で傑作を創ってしまったYMO。私が『増殖』から学んだことは “優れたコントとカッコいい音楽は同一線上にある” ということだ。

Japanese Gentlemen, Stand Up Please!

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