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松田聖子、田原俊彦、近藤真彦らと同じデビュー45周年の〝ラブソングの王様〟鈴木雅之と「My Soul Sister」鈴木聖美との「ロンリー・チャップリン」は、ファンが選ぶナンバーワン!

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松田聖子、田原俊彦、近藤真彦らと同じデビュー45周年の〝ラブソングの王様〟鈴木雅之と「My Soul Sister」鈴木聖美との「ロンリー・チャップリン」は、ファンが選ぶナンバーワン!

 
 1980年にデビュー、2025年の今年45周年のアニバーサリーイヤーを迎える歌手は多い。一例をあげてみると、なんといっても、70年代を代表するアイドル山口百恵と入れ替わるように、躍り出た松田聖子。4月1日「裸足の季節」でデビューした。男性アイドルの2トップ、田原俊彦と近藤真彦。二人は1979年TBSドラマ「3年B組金八先生」の生徒役でキャリアをスタートさせ、翌年田原は「哀愁でいと」で6月21日にデビュー、近藤は「スニーカーぶる~す」で12月12日にデビューしている。

 
 その他にも、現在は声優として活躍している日高のり子。ときどきNHKの情報番組「あさイチ」のナレーションでその声を聴く日高だが、「ふた子のモンチッチのうた」で1月21日のデビューだった。岩崎良美は「赤と黒」で2月21日デビュー、演歌歌手の松村和子は「帰ってこいよ」、もんた&ブラザーズは「ダンシング・オールナイト」で二人は4月21日のデビューだ。河合奈保子と柏原芳恵は6月1日デビューでそれぞれ「大きな森の小さなお家」、「No.1」がデビュー曲だ。甲斐智枝美、浜田朱里は、田原俊彦と同じ6月21日デビュー。国会議員に転じた三原順子(当時)は、「セクシー・ナイト」で9月21日デビュー。いまや世界を舞台に活躍する俳優・真田広之は、映画『忍者武芸帖 百地三太夫』の主題歌として11月1日に「風の伝説」をリリース。時代劇俳優というイメージが強い松平健は、刑事ドラマ「走れ!熱血刑事」の主題歌「夜明けまで」を11月5日リリースしている。

 
 ここでもう一人忘れてはいけないのが、1980年2月25日「ランナウェイ」でデビューしたグルーブ「シャネルズ」のリードボーカル鈴木雅之だ。「シャネルズ」は、83年「ラッツ&スター」に改名し、86年から鈴木はソロになっている。

「シャネルズ」がデビュー曲「ランナウェイ」を歌う姿をテレビで初めて見たときは、吃驚するほどインパクトが強かった。派手なラメのタキシードを着た10人の男性、そのうちメインボーカルの4人は顔を黒く塗り白い手袋をしていた。「ランナウェイ」は、元は音響機器メーカーのラジカセ「ランナウェイ」のCMソングとしてつくられ、当初は1コーラス分のレコーディングだったが、CMの反響からレコード化が決まり歌詞とメロディーを付けてシングルとしてリリースされたものだ。鈴木の低く太い声が安定し、男性コーラスのメロディーと上手く溶けあう曲だった。これは1950年代にアメリカの黒人音楽グループに流行った「ドゥーワップ」を基調にするものだったが、「シャネルズ」が歌うことで新鮮さを感じたこともヒットの要因だったと思う。デビュー曲にしてミリオンセラーとなった。

「ラッツ&スター」は、英語表記にすると「RATS & STAR」となる。日本語にすれば「ドブネズミたちと星」を意味し、下町育ちのドブネズミたちが「ドゥーワップ」を歌うと「RATS」がひっくり返り「STAR」になる。そして「ドゥーワップ」にとらわれないグループをめざしたこともあるようだが、化粧品メーカーの「シャネル」と表記が似ているので、クレームもあったとか。改名後の1曲目は化粧品メーカーのアイシャドーのCMとして「め組のひと」が起用され、モデルのVサインを横にした最後の「め!」の決めポーズが流行った。こちらも80万枚を売り上げる大ヒットとなった。

 その後「Tシャツに口紅」「今夜はフィジカル」「唇にナイフ」「夢で逢えたら」など9枚のシングルをリリースしたが個人の活動がふえ、田代まさし、桑野信義らはタレント活動で人気者になり、音楽以外の道に進むものもいた。鈴木はソロとして86年2月26日「ガラス越しに消えた夏」(作詞・松本一起、作曲・大沢誉志幸)をリリース、ギターは布袋寅泰が担当している。この曲は、インスタント食品のカップ麺のCMとタイアップだった。YouTubeを見直してみると砂漠を走るライダーという思いもよらぬ組み合わせで、スケールが大きく映像も美しい。昨今、多くのタレントの起用で購買意欲を図ろうとする商品が目立つが、当時のCMの秀逸さに驚かされた。

 
 いまや〝ラブソングの王様〟と称される鈴木雅之だが、45年の輝かしい軌跡を追うと、その原点になるのは、姉の鈴木聖美の存在があったと言っても過言ではない。聖美を「My Soul Sister」とリスペクトしているのだ。

 東京の大田区で旋盤工場を営む父のもとで育った鈴木姉弟だったが、雅之は4歳上の聖美の影響で小学生の頃からラジオから流れるR&B、アメリカンポップス、グループサウンズに目覚めるのだった。中学生になって同級生の兄からギターを習い、フォークバンドを結成するなど早くから音楽にのめり込んでいた。同じように姉の聖美もバンドでボーカリストを務め数々のコンテストで優勝していた。プロの誘いもあったが、結婚して2児の母となり音楽とは離れた仕事をしていたが、雅之の勧めで、「シャネルズ」のステージに時々「おねーちゃんコーナー」として参加。そのうち作曲家の井上大輔らの目に留まり評価されていた。87年4月1日、雅之の後押しもあって「シンデレラ・リバティ」でメジャーデビュー。その後同年7月1日にデュエット曲「ロンリー・チャップリン」(作詞・岡田ふみ子、作曲・鈴木雅之)をリリースしたのである。聖美は、作曲家や弟のお墨付きをもらうだけあって、初めて聴いたときにはパンチのある歌唱力に圧倒された。二人のハモリも抜群に心地良く、間奏に入るトランペットの響きもいい。哀愁のある歌詞なのだが、暗さはまったくなくノリがいいのだ。

 そのうえ解散した「ラッツ&スター」のメンバーがバックで軽くスイングしながらコーラスを務める。「シャネルズ」時代から、メンバーが鈴木の家に泊まったときなど、「朝めし食っていけよ」というくらい鈴木家は温かったのだ。「おねーちゃん」をオレたちも助けるんだという優しい気持ちが伝わってくる。

「ロンリー・チャップリン」は、銀座の宝飾店のCMソングとして起用されるとじわじわとチャートが上がり、男女がペアで歌うデュエット曲の定番になっていった。筆者自身も、このデュエット曲が好きになり歌いたくなって、まずは嫌がる弟をカラオケ店に連れていきトライしてみたのだが、鈴木姉弟のような音楽的センスが私たちにはなかった。以後、姉弟でカラオケに行くことはない。

 
 鈴木雅之45周年に際し、「ファン900人が選ぶ最強人気曲トップ10」というアンケート結果が、あるレコード会社から発表された。それによると、ナンバーワンに輝いたのが何と「ロンリー・チャップリン」だった。50代の女性は、──カラオケ全盛期のバブル時代、この曲をよく歌いました。でもマーチン(雅之)のパートをきちんとハモれる男性が少ないんです──などのメッセージも寄せられていたが、これにも頷いてしまった。

 因みにトップテンにランキングされたのは、10位「街角トワイライト」、9位「別れの街」、8位「ガラス越しに消えた夏」、7位「ランナウェイ」、6位「違う、そうじゃない」、5位「め組のひと」、4位「夢で逢えたら」、3位「もう涙はいらない」、2位「恋人」となっている。どの曲もサビが浮かんでくる。

 45年間一筋に歌い続けて来た鈴木雅之は、サングラスと口ひげという出で立ちで、それを一貫しているのも見事だ。これからも痛みも優しさもいろいろな思いをすべてキャッチボールできるラブソングを歌い続けてくれることだろう。

文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫

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