高等特別支援学校卒業後、就職した娘。成人当事者として語る進路選択への「本音」と支援の未来
監修:初川久美子
臨床心理士・公認心理師/東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち
“中学校特別支援学級卒業後の進路選択について”大学の研究のお手伝い
発達障害のある私の娘は、中学2年の3学期から特別支援学級に入級し、高等特別支援学校卒業後、特例子会社(※1)に5年間勤務しました。そして現在はグループホームで暮らしながら就労継続支援A型事業所(※2)に通っています。
今年の夏、私のもとに大学院生のSさんから“中学校特別支援学級卒業後の進路選択についての研究”に関するインタビューの依頼がありました。
親や本人へのインタビューというかたちでの研究への参加の打診があったことを話すと、娘は「自分の経験が役に立つなら」と快諾しました。
※1 特例子会社…障害のある人の雇用促進と雇用の安定化を図るために設立された会社のこと
※2 就労継続支援A型事業所…障害や難病のある人が、雇用契約を結び支援を受けながら働くことができる障害福祉サービス
発達障害のある娘と母が受ける初インタビュー
大学院生のSさんからは「オンライン形式でのインタビューも可能です」と言われましたが、娘は親子同伴の対面形式インタビューを希望しました。
所要時間は1時間ほどです。娘は話すことがあまり得意ではありませんが、聞き上手なSさんと話していくうちに徐々に緊張はほぐれていきました。
親がいると本音で話しづらいこともあるかと思い、私はトイレ休憩と称して途中で10分ほど席を外しました。
席に戻ると、娘から「思い出せないこととか、自分では説明がうまくできないことがあるから、お母さんからも説明してほしい」と言われました。卒業してから時間が経ち、記憶が曖昧な部分もあったので私たちは持参したサポートブックなども参考にしながら質問に答えました。
娘の本音
私が席を外している間、娘は「自分の好きな絵の道に進みたい気持ちがあった」「絵の専門の大学に進学したかった」と話していたそうです。
その後、Sさんから「なぜその道を選択せずに就労を目指す学校を選んだのか」と聞かれ、彼女は「ぎりぎりまで悩んだけど、中学校の特別支援学級の先輩が通っている学校を選んだ」と答えていました。そして「本心では高校卒業後、就労は望んでいなかったけど、親や先生が私のことを思ってすすめてくれていることは分かっていたから……」と話していました。
娘の気持ちには薄々気付いていましたが、私が本人の口から直接そのような話を聞いたのはこの時が初めてでした。
Sさんは娘と同世代なので娘の気持ちがよく分かるようでした。きっとSさんがいなければ娘からこの言葉を聞くことはなかったでしょう。
進路選択の最終決定は娘がしたとはいえ、彼女の本心を聞き私は胸の奥が少し痛みました。
親に対する質問
Sさんからは私にもいろいろな質問がありました。
Sさん「クリエイティブスクールなどは選択肢にはなかったですか?」
私「当時、通える範囲にあったクリエイティブスクールからは“発達障害に対する配慮は特にしてない”と言われていたし、自由度が高い校風が娘には合っていなかったので選びませんでした。また、親としてはWISC(※)などの検査資料を見て本人の特性を理解できる先生がその学校にいるかどうかも学校選択の大きな判断材料でした」
※WISC…WISC検査。知能検査のひとつ
また、私は今まで娘の前では言ったことがないような話もしました。
私「娘には芸術的なセンスがあるのは確かだと思う。でも今までそれが認められたり評価されたりしてきたのは周りの『サポート』があったからだと思っている。“親は子どもに成功体験を積ませて自己肯定感を上げるように”ってよく言われるけど、大人になってサポートがなくなってうまくいかなくなり、ジレンマに陥ったり落ち込んだりすることって絶対あると思う」
これには娘もうなずいていました。
私「学生のときは特定の分野に抜きん出ていた人も、大人になったら意外とうずもれてしまう、なんてこともよくあるし。まあこれは障害の有無に関係なく言えることだけど」
インタビューを受けて私が感じたこと
私自身がこんな辛辣(しんらつ)ともいえる親としての本音を口にできたのも、やはりSさんという中立的な立場のインタビュアー(第三者)の存在があったからでしょう。わが家の場合は卒業してある程度時間が経過していたこともあり、心理的な負担がそれほどない状態で親子ともども本音を語ることができました。
インタビューを受けることで、それまでお互いが面と向かって言えなかったこと、心の奥底に秘めていた気持ちを言い合うことができたのは、私にとって予想外の出来事でした。
そして、それまで押しに弱く流されやすいと思っていたわが子が、自分の言葉でしっかりと己の意思を伝える様子を目の当たりにし、私は「娘はいろいろな経験を経て、親と対等な存在になった」と彼女の成長を実感したのでした。
若き未来の支援者
Sさんとはそれほど長いお付き合いがあるわけではありませんが、事前にお会いし話をしていたので、私は彼の勉強熱心で実直な人柄を知っていました。
研究データの収集にはインターネットや書面でのアンケートも有効でしょう。でも彼は『今まで表明の機会がなかった方の声が必要』と考え、『対面で親や当事者の話を聞く』ことを選択しました。
若い彼が、警戒心が強い可能性のある保護者にアポイントメントを取り、障害のある当事者から話を聞くのは決して簡単なことではないと思います。時間も労力も要するこの方法は効率的とは言えないかもしれません。それでも地道に調査を重ね、結果を分析する彼の姿はまさに“研究者”そのものだと私は感じています。
自治体間の比較の分析も含めると、研究は数年続くと聞いています。
将来、Sさんがどのような職種・業種に携わるかは、未知数です。でも、試行錯誤を繰り返しながらも各地を訪れ、日々邁進している彼を私は応援せずにはいられません。
Sさんの研究によって障害のある子どもの進学についての課題や地域格差の問題が明確化されることで、近い未来、当事者や親の悩みが軽減されたら良いなと思っています。
微力ながらそのお手伝いができたなら、それは私たち親子にとってこの上ない喜びです。
執筆/荒木まち子
(監修:初川先生より)
大学院生のインタビュー調査を母子で受けたエピソードをありがとうございます。テーマは「中学校特別支援学級卒業後の進路選択について」。保護者の声のみならず、ご本人の声も対象となることがとても貴重かつ今日的な研究だなと感じます。
さて、まち子さんからすると当時はうすうす気づきながらもはっきりとは聞いていなかった「娘のホンネ」が聞けたインタビュー。当時はおそらくそこまで言葉にできなかった(親の思いもキャッチしている娘さんだからこそ言葉にしづらかったかもしれないですし、そもそも人生の大事な局面で自分の意志を口にすること自体なかなか勇気のいることでもあります)、その思いを大人になり、働き始めてしばらく経った今だからこそ言葉にできたようにも感じます。
そして、その進路選択に関する親としての思い。サポートがある場でないと傷ついてしまう。そこを親として大切な観点とされたのだと思います。当時その話をもしお互いでぶつけるように話されていたとしたら、親という立場、自分より長く生きている上の立場の人が(まだ何も傷つく前だとしても)サポートがないと大変と良かれと思って言ってくれていることに直面し、それはそれで娘さんは葛藤を深めたかもしれません。
娘さんは娘さんなりに熟考し「最終決断」されたのだと思いますが、岐路にある際の決断ではどんなときも「得るもの」「失うもの」があり、全方位的に100点満点の決断というのはないのかもしれないと感じます。その後の質問の流れで、どうしてクリエイティブスクール(特別支援教育そのものとは違う学校選択)を選ばなかったのかについての親としての語り、娘さんの芸術的なセンスに関してのまち子さんの思いを娘さんが初めてしっかり聞くことになったのはとてもよかったと思います。
進路選択のようなお子さん本人にとっても家族にとっても大きな局面。それがどうであったかを語ることはそこからの時間経過の長さによっても変わるでしょうし、現在のありようを本人・家族がどう捉えているかによっても変わると思います。そういう意味で、大人になってある程度落ち着いた良きタイミングにこのような機会があって、お互いの立場からの捉え方を意見交換するような場となってとても意義深い機会になられたようで何よりです。
今は、「当事者の意見を聞く」潮流がだいぶ強くなってきました。これまで周囲の人だけで良かれと思ってさまざま決めてきてしまった反省など、国際的な潮流、あらゆる分野での潮流をふまえてのこの展開ですが、今後もっと発達障害や知的障害分野でも当事者の声が表に出やすくなると思います。家族や支援者はそうした声を参考に、そして目の前のお子さんの声を聞こうとしながらやっていく。当たり前といえば当たり前のことなのですが、思いが強いとついそこが抜けがちな面もあります。時代のアップデートに私たちの意識もアップデートしながら、日々の支援を考えていきたいですね。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。