「カリカリ」のおかきと「ガリガリ」のおかきはどちらが硬い? 言語学者・秋田喜美さんが日本語のオノマトペを徹底解剖!【NHK俳句】
「がりがり」「ぎちぎち」…G音で始まるオノマトペのイメージとは?秋田喜美さんの解説を紹介!
「がりがり」「ぎちぎち」「ぐいぐい」…オノマトペは擬態語や擬音語の総称です。
2024年度『NHK俳句』テキストに掲載の「オノマトペ解剖辞典」は、新書大賞2024(中央公論新社主催)で大賞を受賞した『言語の本質』の共著者で言語学者の秋田喜美さんによる連載です。
様々なオノマトペを俳句とともに徹底解剖するこの連載で、日本語への興味を深め、俳句作りのヒントも学んでみましょう。
今回は『NHK俳句』テキスト2024年12月号から、「G音」のオノマトペに宿るイメージについての解説をお届けします。
阻害音 G音で始まるオノマトペ
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カリカリしたおかきとガリガリしたおかきは、どちらのほうが硬いでしょう? 多くの日本語話者は「ガリガリ」と答えます。美味しく食べるには「カリカリ」くらいがちょうどいいかもしれませんね。濁音であるガ行(G音)は、対応する清音であるカ行(K音)と「硬さ」という意味を共有しつつ、それよりも大きく、重く、強い様子を表します。「カリカリ」よりも「ガリガリ」のほうが硬いと感じるのはそのためです。
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早速、例句を見てみましょう。鹿が「がりがり」とこする何かも、やはり硬そうですね。「ぎい」と廻る大きな鯉は、がっしりしていて重そうです。蟻の穴の「ごうごう」からは真っ暗な世界の深さと大きさが伝わってきます。G音は、硬くて、重くて、大きいのです。なお、一見例外に見える「ぐにゃぐにゃ」は、「ぐ」で土筆の硬さを、「にゃ」で柔らかさを時系列に沿って表しているものと考えられます。
では、蛙の「げろげろ」はどうでしょう? 「けろけろ」に比べると、大きくて低い声を想像させます。また、猫の「にゃー」や牛の「もー」よりも「硬く」聞こえる声なので、G音のイメージにぴったりです。さらに、「がっき」というオノマトペは、蟬の抜け殻が書院の壁面にしっかりとくっついている様子を表しています。このG音は、抜け殻の硬さというより、落ちまいと六本の脚で壁面を摑む力強さを写しています。このように、G音に宿る「硬さ」や「重さ」は、耳や目でも感じられるイメージなのです。
ところで、もしそばに外国語の話者がいたら、冒頭のおかきの質問をしてみてください。実は、「ガリガリのほうが硬い」という感覚は、日本語の中で培われた感覚です。たとえば、英語話者は「カリカリ」のほうが硬く感じるといいます。私たちが当たり前だと思っている清濁のイメージは、意外にも「日本語的」なのです。この感覚を俳句の中でも大切にしていただけたらと思います。
『NHK俳句』テキストでは、オノマトペの特徴「多感覚性」についての解説も掲載しています。
講師
秋田喜美(あきた・きみ)
1982年、愛知県生まれ。名古屋大学文学部准教授。専門は認知・心理言語学。著書・編書に『オノマトペの認知科学』『言語の本質――ことばはどう生まれ進化したか』、Ideophones, Mimetics and Expressives など。
※掲載時の情報です
◆『NHK俳句』2024年12月号より「オノマトペ解剖辞典」
◆イラスト:川村 易
◆参考文献:『オノマトペの認知科学』(秋田喜美著・新曜社)/『日本語のオノマトペ──音象徴と構造』(浜野祥子著・くろしお出版)/Akita, K., McLean, B., Park, J., & Thompson, A. L. (2024). Iconicity mediates semantic networks of sound symbolism. The Journal of the Acoustical Society of America. /『現代俳句擬音・擬態語辞典』(水庭進編・博友社)/『擬音語・擬態語辞典』(山口仲美編・講談社学術文庫)
◆トップ写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート(テキストへの掲載はありません)