リーテイルのプロから経営のプロへ。独自の「川下ビジネス」で小売業界に革命を起こす 【東京都中央区】
伊藤忠グループの1社であり、コンビニエンスストア等の小売業界向けに日用品・生活雑貨・包装資材等の卸売販売やプライベートブランド(PB)商品の開発を積極的に手掛ける伊藤忠リーテイルリンク株式会社(以下、リーテイルリンク)。2024年には老舗卸売業「東京堂」の事業を会社分割により承継した。非食品分野の卸売業界の中で異彩を放つ会社の舵を取る中嶋政文社長。
創業黎明期からリーテイルリンクの成長を支えてきた彼は、「リーテイルのプロ」から「経営のプロ」へと進化し、次世代の流通業界を切り拓こうとしている。その奮闘と挑戦に迫る。
「借りる」から「買う」時代へ。ビデオ事業で消費者へ近い存在を目指し始まった挑戦
1991年、「ビデオは借りる時代から買う時代になる」という仮説をもとに、伊藤忠商事株式会社(以下、伊藤忠商事)の化学品部門とビデオレンタル大手企業との合弁で「ビデオチャンネルジャパン株式会社(以下、VCJ)」という会社を設立し、家庭観賞用のビデオの卸売販売を開始しました。これがリーテイルリンクの原点となる会社でした。今でいうベンチャーやスタートアップ的な会社であり、当時の伊藤忠商事のグループ会社の中でも異質な組織であったと中嶋氏は語ります。
伊藤忠商事の化学品部門は、主に合成樹脂(プラスチック)を加工メーカー向けに販売することを生業としていましたが、競争激化や市況の不安定さなどもあり、このままではきっと市場から淘汰される可能性があるかもしれないとの懸念をもち、プラスチックの塊である「ビデオソフトそのもの」を小売業へ販売するという、これまでのビジネスモデルを一足飛びに変革したものでした。
この観点は、現在の伊藤忠商事の岡藤正広CEOが掲げる経営方針である「利は川下にあり」に当時から既に合致していたものだったのかもしれません。「利は川下にあり」とは、従来の商社が担っていた原材料の調達・供給(川上ビジネス)から一歩進み、消費者に近い領域で新たな価値を生み出すことを指します。世の中全体のニーズが多様化・複雑化する現代社会において、消費者との接点の重要性は益々増しています。商流全体のイニシアチブを握るためには、この「消費者目線」「マーケットイン」の重要性をリーテイルリンクは設立された時から持っていたと言えます。
創業当初の人員はわずか数名で、小売業界と初めて対面する新しい事業の立ち上げには多くの不安も伴いましたが、同時に、「この事業を通じて新たな価値を生む」という明確なビジョンが社員の間で共有され、未来への期待が社内に広がっており、創業間もなくして伊藤忠商事からVCJに出向となった中嶋氏は先輩・同僚・後輩たちとともに、この挑戦に全力で取り組みました。
現地の文化を尊重し築いた海外メーカーとの信頼関係。国内外の供給基盤を強化
会社にとっての大きな転機は、1998年の伊藤忠商事によるファミリーマート買収でした。この買収により、同社はファミリーマート向けに非食品商材を供給する機会を得て、事業規模を急速に拡大しました。店舗で使用する消耗品やPB商品の開発・供給において確固たる基盤を築き上げ、事業を大きく拡大する道筋を切り拓きました。
こうした事業拡大の下支えとなったのが、海外製品の取り扱いです。VCJは伊藤忠商事の広範なネットワークを活用し、中国や東南アジアをはじめとする海外メーカーと提携。現地の商習慣や文化を尊重しながら信頼関係を築き、高品質かつコスト効率の高い商品を調達しました。これにより、国内市場だけでなく海外製品を活用した競争力を確立し、消費者ニーズに応える体制を強化しました。
一方で、会社の祖業であったビデオ販売事業は、急速なデジタル化や消費者ニーズの変化により、衰退を余儀なくされていきます。2012年、ビデオ販売事業からは撤退し、社名をVCJから現在の「伊藤忠リーテイルリンク株式会社」に変更。名実ともに、伊藤忠グループにおける非食品分野のリーテイルビジネスの中核を担う存在となっていきます。
「リーテイルのプロ」から「経営のプロ」へ。流通業界の先を見据え
中嶋氏は、創業期から事業拡大期まで、商流の最前線に立つプロフェッショナルとしてのスキルを磨いた後、伊藤忠商事の本社およびグループ企業の経営企画としてグループ全体の戦略に携わります。さらに海外のグループ会社のトップを務めました。こうした多様かつ重大な責任のある経験が、彼を「リーテイルのプロ」から「経営のプロ」に進化させました。
2024年、中嶋氏はリーテイルリンクの社長に就任しました。彼が描くのは、現状に甘んじることなく、未来を切り拓くための新たな戦略です。「売上は順調に拡大してきたが、次のステージに向けた大きな挑戦が必要だ」と語る中嶋氏。その言葉には、伝統と経験からくる自分たちの価値への確信とともに、次世代の流通業界を切り拓こうとする強い決意が込められています。
老舗卸「東京堂」の事業を承継し、成長の可能性を広げる
日本の日用品・化粧品卸業界では、その多くが100年以上の歴史を持ち独特の存在感を持っています。リーテイルリンクはそのようなバックボーンを持たないため、独自の挑戦と工夫を重ねてきました。創業期から培った川下ビジネスへの先見性や、PB商品の開発を通じた付加価値創出など、柔軟な発想と行動力で市場に食い込んできたのです。
2024年、老舗卸売企業「株式会社東京堂(以下、東京堂)」の事業を会社分割により承継したことは、その挑戦の延長線上にある大きな一歩です。東京堂が持つ、誠実で、きめ細やかな営業力や、現場に根付いた高いオペレーション力は、リーテイルリンクにとって新たな学びの機会となりました。中嶋氏は、この買収について、「これは単なる規模の拡大ではなく、私たちがまだ持ち得ていなかった強みを吸収する足がかり」と語ります。東京堂の伝統、経験、そしてリソースを活用することで、リーテイルリンクは更なる成長の可能性を広げようとしています。
柔軟な流通モデルの変化により、消費者ニーズの多様化へ対応
リテール業界全体が消費者ニーズの多様化やデジタル化の急速な進展により、大きな変革期を迎えています。従来の流通モデルでは対応しきれない新たな課題に直面するなか、小売業者は「単なる商品供給以上の価値」を卸売業者に求めるようになっています。
中嶋氏もこうした変化を強く意識しており、「同じ商品を流すだけの時代は終わった。これからはお客様のニーズに応えるソリューションを提供し、業界全体に新しい価値をもたらす必要がある」と語ります。この言葉には、単なる商品供給業者としてではなく、小売業者のパートナーとして価値を共創する存在になりたいという彼の強い思いが込められています。中嶋氏は自社の役割を「業界を支える基盤づくり」と位置づけ、リーテイルリンクが提供する価値をさらに広げていこうとしています。
伝統と革新の融合で生み出す新たなサプライチェーンモデル
現在、リーテイルリンクは東京堂との企業融合を進めるとともに、業界におけるプレゼンスの向上を目指して挑戦を続けています。その鍵となるのは、更なるPB商品の開発力強化や、新たなサプライチェーンモデルの構築です。
中嶋氏は企業の更なる成長に向け、次世代のリーダー育成にも力を注いでいます。自分が経験してきた「リーテイルのプロ」から「経営のプロ」へ進化するための考えや思いを幹部陣全体で共有し、全社一丸となって新たな時代を切り拓く決意を固めています。
彼が見据える未来とは、「川下ビジネスを核に、伝統と革新とが共存する新たな流通モデルを創る」こと。その挑戦はリーテイルリンクだけでなく、業界全体の新しい可能性を広げていくでしょう。
※聞き手、執筆 木場晏門