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幸せだった乙女が流されている理由。名画「オフィーリア」の「美しく残酷」な真実

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幸せだった乙女が流されている理由。名画「オフィーリア」の「美しく残酷」な真実



「なんだか良かった」だけで終わってしまう美術鑑賞に、物足りなさを感じている方へ。書籍『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』(KADOKAWA)は、「絵画をもっと深く味わってみたい」と思う皆さんにおすすめしたい一冊です。「オフィーリアは何を描いているの?」「モナ・リザの魅力って?」...そんな疑問も、この本を読めば氷解します。東京大学で美術史を学んだ著者が、絵画鑑賞の「コツ」を丁寧に解説。物語や歴史の知識をひも解くことで、名画がより一層、鮮やかに見えてきます。この本を手に、美術鑑賞をさらに有意義な体験に変えてみませんか。


※本記事は井上 響 (著)、 秋山 聰 (監修)による書籍『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』から一部抜粋・編集しました。


水に浮かぶ乙女


ジョン・エヴァレット・ミレイ
《オフィーリア》


ジョン・エヴァレット・ミレイ《オフィーリア》 1851-52年、テート・ブリテン、ロンドン(イギリス)


これは一人の乙女の最期の場面を描いた作品です。



一人の乙女が、水の流れの中で横たわっています。鮮やかな緑の植物や、水面に浮かび漂う色鮮やかな花に囲まれている彼女は、力なく水面上に両手を上げるだけで、虚空を見つめて動こうとしません。そして彼女はこのまま水の中へと沈んでいくのです。



彼女の名はオフィーリア。シェイクスピアの作品『ハムレット』に出てくる、デンマーク大臣の娘。デンマーク王子の恋人という、元々は、幸せな生活を送っていた一人の乙女です。



ある日、恋人の気持ちをオフィーリアは試そうとします。その気持ちが本物なのか、噓偽り
のない愛なのか。わざと彼に冷たくすることで、オフィーリアは愛を確かめようとします。すると、恋人は豹変しオフィーリアを傷つけるような言葉を吐くようになるのです。



苦しむオフィーリア。自分のせいで、愛する人は変わってしまった。何の気なしに言った言
葉や態度一つで、取り返しのつかぬ過ちを犯してしまった。



けれど、すれ違いだったのです。実はその恋人は冷たくされたから変わってしまったのでは
ありませんでした。彼は復讐に取り憑かれていたのです。自分の親の仇を討とうとしており、その復讐にオフィーリアを巻き込まぬために、わざと変わったフリをして遠ざけていたのです。



でも、そんなすれ違いが解消されることは最後までありませんでした。というのも狂ったフ
リをしているだけのつもりが、その恋人は実際に狂気に沈み、魂を壊してしまっていました。そして、殺してしまうのです。復讐相手と間違えて、オフィーリアの父を。



その時のオフィーリアの嘆き、悲しみはいかほどだったでしょうか! 自分のせいで恋人は狂い、狂った恋人により父は殺されてしまった。この不幸すべての原因は自分なのだ。それがオフィーリアの中の真実でした。オフィーリアはもはやまともに会話もできぬ、糸の切れた人形のようになってしまいます。



「しと、しと、と合いの手を入れて。そして、あなたは、しと、しと、降る、降る、よ。ああ、糸車は歌に合うわね。主人の娘を盗んだのは、いけない執事でした」


〔引用:『新訳 ハムレット』( 角川文庫) シェイクスピア( 著)、河合祥一郎( 訳) KADOKAWA Kindle版 P170〕



このような意味のない言葉をオフィーリアは吐くようになります。彼女の狂気を周囲は憐れ
みますがどうにもできません。



そして、気が狂ったままオフィーリアは水の底に沈んでしまうのです。



何も判断ができない状態で、自分が死ぬ間際ということにさえ気がつかないまま、オフィー
リアは亡くなるのです。



「オフィーリアはきれいな花環をつくり、その花の冠を、しだれた枝にかけようとして、よじのぼった折も折、意地わるく枝はぽきりと折れ、花環もろとも流れのうえに。すそがひろがり、まるで人魚のように川面をただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいたという、死の迫るのも知らぬげに、水に生い水になずんだ生物さながら。ああ、それもつかの間、ふくらんだすそはたちまち水を吸い、美しい歌声をもぎとるように、あの憐れな牲を、川底の泥のなかにひきずりこんでしまって。それきり、あとには何も」


〔引用:『ハムレット』(新潮文庫) シェイクスピア(著)、福田恆存(訳) 新潮社 Kindle版 P150 -151〕



ミレイの描くオフィーリアは残酷なまでに美しいです。



彼女は両手をあげています。その瞳には恐怖が見えません。というのも彼女は正気を失っているので、理解できていないのです。自分が死ぬ間際にあるということを。その悲劇が一層この場面を美しく冷酷なものにしています。周囲の草花はまるでオフィーリアに手向けられる献花のように描かれ、オフィーリアの最期が表現されています。



ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《オフィーリア》、1894年、個人蔵



ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの作品では、川に沈む直前のオフィーリアが描かれ
ていて、彼女の美しさが余すところなく表現されています。整った目や鼻、乙女に相応しい可憐な肉体、そして高貴な身分に相応しい衣装。



気が狂っているはずなのに、それを感じさせないところに、ウォーターハウスの美学が見て
取れます。



アレクサンドル・カバネル《オフィーリア》 1883年、個人蔵



カバネルの作品では、今まさにオフィーリアがよじ登っていた木の枝が折れ彼女は川に沈むところです。



ドラマチックな身振りで川に沈んでいく瞬間が、描き留められています。



美しいオフィーリアは沢山の芸術家によって描かれてきました。しかし、僕はミレイのオフィーリアが一番好きです。彼女が正気を失っていることが、オフィーリアの悲劇性が見事に表現されていると感じるからです。みなさんはどの一枚が好きでしょうか?

主題
オフィーリア



主題を見分けるポイント
川の側にいる(落ちてしまった)女性、折れた柳の枝、花輪



鑑賞のポイント
オフィーリアの美しさ、感情

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