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昭和8年築の洋館を利用した国立の『カフェ おきもと』。レトロな建物のストーリーとともにおいしい食事を

さんたつ

国立 カフェ おきもと

国分寺市にあり、国登録有形文化財に登録されている「沖本家住宅」。昭和8年(1933)に建てられた洋館と昭和15年(1940)に建てられた和館がり、『カフェ おきもと』はその洋館を利用したカフェだ。元は別荘だった建物に足を踏み入れると、間取り、調度品、窓など建設当初のものがたくさん。レトロ建築好きにはたまらない場所だ。

カフェ おきもと

姉妹が受け継ぎ、守ってきた昭和初期の建物

背の高い竹が生い茂り、外からは建物が見えないほど。

国分寺市と国立市の境に近い、竹垣と竹林に囲まれた約600坪の敷地に『カフェ おきもと』はある。季節によっては蝶が舞い、うぐいすの鳴き声も聞こえるアプローチは緑豊か。建物にたどり着くまでのわずかな間に、軽井沢かどこかの別荘地に来たような気分になる。実際、国分寺崖線(がいせん)と呼ばれるこの辺りの高台は、大正から昭和にかけて別荘がたくさん建てられた場所だ。

建築用の資材はアメリカから輸入したものが使われているとか。

沖本家住宅の洋館も昭和8年(1933)に広島県出身の貿易商、土井内蔵(どいくら)が別荘として建てたもの。設計を担当したのはアメリカで建築を学んだ土井の甥・川崎忍(かわさきしのぶ)だ。

入り口から近いかつてのリビングではピアノ教室が開かれていた。

昭和12年(1937)には、当時海軍少将だった沖本至(おきもといたる)に譲渡され、3人の娘たちとの住居となった。沖本至夫妻が亡くなった後も、結婚で家を離れた長女以外の娘たちが近年まで暮らしていた。

昭和から平成の時代に、姉妹2人で広い敷地と立派な建物を維持しながら暮らすのは並大抵のことではなかっただろう。次女の京子(きょうこ)さんは医師として、三女の智子(ともこ)さんは自宅で教室を開くピアノ講師として、高齢になるまで仕事を持っていた。

建物を次世代につなぐためにカフェを開業

明かり取りのある階段。食事は2階の元子供部屋でも可能。

『カフェ おきもと』のオーナー、久保愛美(くぼなるみ)さんが沖本姉妹に初めて会ったのは近所に越してきた2002年。80代で後継ぎのいなかった沖本姉妹は、少ない親族との関わりも希薄で、周囲の人にもあまり心を開いていない様子だったという。

しかし沖本姉妹は、久保さんの世話好きで明るい人柄や、久保さんの夫が京子さんと同じ医師であることなどに親近感を覚えたようだ。専業主婦だった久保さんは2人の暮らしをなにかと助け、姉妹が90代になると介護も引き受けた。時には言い合いもするほどだったというから、20年近い間に信頼関係は家族同然となったのだろう。

朝食用の部屋だったという1階の小部屋は、現在はスタッフさんの休憩室。

あるとき久保さん一家は、姉妹から「売ってしまってもいいから、屋敷のその後を託したい」と持ちかけられた。思わぬ提案には戸惑いもあったが引き受けることにしたころ、沖本家住宅を訪ねてきたのが国分寺市の職員だ。

当時は手入れが行き届かず、ものであふれていた沖本家住宅だが、役所の担当者が「とても価値のあるものだ」と久保さんに伝えた。これが国登録有形文化財となる道筋を作り、屋敷を保存・維持するためにカフェを開くという新たな展開につながったのだ。

窓辺の長椅子は以前から使われていたもの。

古民家を利用したカフェというと天井や壁を取り払うなど、大胆なリノベーションが行われることも多いが、『カフェ おきもと』のケースは違う。

開業前に沖本家住宅に興味を持った何人もの人たちと出会うなか、久保さんは「私自身の使命は、最初の持ち主だった土井さんから沖本さんへと受け継がれてきた昭和初期の建物を、できるだけそのまま残すことだ」と考え、最低限の修理だけを行うことにした。

その決断のおかげで壁には当時の左官仕事が残り、ストーブ設置型のマントルピース、建築当時の家具も活用されている。クラシカルな調度品に囲まれた室内で料理やお茶がいただけるという、ありがたいお店になったのだ。

調理業務経験ゼロからおいしいものを

カフェオーナーの久保愛美さん。

一方で「せっかくのカフェだから、おいしいものを出しそう」と考えた久保さん。飲食業の経験がゼロに等しい中、自ら調理を担当するため1年間カフェの学校に通い、その恩師にもメニュー開発など協力を依頼して2020年10月に営業を始めた。

最初に準備したメニューは、ハンバーグとカレー、オムライスの3つだけ。それでも1日に50個もハンバーグを成形するなど、営業後の仕込みは明け方まで、オープンすれば調理に接客と大奮闘。何度もピンチを迎えては、カフェ学校の恩師や友人、娘さんたちにも助けられ、この大仕事は1人で担っているわけではなく皆で頑張ってきたと語る。

旬の野菜とタンドリーチキン スパイシーカレーとキーマーカレー 欲張りプレート1880円。夏野菜の下にキーマカレーが隠れている!

現在では季節ごとのメニューも増え、人気メニューのひとつ、カレーにも夏仕様、冬仕様がある。カレーがメインの欲張りプレートは、ごぼうの入ったキーマカレーとスパイシーカレーの2種類に、国分寺産を中心に彩り豊かな野菜が7種類、手羽先のタンドリーチキンまでトッピングされていて、ボリュームたっぷり。サラダや豆を使ったマリネ、ピクルスなど小鉢もついている。窓の外に緑があふれ歴史まで感じられる建物で、手の込んだ料理がいただけるとは、なんと贅沢なことか。

入り口。店には靴を脱いであがる。

元の住人だった沖本姉妹は、姉の京子さんが2016年に97歳で、妹の智子さんは2023年に102歳で亡くなった。特に智子さんは、コロナ禍で叶わなかったが、入居していた施設から通勤してカフェで受付をしたいと意欲を見せていたそう。

2023年にクラウドファンディングで修繕を行った和館との渡り廊下を特別に見せてもらった。

『カフェ おきもと』は4年目を迎えた。2023年には和館と洋館をつなぐ渡り廊下の壁が雨の影響で崩落し、修理のためにクラウドファンディングを行ったり、長期保存を見据えた会員組織「沖本倶楽部」を立ち上げ、会員向けに和館でイベントを行ったりと、カフェの営業以外にも沖本家住宅を維持存続させるための活動はますます忙しい。

イベント時のみ公開される和館も、見どころたっぷり。

長年親しんできた老舗が閉店したり、趣ある建物が解体されたりするのを目にすることも多い中、その時々の持ち主が守り続けている沖本家住宅。美しい洋館で暮らしてきた沖本姉妹の暮らしぶりや、将来にわたって受け継がれていくことに敬意を持ちつつ、『カフェ おきもと』の素敵な空間に存分に浸りたい。

カフェ おきもと
住所:東京都国分寺市内藤2-43-9/営業時間:11:00〜17:00(金・土のみ完全予約制で18:00〜も営業)/定休日:火・水・木/アクセス:JR中央線国立駅から徒歩8分

取材・撮影・文=野崎さおり

野崎さおり
ライター
2016 年よりライターとしての活動を開始し、複数のweb媒体で食べ物やお出かけネタを中心に執筆。おいしいものはもちろん、作る人とその背景に興味あり。都内をバスか徒歩で移動するのが好き。

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