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明治時代に頻発した『人体を使った薬』にまつわる事件とは~ 肝取り勝太郎事件

草の実堂

画像 : 馬場勝太郎 イメージ 草の実堂作成

古くから日本では「人体には薬効がある」と広く信じられており、結核などの不治の病に効果があるとして、頭蓋骨の黒焼きや人骨の粉末を使った秘薬が高値で売買されていました。

首切り浅右衛門で知られる江戸時代の死刑執行人・山田浅右衛門家は、副業で人間の肝臓や脳などから労咳の特効薬を製造し、大儲けしたそうです。

画像 : 8代目の山田浅右衛門 public domain

しかし、明治時代になり西洋医学が主流になると、死体から薬を作ることが禁止されました。

その後、原料となる人体は墓を掘り起こしたり、火葬場から盗んだりして調達され、薬の製造は秘密裡に行われました。
臓器を手に入れるため、殺人事件まで起きています。

今回は、明治時代に頻発していた“人体を使った薬”にまつわる事件を見ていきたいと思います。

明治3年、人体を薬として販売することが禁止される

画像 : 骸骨 イメージ

明治3年4月、政府から「処刑された遺体や土葬された死体から、肝臓や頭などをとって密売してはならない」とのお触れが出されました。それまで、人間の体は「不治の病に効く貴重な薬」として高額で取り引きされていたのです。

薬効があるとされた臓器は、肝臓、胆、脳、脳漿、血液、骨、へその緒、胎児、毛髪、爪などで、火葬場の灰も使われていました。

これらの臓器は黒焼きや粉末などに形を変え、「霊天蓋」や「人肝」、「天粉」、「人油」などの名で薬と称して高値で売買されました。特に頭蓋骨を黒焼きにした「霊天蓋」は梅毒の特効薬として有名でした。

禁令が出ても人体を使った薬の売買は止まず、明治27年の日清戦争では、戦場で亡くなった大勢の兵士の肝臓を日本に持ち帰り、巨万の富を得たものもいたそうです。

明治35年には、大阪と東京で頭蓋骨を黒焼きにして売っていた「生首売買事件」が起きており、その後も茨城、島根、三重県でも黒焼きにした人体を秘薬として売り、逮捕される事件が起きています。

三重県の事件の首謀者は火葬場の職員で、火葬された骨を粉末にした骨粉と人油を密売していました。人油とは火葬する際、体に差し込んだ青竹にたまった滴を集めたもので、この職員は日頃から愛飲していたそうです。

明治時代に頻発した臓器殺人事件

墓をあばいたり、火葬場から人体の一部を調達したりして逮捕される事件が相次ぐ中、薬効を信じるあまり、殺人にまで発展してしまうケースもありました。

明治25年、大分県在住のある男が「母親の眼病をなんとか治したい」と奔走していました。そして「生肝を食べると眼病が治る」という話を耳にします。

にわかにその話を信じ込んだ男は、なんと娘を殺害して肝臓を取り出そうと画策したのです。しかし、刃物を持ちだしたところを妻に気付かれ、妻は「娘の代わりに私を殺して」と頼み込みました。そして男は妻を殺害し、肝臓を取って母親に食べさせたのです。

その後、大分地裁で行われた裁判では、弁護士が「被告の行為は儒教主義の孝心から発しており、昔ならば表彰もの」と述べ、罪二等を減じられ懲役9年の判決が下りました。これは明治ならではの判決といえるでしょう。

また明治38年には、長野県上伊那郡朝日村で「肝取り勝太郎事件」が起きています。

画像 : 馬場勝太郎 イメージ 草の実堂作成

朝日村在住の水車小屋管理人・馬場勝太郎は、明治38年9月1日から明治40年1月までの間に16歳、30歳、27歳、17歳、48歳の女性を次々に殺害し、肝臓を取って売るという犯罪を繰り返していました。

勝太郎が逮捕されたのは、明治40年8月でした。

夜道で32歳の女性を絞め殺そうと手をかけた際、女性がとっさに勝太郎の睾丸を握りしめ、あわやのところで難を逃れたのです。
彼女は男が水車小屋の番人・馬場勝太郎だと気づき、警察に通報。翌日、勝太郎は逮捕されたのでした。

10年前に他所から朝日村にやって来た勝太郎は当時30歳。大阪商人と名乗る中年男性から女性の肝臓を入手することを依頼され、犯行に手を染めるようになったのです。女性から取った肝臓は、高値で商人に売りさばいていました。

勝太郎には死刑判決が下り、明治41年6月、東京監獄で執行されています。

戦後も続いた迷信

画像 : レオナルド・ダ・ヴィンチによる胎児と子宮のスケッチ(1510年頃)public domain

明治時代には、まだまだ人体の薬効という迷信を信じる人が多く、野口男三郎による「臀肉事件」など、人体を使った薬にまつわる事件が頻繁に起きていました。

しかし、迷信とは根強いもので、戦後になってもなお同種の事件が何件か報告されています。

昭和31年、秋田県で墓地から胎児や乳児の遺体を掘り出し、それを特殊な方法(黒焼き)で加工して、結核の薬や滋養強壮剤として販売していた64歳の男が、秋田県警に逮捕されました。

男の名は成田徳兵衛といい、同年2月に7か月で死産した胎児の埋葬を知人から依頼されたのが犯行のきっかけでした。

この地方には、古くから堕胎の遺体から薬を作る奇妙な風習が伝わっており、徳兵衛は幼いころから何度も祖父に作り方を聞かされていたそうです。

偶然手に入れた遺体を加工して「一子相伝の妙薬」として高値で売りさばくことに味を占めた徳兵衛は、その後も墓地から遺体を盗んでは売り続け、ついには墳墓発掘、死体損壊、薬事法違反の疑いで逮捕されたのです。

徳兵衛は約1キログラムの薬を作り、その愛好者は9名ほどでした。表向きには犬の脳を原料とする薬として販売していましたが、薬効を疑う相手には内容を示すこともあったようです。

こうして歴史を振り返ると、人々が病を恐れ、時には迷信や誤った信念に基づいて過激な行動に走ることがあったことがわかります。

現代の私たちは、医学の進歩や倫理の重要性を再認識し、正しい知識と道徳的な判断を持って、過去の過ちを繰り返さないようにしなければならないでしょう。

参考文献
前坂俊之『日本犯罪図鑑 : 犯罪とは何か』東京法経学院出版
富岡直方『日本猟奇史 明治時代篇』図書刊行会

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