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登山歴わずか1年のPFエディター、槍ヶ岳を攻略す

PARCFERME

初めての本格的なソロ登山。初めての小屋泊。初めての槍ヶ岳。

もっと簡単な、たとえば標高2500mクラスの山で足慣らしをしてから、槍ヶ岳には登りなさい、と、どんなガイドブックにも書いてある。

しかし僕は、どうしても早く槍ヶ岳を片付けておきたかった。それは槍ヶ岳でなければならなかった。

旅は上高地からスタートする。一般車両は乗り入れられないため、遠くのバス停に留め置くか、松本、新宿などの都市からバスでダイレクトに乗り入れる。新宿からのバス代は片道15000円と、なかなか高額だ。

槍ヶ岳は、日本の登山文化において特別な位置を占める。標高は3180メートルで、日本で5番目に高い山であり、その鋭く突き出た独特の形状から「槍」の名が付けられた。北アルプスの象徴的な存在であり、険しい地形と美しい景観により、多くの登山者にとって憧れの山となっている。

北アルプスの一部である槍ヶ岳は、隣接する穂高岳とともに「槍・穂高連峰」として知られている。この二つの山を含むエリアは、国内外の登山者に非常に人気が高い。特に、槍ヶ岳はその急峻な登山道で有名であり、最後に到達する「槍の穂先」と呼ばれる頂上直下の岩場は、手を使ってよじ登る必要がある難所だ。その技術的な挑戦が、登山者にとって大きな魅力となっている。

槍ヶ岳にはいくつもの挑戦的なルートが存在する。筆者の場合は、1日に50km近い行程を何度か経験してきたとはいえ、普段はトレラン仕様の軽量な装備しか持たず、10kgを超える重く大きなザックはほとんど背負ったことがない。それゆえ、急峻な穂高岳や涸沢を大回りする槍沢経由以外の選択肢はなかった。

上高地までは新宿から夜行バスに揺られる。スタート地点の河童橋から、穂高連峰を左手に見ながら梓川沿いをひたすら歩く。明神、徳沢、横尾とロッジのある休憩地点を過ぎて、彩りを増す高山の花を眺めながら、15km歩いた槍沢でようやく標高は2000mに達する。

槍沢ルートは片道20km、コースタイム(標準所要時間)は10時間を超える。途中いくつかの小屋、ロッジで休むこともできる。

そこから4kmで1200m上昇するわけだが、この季節のこのルートは本当に登りやすい。多少、渡渉やら丸太を渡る沢越えはあるものの、細かな石ころが転がるガレ場から岩場に変わるとそこかしこに「○」「×」とマークが記してあり、決して道に迷う心配はない。登山道はとてもわかりやすく整備され、足元はステップを踏みやすいよう、おそらく削った岩を人工的に配置している。

山を護る人々の、執念に近い愛を感じる。プライベートの自動車交通を遮断するだけの価値がある。上高地からとにかく遠いなとは思うけれども、このルートなら体力さえあれば槍ヶ岳山荘までは辿り着けるだろう。

初日夕方、雲の合間にごく時折だが山頂が顔を覗かせた。

槍沢を越えると大きな雪渓が姿を現すが、踏み跡があるので普通の登山靴で難なく越えられる。
霧の中から見えた「槍の穂先」。背後には常念岳や大天井岳が時折、顔をのぞかせた。

いざ「槍の穂先」へ

ほとんど休憩を取らず9時間ほど歩き続けた末に、槍ヶ岳山荘へスケジュールどおり15時ごろに到着した。見上げた先には槍ヶ岳山頂がある。一瞬でも霧が晴れれば素晴らしい展望が開けるかもしれない。重いザックを山荘に預け、自動販売機で買った高いプレミアム・モルツをポケットにねじ込み、そのままの勢いで山頂を目指すことにした。

ここまでの登山が順調だっただけに、あの「槍の穂先」といえど、それほど困難ではないだろう…と思ったのが甘かった。

ヘルメットがあろうとなかろうと、滑落したら相当酷いことになる難所が何箇所かある。ある程度の経験がない人は手取り足取り指導してくれるガイド同伴の方が無難だろう。

具体的には、鎖や梯子のあるところは、それらさえ握っておけば間違いないが、岩場の三点支持ができなくてズルリといくと奈落の底だ。

時折突風に煽られる中、最後の梯子を登り切って見えたのは、ズシリと重い木看板の置かれた祠と辺り一面の雲だった。

夜の山小屋、バーボンお湯割りの味に目覚める

山頂でビールを一杯、という目論見だったが、槍の穂先はあまりに急峻で、酔っ払って脚でも滑らせたらいろんな方々に申し開きができない。山頂まで持って行ったビールはポケットから出さないままだった。

無事下山して荷物を整理、18時過ぎにボリュームのある宿の夕食を終えると後は何もすることがない。

暑い談話室か閉店後の寒い「キッチン槍」の席以外に座る場所はなかったから、僕はキッチン槍にお湯とトラベラーボトルに入れた安いバーボンを持ち込み、旅の初日を振り返った。お湯割りなんて普段は飲まないが、こうして強制的に寒くて暗い場所に居るのには最高だ。

気がつけば20:30、強制的に消灯させられてしまった。

槍ヶ岳山荘には個室もあるが、グループ向けで室数は限られており、基本は相部屋だ。清潔で快適だが、談話室以外に荷物を広げるスペースがないのが難点だ。

その夜から雨はずっと降り続いた。朝方に止むという天気予報は裏切られ、暴風雨に。結局10時近くまで雨は止まず、風も強いままだった。2日目、本当は北穂高岳に向かって大キレットまで、覗くだけでも行ってみたいと思っていたのだが、進んでも進んでもひたすら霧と暴風ゆえ、南岳で折り返した。

3000m級の山々を越えながら、風が少し止んだあたりで、アンテナリア・ディオイカという薄いピンクの小さな繭玉が幾つもまとまった花に目を奪われる。黄色いイワベンケイや、スミレ色の小さな花が群生し、小さな花畑になっている。その奥にたっぷり残された雪渓が、花々の彩りにコントラストを与えている。

どうせいま戻っても槍は雲の中だ。南岳へ向かう途中の難しい岩場や梯子はもう終わったから、バーボンを舐めながら少し休むとしよう。今日は通りかかる他の登山者もごく少なく、聞こえるのは鳥のさえずりだけだ。

霧、雨、風の中で馬喰岳、中岳、南岳という3つの3000m峰を縦走できたのは収穫だった。 大雨で出発が遅くなり、ランチはカップヌードルで済ますことに。南岳小屋のランチタイムに間に合わなかった。
高山植物たちが白い世界の虚無感を癒やしてくれた。

穏やかな数瞬を過ごし、山荘へ戻ってレインウェアを脱ぎ捨てる。すっかり身軽になった頃、雲がみるみる穂先から引いていくことに気づいた。

さてどうするか。もう一度穂先へ登るのか。天候回復は一瞬のことかもしれないし、夕食の時間に遅れれば小屋のスタッフに迷惑がかかる。これだけ急に天気が良くなると、山頂を目指す登山者が増えて途中渋滞も発生するらしい。肝心なタイミングに間に合うのか。今日これまでの暴風で、自分の体力が消耗していることも無視できない。

「すぐに夕食を食べて、それから登ってみてはどうですか?」と山荘のスタッフには勧められたものの、ここでガツガツ行くのは僕のスタイルではないし、もうヤキモキせずに外から眺めることにしようと決め、ザックからダウンジャケットを取り出した。

刻々と表情を変える槍ヶ岳を眺めつつ、のんびり呑む贅沢

槍ヶ岳山荘の建物正面には左に槍、中央に常念や大天井、右に穂高連峰を望む場所に、質素な木製の長いカウンターが設えられている。

僕は夕食の残りのワインと、手持ちのバーボン、たっぷりの熱湯とコーヒー、紅茶を持って、ダウンジャケットを着込みそこに陣取った。移り行く夕陽に山影は表情を変え、時折雲が流れ込む。

紅茶のバーボン割りを作りながら、僕は飽きもせず90分もそこに座っていた。これから僕は、どんな人生を、何を大事にして送って行くのか。結論なんて簡単には出ないけれども、こうしたことを考える時間がいま何より大切なのだ。

このカウンターの向こうに、バーテンダーはいない。しかし無数の彩りからなる光と雲が生み出すカクテルが醸す、他のどの店より変幻自在な味わいを楽しみに、遠い山道を歩む価値はある。

最終日は早起きしてご来光を拝もうと再び穂先に登ったが、一瞬陽光が強まっただけでそのまま霧が晴れることはなかった。夏とはいえ高山の上で15分も待つと身体が固まって、下山に一層の緊張を強いられた。
帰路も冷たい雨風に見舞われたが、槍沢をすぎると心地よい高原の気候に。途中の徳沢ロッジでは名物のカレーをいただいた。のんびりしていたら新宿に戻るバスに遅れそうになってしまった。
7月中旬の上高地はハイシーズン。木道が整備されているので、普通のスニーカーでも明神のロッジまでは歩ける。

準備は周到に

山頂からの360度パノラマを好天のもと、というわけには行かなかったものの、念願の槍ヶ岳をわずか1年の登山歴ながら無事踏破することができた。

もう夏山シーズンも終わろうかという時期の掲載になってしまったが、これから自分も槍ヶ岳のような高山に挑んでみたい、と思い立った人は、それこそ来年の夏に向けていまから勉強とトレーニングを始めることをオススメする。

筆者も実はこれまで20座ほど、経験者に混じって日本百名山に登頂し、その都度少しずつ、体力と装備とノウハウを蓄えてきた。

10kg以上の荷物を10時間近く担いで歩き続けるスタミナと脚力、それを支える水分や補給食の用意、気候の変化に耐えるウェアのレイヤリング(重ね着の組み合わせ)、万一のためのエマージェンシーキットの準備、GPSウォッチや山岳アプリの使いこなし等々、学ぶべきことは尽きない。

アルプスの山々は続々と夏の営業をクローズしている。来年はどんな山に挑戦しようか、と夢見るシーズンが始まる。

2泊3日の山行に持っていったアイテム一覧。

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