大原美術館のビジネス研修 ~ 対話型研修から学ぶ身近な多様性
美術館の役割は、美術品を収集・展示するだけではありません。
倉敷美観地区にある大原美術館でも、作家の支援や美術の普及活動など、さまざまな取り組みをしています。
取り組みのひとつが、ビジネス研修です。
大原美術館では、会話しながら作品を見る「対話型鑑賞」を通じて学べるプログラムを実施しています。
大原美術館でのビジネス研修に密着取材しました。
大原美術館内は通常、撮影禁止です。今回は特別に撮影許可をいただいています。
大原美術館の対話型鑑賞とは
大原美術館は1930年(昭和5年)に設立された、日本で最初に西洋美術中心を常設展示した私立美術館です。
美術館は、静かに作品を観るところというイメージがあるかもしれません。
しかし最近注目を集めているのが、「対話型鑑賞」。
複数人の訪問者が感情や考えを話し合いながら鑑賞する方法です。
大原美術館では、20年以上前から対話型鑑賞をおこなってきました。
以前倉敷とことこでは、大原美術館における対話型鑑賞の礎を作った、柳沢秀行(やなぎさわ ひでゆき)さんにインタビュー。
経緯や思い、取り組みの意義を取材しています。
ビジネス研修に参加したペガサスキャンドルとは
取材時に、ビジネス研修を受けていた企業は、倉敷にあるペガサスキャンドル株式会社。
ペガサスキャンドル株式会社は、1934年(昭和9年)に創業し、キャンドルを開発・製造・販売しています。
商品の販売先は、全国の結婚式場・ホテル・花屋・葬祭場・雑貨屋など。国内のウエディングキャンドルにおけるシェアは、長年トップクラスです。
また、倉敷市内で創作フレンチレストラン「キャンドル卓 渡邉邸」を運営しています。
社員の半数以上は倉敷市民ですが、大原美術館の訪問回数はまちまち。
美術館全体に対しての関心も、積極的に美術館に足を運んでいる人もいれば、「美術館で何を観て良いかわからないから、自ら行こうと思わない」という人もいました。
研修スタート
ビジネス研修は、大原美術館の閉館後に、貸切でスタートしました。貸切イベントのときだけ本館正面の照明が点灯するのだそう。
まずは、大原美術館と大原家の説明を聞きます。
大原美術館の歴史や背景が理解しやすく、堅苦しさを感じさせない解説でした。
他の美術館との違いもわかり、参加者からは「話が上手でわかりやすかった」「なんとなくしか知らなかったので、知れて良かった」と好評でした。
アイスブレイクワーク1 仲間はずれを見つけよう
次に、作品の前に移動し、5つの作品のなかから「仲間はずれ」を見つけてみます。
「絶対的な正解」はありません。
見比べながら、自分なりの仲間はずれを探します。
対象となった作品は、筆者にとっては何度も見たことがある作品です。しかし、比較検討することで、今までよりも多くのことを作品から読み取ろうとしていると気づきました。
しばらく鑑賞したあと、仲間はずれだと思った作品とその理由を発表します。
このような意見がありました。
・人の身長よりキャンバスが大きい
・描かれているものが現実ではない
・暗い印象を受ける
・キャプションを見ると作者がフランス人でない
・描くタッチが細かくてしっかりしている
「この作品だけ空が描かれていない」という意見が挙がったら、ファシリテーター(進行役)が、「アングルの違い」について踏み込んで解説してくれたのも、興味深かったです。
人の意見を聞くことで、「そこには着目していなかったけれど、たしかに!」と多くの気づきがありました。
アイスブレイクワーク2 持って帰りたい作品を選ぼう
次に、十数点の作品のなかから「家に持って帰りたい」ものを選んで、その理由を発表しました。
好きな絵と家に置きたい絵は、違うかもしれません。
「もし自分の家に飾るなら」と考えたら、美術館にある作品がぐっと身近に感じられました。
それから、同じ作品を選んだ人たちと理由を共有します。普段接する機会が少ない人と話すきっかけにもなりました。
「美術館での自分の意見を述べる研修」といわれたら、知識がないと発言しにくいと感じるかもしれません。
しかしこの研修では、「気軽に発言していいんだな」という空気感ができていたと思います。
グループワーク
発言しやすい雰囲気になったところで、少人数のグループに分かれて対話型鑑賞をします。
自分の意見を述べよう
心構えとして、次の案内がありました。
・正解にとらわれず自分の考えを述べること
・他の人の違う意見を否定しないこと
作品の前で、何が描かれているか、まず1分ほど観察します。
たとえばアマン=ジャンの『髪』を鑑賞したグループは、以下のようなことについてそれぞれの考えを話し合いました。
・何をしているところだと思う?
・ふたりはどんな関係だろう?
・時間帯はいつで、どんなシチュエーション?
絵のなかに描かれているものに留まらず、「なぜこの絵は楕円形だと思う?」といった質問も。
おのおの作者の気持ちを想像して、意見を交わしました。
認識の違いを発見しよう その1
ある絵を見たグループでは、以下のような会話がありました。
ファシリテーター「何が描かれていると思いましたか?」
参加者A「人間? 人間が何かに支えられていると思いました」
ファシリテーター「なるほど、人のようなものが何かに支えられている。性別はありそうですか?」
参加者A「左が男性で右が女性かな」
ファシリテーター「なるほど、他のかたはどうですか?」
参加者B「僕は、左も右も女性かなと」
ファシリテーター「ありがとうございます。性別が違うとか、そもそも人間ではないと思ったかたはいますか?」
参加者C「スターウォーズに出てくるようなロボットだと思いました」
「何に見えるか」だけでも、三者三様の見えかたがあるとわかります。
認識の違いを発見しよう その2
ファシリテーターが問いかけることで、「普段の会話ならスルーしてしまうかもしれない認識のズレ」も発覚しました。
「生贄を捧げる儀式に向かっているように見える」と意見が挙がった絵。
その儀式はどれくらいの頻度で実施されていると思うかを問われた男性は、「そんなに頻繁ではないと思う」と答えました。私は「5年に1回くらいの想定かな?」と思って聞いていました。
しかし、ファシリテーターに具体的な数字を聞かれた男性は、「月に1回くらい」と答えたのです。
私が「頻繁ではない」という言葉から推測した頻度は、発言者の実際の思いとは60倍も異なっていました。こういったズレは、日常でも頻繁に起こっているのかもしれません。
同じものを見て同じ言葉を聞いても、受け取っている感覚は大きく違うのかもと思い知りました。
人の意見を聞くのは面白いものです。
作品の見えかたも変わりますし、一緒に鑑賞した人への関心も増しました。
多様な価値観に気づこう
複数の作品を見終わってから、再集合。
資料が配られ、この研修で目指していることを聞きました。
これから研修を受けるかたのために詳細は述べませんが、重要なキーワードは以下のふたつです。
・ダイバーシティ(多様性)
・心理的安全性
2時間ほどで、全体の行程は終了。和気あいあいとした研修でした。
ペガサスキャンドル社長インタビュー
研修を終えて、ペガサスキャンドルの代表取締役 井上功郎(いのうえ いさお)さんにインタビューしました。
──この研修の実施を決めた理由は何ですか?
井上(敬称略)──
数か月前に他のかたに連れてきてもらって、対話型鑑賞の研修を体験したんです。すごく面白かったので、ぜひ弊社の社員にもと思いました。
企業向け研修って、座ってホワイトボードや資料を見て受講するものが多いんです。だけど、これなら積極的に参加できると思いました。
また、今日参加者に尋ねたら5年以内に大原美術館を訪れた人がほとんどいなかったように、倉敷に住んでいてもなかなか来る機会がないんですよ。
我々は倉敷の企業なのに、他県のお客様と話すときに、大原家や大原美術館をあまり知らないのはどうかな、と考えていました。
研修では大原美術館の成り立ちも含めて話をしてくれたので、それ自体も倉敷市民として非常に面白いなと。
──抱えている課題と、この研修で期待している成果を教えていただけますか?
井上──
弊社は勤続年数の長い社員が多いんですね。長い間同じ仕事をやっていると、効率的にはなります。
けれど、研修の言葉を借りると、他人の色メガネを見ず単純化してしまったり、自分たちだけの色メガネで見てしまったりしやすくなると思っています。
なので、いろいろな見方を通して固定観念に気づくこの研修はぴったりだなと思いました。
特に商品を開発する部署は同じ人が長くやっているので、何かしら刺激になってほしいと思っています。
──実際に社員が研修しているようすを見て、イメージと違ったところはありますか?
井上──
いえ、こういう研修をしてほしいと考えていたとおりです。
最後の説明がなかったら「楽しい見学だった」で終わってしまうと思います。また、最初に言ってしまうと構えてしまうかもしれません。
まずは楽しく積極的に発言できて、最後に説明してくれるのが非常に良かったですね。
ペガサスキャンドル社員インタビュー
続いて、研修に参加した社員にも話を聞きました。
──事前に、大原美術館で社員研修があると聞いてどう思いましたか?
30代女性──
研修って座学が多いので、どんな研修になるのかイメージできませんでした。
30代男性──
私は大原美術館に2~3回行ったことがあるんですけど、絵を見ても「すごいな」みたいなシンプルなことしか思わないので、大丈夫か不安な気持ちが大きかったです。
──実際、今日の研修はどうでしたか?
30代女性──
面白かったです。
新たな発見と、人によってこんなに見えかたが違うんだなっていう驚きもありました。
30代男性──
私も純粋に楽しかったですね。
──研修を通じて何を考えましたか?
30代男性──
私は今の部署で一番年下なので、他の人が自分とは違う意見を持っていたら、言いたいことがあっても言いにくいことが結構多くて。
今回の研修で、上司も意見を聞いてくれやすい環境になるだろうし、自分自身も意見を言っていいんだって思える。否定せず意見を述べあう大切さを全員で共有できたことが、すごく良かったなと思いました。
30代女性──
はしごにも棚にも見えるような絵がありました。私は「はしごみたいなものが縦に伸びているのを横から見たところ」と思い込んだんです。
でも皆さんの意見を聞いていると、見上げている人も俯瞰(ふかん)で見下ろしている人もいて。
こんなに見えかたって違うんだな、いろいろな見方や意見があるなっていうのを感じました。
また、意見を頭ごなしに否定されてしまうと、人はどうしても発言しにくくなるし、自信もなくなってしまうと思います。
仕事においてもプライベートにおいても、まず相手の意見を受け止めたうえで、私はこう思うとか、こういうやりかたはどうかなって提案するようなコミュニケーションをしたいと思いました。
対話型鑑賞での学びを仕事に生かそう
大原美術館では、対話型鑑賞ができるファシリテーターの育成をおこなっており、多くのスタッフがファシリテーターを担えます。
ファシリテーターが参加者の意見を汲みながらうまく問いかけてくれるので、意見を述べやすく、楽しい雰囲気の研修でした。
人の意見を聞くと、自分では思いつかなかった視点に気づきます。
仕事でも、自分ひとりで考えるより人と考えたほうが、アイディアが膨らみやすいのではないでしょうか。
対話で心がけたいことを、実践から学べたように思います。
朗らかな雰囲気のなかで、人それぞれの感じかた・考えかたの違いを実感できる、対話型鑑賞。
昨今大事にされている、多様性、そして心理的安全性の高いチームビルディングにきっと役立つことでしょう。
気になったらぜひ大原美術館に問い合わせてみてください。