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妄想を形にした“ヒサゴーランド”。佐賀県嬉野温泉の『ひさご旅館』はゼロから作り上げた理想の宿

さんたつ

【旅の手帖】ひさご旅館_5

ときめきとワクワクがひしめいて、まるで不思議の国を探検しているよう。「ないものをつくるのが好き」な夫妻が作った“ヒサゴーランド”へようこそ。

ひさご旅館

今回の“会いに行きたい!”

佐賀県嬉野市『ひさご旅館』館主の木島陽一朗さん・若女将の木島佳代子さん

口説き文句は「好きなだけトイレが作れるばい!」

『ひさご旅館』の館内には、あちこちにかわいいものがあふれていて、まるでカフェか雑貨店のよう。

「妄想が大好きなんです。ガラス作家や木工作家、切り紙作家などさまざまな作り手さんと出会い、妄想を形にしてきたのがいまの『ひさご旅館』です」

クルクルと大きな瞳を輝かせ、若女将の木島佳代子さんが言う。

お客さんを最初に出迎えるのは、木工作家・西村洋一さん(nishimokko)作の雲のカウンター。

館内の作品一つ一つにエピソードがある。岡山市にアトリエを構えるオカベマキコさんのガラスの照明は、香川県高松市のギャラリーに足を運んで手に入れた。

階段の踊り場の壁を彩る切り紙の作家・矢口加奈子さんは、夫の陽一朗さんから初めて贈られた本の著者だった。出会った作家さんたちは、不思議な縁に導かれた人ばかり。引き寄せているのは佳代子さんの熱い思いだ。

「私の心に響く作品だけを置きたくて、店頭で売っていないものを譲っていただくこともあります」

カラフルな色合いで気分が上がる、切り紙作家・矢口加奈子さんのアート作品が階段の踊り場を彩る。

『ひさご旅館』は大女将、3代目の陽一朗さん、佳代子さんの3人で切り盛りする家族経営の宿。かつてはザ・昭和な旅館だった。

「どこかでもらってきたカレンダーが全客室に掛けてあったり、暗闇に日本人形やタカの木彫りが飾られていたりするような……。昭和の旅館ホラーあるあるでしたね(笑)」

それらをすべて撤去してしまうのは、なかなか強気な行動に思えるが、2007年に結婚してこの宿に来たときには、お客さんはまばらで、運転資金にさえ困るありさま。

セレクトショップの店長をしていた当時32歳の佳代子さんの手腕で、そこから宿は息を吹き返す。

阿蘇に店を構える創作ユニット「キタカゼパンチ」の木彫りの人形。

二人の出会いは嬉野市の商工会青年部が主催したお見合いパーティーだった。

陽一朗さんを「見た目の印象からカフェかイタリアンレストランの料理人だと思っていた。旅館の跡取りだと知っていたら嫁がなかった」と、佳代子さん。でも、なぜかカップルが成立し、その年結婚した。

「私の三大ドリームは、トイレと庭とミニクーパー。『うちに嫁に来たら、好きなだけトイレが作れるばい』が夫の口説き文句だった」と佳代子さんは回想する。

つまり、老朽化した和式トイレを改装して新しいトイレを作れる、ということだそうだ。こうして、新生『ひさご旅館』の幕が開いた。

トイレの隅まで夢を詰め込み、疲れた人を癒やしたい

改装にあたって、場所ごとにテーマを設定した。

1階ロビーエリアのテーマは「CLOUD 雲」。タイルや木を使ったほんわかとした空間が広がり、廊下やトイレにいたるまで、「かわいい」がちりばめられている。車イスでも入れるトイレの天井に飾られた、蜘蛛(くも)の巣と蜘蛛、雨上がりの雨粒のオブジェもクリエイターによる作品だ。

2階客室エリアのテーマは「THE SKY 天空」。4つの客室に、それぞれストーリー性をもたせて改装した。最初にリニューアルした客室「藍」は壁や敷物を藍色で統一。

客室「天」には「幸せは自分たちで探すもの」というメッセージを込め、天井の梁や皿の上に仕込んだ14匹の「てんとう虫」をお客さんに探してもらうことにした。

バリ風のソファベッドは、美術館の共有スペースに置いてあった非売品と似たようなものを探して購入した。

一番人気の客室「燕(えん)」には、部屋と同じ広さはあろうかというイングリッシュガーデンを造り、トイレには羊毛フェルトで作ったリアルなきのこのオブジェを配した。

庭は、国内外のガーデンアワードを受賞している西海園芸の山口陽介さんに作ってもらった。

どうしても庭を造りたくて、結婚前にミニクーパーのために貯めていたお金を使ったそうだ。もちろん現在は、旅館の外観と同じ色のミニクーパーでお客さんの送迎をするという夢を叶えている。

「燕」の客室に併設されたイングリッシュガーデンに季節の花々が咲き乱れる。
トイレに入るのが楽しくなる、羊毛フェルトのキノコのオブジェ。

どんな宿にしようか妄想するのは、もっぱらトイレ掃除の時間。イメージしたのは、心身を癒やすリトリートの宿。

「大切なのは疲れきった心と体をリセットする方法をいくつもっているか。『ひさご旅館』はその中の一つでありたい」

館内には「ひさご」=「ひょうたん」のモチーフがあちこちに。

理想に向けて飛躍を続け“ヒサガー”に愛される宿に

夕食のお造りはヒラメやヒラス(ヒラマサ)、サザエなど玄界灘から届く新鮮な魚を7~8品以上、姿造りで盛り込む。

「お客さんは人間関係や病気の悩みを話しにきてくれる。接客業で培った力なのかもしれませんね」と佳代子さんは笑う。

『ひさご旅館』を訪れるお客さんは“ヒサガー”と自称し、何度も訪れる人がほとんど。

料理を作るのは陽一朗さん。和の中に洋のテイストもちりばめた会席料理で器にもこだわり、「いちいち、かわいい」と喜ばれているそう。

温泉は重曹成分が入っているから肌ざわりがニュルンニュルンの美肌の湯。感動的なそのお湯にミカンと和紅茶を入れ、美肌効果も高まる。

有田や伊万里の器が使われ、料理を華やかに引き立てる。
嬉野名物、とろとろの温泉湯豆腐は朝食で。
オレンジや晩柑など、大小さまざまな柑橘が浮かんでいる「みかん風呂」。
嬉野はお茶の里。温泉に布袋に入れた和紅茶を投入した「紅茶風呂」。ともに貸切で利用できる。

佳代子さんは40歳のときに自分へのご褒美として、版画作家さんに屛風をオーダーした。

「『ひさごの日常を“静寂”というテーマで作ってほしい。いつか“飛躍”をテーマに対で完成する作品を』とお願いした。2025年は50歳という節目の年。やっと“飛躍”の屛風をオーダーできるかもしれません」と佳代子さん。

「家族旅行でディズニーランドに行ったチビヒサガーが、『やっぱり“ヒサゴーランド”がいい』と言ってくれたんです」

そんなお客さんの言葉に幸せを嚙み締めつつ、今日もトイレ掃除をしながら、理想の宿を夢想する。

佳代子さんが“静寂”をテーマにオーダー制作した屛風。
「ハッピープラン」を予約すると、陽一朗さんが描く似顔絵とケーキがプレゼントされる。

ひさご旅館
住所:佐賀県嬉野市下宿乙2145/定休日:無/アクセス:西九州新幹線嬉野温泉駅からバス10分の嬉野温泉バスセンター下車、徒歩5分

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2024年7月号より

野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。

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