ハンス・ジマー、初日本公演の直前に語った「本当の思い」 ─ 単独ロングインタビュー6000字
映画音楽界最高の巨匠であるが2025年、キャリア初となる日本公演を行う。5月20日(火)には横浜での公演を熱狂と大盛況の中に終え、残すは24日(土)名古屋・IGアリーナでの開催のみとなった。
横浜のステージでは『グラディエーター』『パイレーツ・オブ・カリビアン』『ダークナイト』『インターステラー』『ライオン・キング』『ラスト サムライ』『マン・オブ・スティール』『ワンダーウーマン』など、映画ファンの耳と心に残る名曲を惜しげもなく披露。神々しいまでの重厚感と緻密で繊細な音運び、そしてMCでのお茶目な姿とのギャップで、会場に詰めかけた12,000人の映画ファンを最初から最後まで魅了した。
Photo:Masanori Naruse
THE RIVERではジマーの日本初公演直前、同氏とは2度目となる極めて貴重な単独インタビューを実施。前回は2021年、のことだった。「日本でのコンサートを準備中」とはその際に明かしていたことなのだが、これが4年越しについに実現する。
巨匠ジマーが公演直前に密かに感じている「本当の感情」や、代表曲への知られざる思い、さらに最新作にまつわる初出しエピソードもたっぷり聞き出した。なお本インタビューでは、ジマーのツアーに日本人チェリストとして帯同し、横浜公演でも(特に前半パートで)準主役級の大活躍を果たしたMariko Muranakaも同席した。
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ハンス・ジマーが「この話をするのは初めてだ」と語る、音楽ファン必読の内容。特に、20日の横浜公演に来場された方はコンサートの余韻をより深めるものとして、24日の名古屋公演に参加予定の方にとっては期待感をより高めるものとして、じっくりお読みいただきたい。
ハンス・ジマー 日本初公演 単独インタビュー
Photo:Masanori Naruse
──ハンス・ジマーさん、お忙しいところありがとうございます。2021年に『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の時にも。その当時、日本での初コンサートを準備中だと教えてくださいましたね。そのコンサートがついに実現します。僕たち、4年も待ちましたよ!(笑)
アッハッハ(笑)いやぁ、日本は狙った時期にアリーナを確保するのがとんでもなく難しいんですよ。音楽が好きな国ですから、いつも一杯でね。だから準備を進めるのが難しかった。コストのことも考えなければいけない。シドニー、中国、香港、韓国を経て、ついにここまできた。我々は51台のトラック、13台のバスで動く、161人組です。まぁ、実際には飛行機移動なわけですが、ともかく、それだけ大規模ですから。
──日本公演は今回が初めてですが、これまで日本を訪れたことは?
前回もみんなで来たことがあったのですが、その時は完璧なタイミングでした。秋の入り口で、京都に行きました。ちょうど紅葉が色付き始める時期で、あれは本当に、魔法のように美しいものだった……。日本という国は近代化されているのですが、近代化が進むほどに、祖先や伝統を尊重する文化がある。これは素晴らしいことです。音楽と同じです。バッハは何百年も前に亡くなっているのに、だからといって嫌うわけじゃないでしょう?いまだに尊重されている。それと同じです。
──旅先で音楽的なインスピレーションを得ることはありますか?今回の来日で訪れたい場所はありますか?
旅先でそういうことを見つけることはないですね。特にこういうツアー中は、あまりそういった余裕がありません。2万人の観客の前に立ち、全力を捧げて演奏をする。まるで、非常に激しい愛の物語です(笑)。そして演奏を終えると、とにかくベッドで寝たい!それしか考えられない(笑)。
考えてみれば、大勢の人前に立って何かを披露するだなんて、私にとっても非人間的というか、非日常のことです。それでもその中で、Marikoが信念と共に演奏をすれば、すべての音に意味が宿り、稲妻となって観客の心に届く。そして観客も反応を返してくれる。でも、もしMarikoの奏でる音に魂が宿っていなかれば、観客も反応しない。
Mariko Muranaka:映画音楽の場合は、特にそうですね。すべての音に意味がある。すべての音に、私たちのエネルギーと情熱が込められています。ひとつの公演あたり3時間ほど演奏しますから、非常に力強い、パワフルなショーになるんです。
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──前回の取材の際、映画の試写などで初めて自分の楽曲を世に披露する際、重大な責任を感じるから、怖くてたまらないんだとおっしゃっていましたね。公演の前はいかがですか?何か違う種類の感情やプレッシャーを感じられますか?
私が何を感じているか、はっきりお伝えしましょう。この話をするのは、あなたが初めてです……。
かつては、とても恐怖を感じていました。今は、自分が最も高い飛び込み台に立っているところを想像します。そして、飛び込み台の淵に向かって歩いていき、舞台の幕が上がったら、そこからただ飛び降りる。飛び降りて、どうか私を受け止めてくれと観客に願う。
──観客がどう反応するか分からずに挑むのですね。
分からないですよ!もしかしたら嫌われてしまうかもしれない、そう感じています。
Mariko:そんなことはあり得ませんよ!(笑)でも、国や文化によって異なる反応はありますね。それでも私は、どんなコンサートになるのかを楽しみにされている感覚を感じ取っています。
私自身も、どんなコンサートなのかを知ろうとしていますよ(笑)。『バットマン ビギンズ』から、『ライオン・キング』のような子供向けの映画もある。『ラスト サムライ』も『DUNE/デューン』もある。それぞれ、全然違うトーンです。
そして、私のステージには並外れたミュージシャンたちがいる。彼らが優秀だから、私がいなくたってショーは成り立つ。私はステージで、ふと自分の演奏の手を止めて、ただミュージシャンたちを見渡すことがあります。みんな、うますぎるから。今、一緒に新しいショーを作ろうとしていますが、なかなか難しい。今のところ9時間半くらいあるから、もっと短くしないといけない。
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──たくさんの楽曲をお持ちですが、公演で演奏する曲はどのように選曲されるのですか?
<!--nextpage--><!--pagetitle: 「どう思う?とバンドメンバーに尋ねてみて……」 -->
友人たちとリストを作っています。「どう思う?」とバンドメンバーに尋ねてみて、「良くない」と言われれば、じゃあこの曲はやめようと。逆に、「この曲はやりたくない」と私が拒んでも、「いやいや、この曲は外せない」と言われれば、やります。
『パールハーバー』の楽曲については、かれこれ10年も話をしてきました。私のガールフレンドはあの曲が大好きなのですが、私は好きじゃないんです。でも、次のツアーでは彼女の勝ちということにした(笑)。
──楽曲の中には、10分〜20分の長さがあるものもあります。ライブ演奏のためにアレンジしたり、カットしたりするのですか?
はい。演奏には長すぎるので、たっぷりカットしなくてはならないこともある。それでも、長尺の曲を残すようにもしています。なぜなら、冒険に連れ出せる曲というものがあるから。『パイレーツ・オブ・カリビアン』の曲はMarikoが主役になるような一曲ですが、およそ14分もある。でも、あの映画の世界に連れて行くことができるような曲だから、退屈させない。メロがあって、サビがあって、メロがあって、サビがあってという構成ではない。それぞれに違うムーブがある曲です。だから、『パイレーツ』の曲に文句がついたことはないんです。
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それに、ミュージシャンがのびのびと演奏できるものを用意するのがとても大事なんです。彼らはとても美しく演奏してくれるし、音楽がやるべきことをきちんと奏でてくれる。あなたの体の隅々にまで、心にまで響き渡る。そして同時に、知的なクオリティと卓越したテクニックがある。そして最終的に私が好きな理由は、彼らが遊び心に溢れていること。人生には遊び心が必要です。堅苦しいだけの人は嫌いです。葬式で葬送行進曲を演奏する時だって、ちょっとした遊びやジョークは必要なものです。
Mariko:私たちは演奏中にお互いに微笑みあって、楽しんでいますよね。それこそが真の音楽だと思います。
──前回の取材では、とりわけお気に入りの楽曲というものはないとおっしゃっていましたね。では、ライブで演奏するのが特に楽しかったり、エネルギーを感じたりする楽曲はありますか?
『パイレーツ・オブ・カリビアン』の曲がそうですね。『パイレーツ』はバカみたいに楽しい部類。『インターステラー』は、面白くて美しいという部類です。
『ライオン・キング』はいろいろな部類に入る。あれは、もともと当時6歳だった娘のために書きました。そして、父との死別を描いた曲でもある。私も6歳の時に父との死別を経験した。当時、私はまだ父の死に向き合うことができていなかった。だから、あの曲は私の父へのレクイエムでもあるのです。あの楽曲によって、私は父の死に向き合うことができた。
それから、長年気付かなかったことですが、私は女性のための楽曲をこれまでたくさん書いてきました。『ワンダーウーマン』もそうです。『DUNE/デューン』では女性のパワーを描いています。『テルマ&ルイーズ』は、レパートリーに入ったり、外れたりしていますが、是非また戻したい。女性ための素晴らしい映画ですから。でも、コンサートでは映画のイメージを一切投影しません。音楽に語らせ、観客の想像力に委ねるのです。
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──『ライオン・キング』ではお子さんのために楽曲を書かれたということですが、今では当時の子どもたちが大人になり、コンサートの観客となりました。僕もその一人です。ご自身の楽曲が世代を超えていくというのは、どんな感覚ですか?
面白いことに、あまり気に留めていないんです。私はあの楽曲で、やるべきことをやった。父への思いを手放すことができた。
今では、私があの曲を演奏すると、娘が喜んでね。カリフォルニアでコーチェラという、大きな音楽フェスティバルがあった時に、私は『ライオン・キング』を演るつもりはなかった。子ども向けの映画ですから。でも、うちのギタリストのナイル・マーが、「ハンス、あなたおかしいよ」と言うんです。「この曲は僕の子ども時代の思い出だ」とね。だから演奏することにしました。すると、コーチェラの8万人の観客が、泣いているんです。みんなが泣いていた。
──僕も、あなたの楽曲を聴いているといつも鳥肌が立ちますし、涙が込み上げてくることがあります。あなたも、自分の楽曲を自分で聴いて感情的な反応を得ることはありますか?
<!--nextpage--><!--pagetitle: 「私は人がそういう体験ができる状況を創造するまでです」 -->
いいえ。私は人がそういう体験ができる状況を創造するまでです。「この曲でこう感じてほしい」とは絶対に伝えません。感受の可能性があることを伝えるだけです。
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──世界各国で演奏する中で、異なる国、文化、バックグラウンドの観客から異なる反応を感じることはありますか?
あります。一番賑やかなのは……アイルランド人かな。彼らは私たちのことを、映画音楽というよりも、ロックバンドだと見ているような。だからアイルランドの観客は、ロックバンドの観客のようでした。香港の観客も素晴らしかった。
Mariko:それから、ヨーロッパやドイツの観客もとても温かくて、素晴らしかったです。とても音楽を愛している。
本当に、素晴らしく、馬鹿馬鹿しいほどに、見事で、光栄です。私は67歳なのですが、突然ロックスターになった気分だ(笑)。コーチェラをやる時も、あれは砂漠地域で開催されるのですが、合唱団とオーケストラを砂漠に連れ出す人なんていませんよ。誰もやったことがないのだから、きっと面白いことになると思いましたね。
──これまでのキャリアで多くのことを成し遂げられました。今後、実現したいことはありますか?
ガールフレンドと一緒に無人島に行って、部屋に籠ることです(笑)。
──数々の監督作の音楽を手掛けてこられましたが、彼の最新作『The Odyssey』は担当されないのですね。代わりにルドウィグ・ゴランソンが就任されています。よろしければ、理由をお伺いしても?
『DUNE/デューン』のためです。まず、私は18歳の頃に『デューン 砂の惑星』を読んで、大好きになりました。好きすぎたもので、デイヴィッド・リンチ版の映画は観ていないんです。私が見た映画版のイメージが、自分の頭の中にあるものとかけ離れていたからです。頭の中に思い描く夢を壊したくなかった。
ドゥニから、何気なく「『デューン』という小説をご存知ですか?」と聞かれ、それが彼と仕事をするきっかけになりました。彼の頭にあるものと私の頭にあるものは同じだと、その時感じたのです。だから、クリスの『TENET テネット』(2020)など、他の作品をやることができなくなってしまったのです。
ルドウィグのことは大好きですし、友人です。非常に才能がある。全員が納得していますよ。クリス・ノーランとはとても良い友人関係です。時には友情そのものを大切にすることも必要です。仕事だけじゃなくて、プライベートな関係としての友情。そこに重きを置くべきときもあるんです。
ドゥニと一緒に『DUNE/デューン』に取り組んだのは、とても面白い経験でした。お互い10代の頃に戻る感じでした。でも、我々はこれまでたくさんの映画を作ってきています。技術も仕事のこともわかっているし、やり方もわかっている。だから、想像の中にあったことや心の中にあったことを実際に実行することができた。『DUNE/デューン』は今まではできなかったことだし、20年前にやっていたら酷い映画になっていたでしょう。
昨晩もドゥニとやり取りをしました。彼は今、私の曲を頭の中で流しながらストーリーボードをやっているんです。頻繁に連絡をとっています。とても良い友人関係で、まるで兄弟のようです。もうそろそろ撮影が始まる頃で、私もそれに備えて準備をしているところです。
──最新作は、ブラッド・ピット主演の『F1/エフワン』ですね。現在、製作状況はいかがでしょうか?レースのスピード感やアドレナリンを、どのように楽曲に落とし込んだのですか?
もう作業は完了しました。レース映画は私にとってこれで3作目です。だからスピード感の表現方法については、もうわかっている。最初の頃は、よく監督と「まだ速さが足りない!」と言い合っていました。そうするうちに、うまい形が見つかっていきました。カーレースというものはノイズがつきものですが、ノイズと音楽というのは相性がめっぽう悪い(笑)。
大切なのは、この映画は劇場で観なければ魅力が半減するということです。今作では、エンジンの唸りを体感してほしい。クルマというのは、ノイズがなければダメだ。今作では、適切な周波数やら何やらを見つけるという、楽しい科学的な探究がたくさんありました。楽しい映画です。最近は楽しい映画もあまり作られなくなった。面白い(funny)ではなく、楽しい(fun)映画です。ダークなものではなく、心理描写に深入りするものでもない。そういう映画は『ラッシュ』でも既にやりました。その前には『デイズ・オブ・サンダー』もあった。心理的なものは既にやってきました。だから、ライバル関係とか、得意なことについての映画を作るのはとても素敵なことでした。
──映画が待ちきれません。ところで『F1/エフワン』はジョセフ・コシンスキー監督作ですが、彼とトム・クルーズは『トップガン マーヴェリック』の続編を構想しているようです。もし実現したら、あなたもまた戻ってきますか?
無人島でガールフレンドと籠っている時に電話に出られればやりましょう。電話に出なければ、ノーです(笑)。
──あなたはこれまで、たくさんのDC映画で作曲を手がけてきました。『ダークナイト』トリロジーや『ワンダーウーマン』は名曲ばかりです。これからDCユニバースは刷新され、新しいシリーズが登場します。DC映画への復帰には前向きですか?
<!--nextpage--><!--pagetitle:「"超える"ということではない。"違うもの"を作らなくてはならない」 -->
はい。もちろんです。私たちは『ダークナイト』で非常に高い水準を打ち立てました。それ以来、みんながあれを超えようと懸命に努力してきました。しかし、「超える」ということではないのです。「違うもの」を作らなくてはならない。私はクリスの作る映画に関心がありましたし、彼の映画が好きでした。だから(もし参加するのなら)自分がやってきたことを裏切らない形にしなければならない。
──いよいよとなる日本での初公演に、特別な意義や期待を感じていますか?
私は、ステージ上で観客に向けて語る内容について、事前に準備しないようにしているのです。自分の目で見て、感じたことを話したいからです。まるで、一緒にディナーをしながら語り合って、相手のことを理解していく感じ。なので、観客がどういう人たちなのかという先入観を、あえて持たないようにしています。観客にはバンドの一部になってほしい。そして私も、観客の一部になりたいのです。
Photo:Masanori Naruse
──前回の取材で、あなたは「優れた映画音楽とは、忘れ難い映画音楽である」と定義されました。今回の公演は、「忘れ難い公演」となりますか?
私にはわかりません。それは観客が決めることですね。ただ、私は演奏している間に忘れ難い瞬間を何度も経験しました。「まずい、次はなんだ?どうすればいい?何を弾くんだっけ?」とね(笑)。今の世の中、お金を稼ぎ、生活を維持することがますます難しくなっている。そんな世界で一生懸命働いている人々によって、観客は成り立っています。だから私は、コンサートに行くために一生懸命努力をされたお客さんのために、ふさわしいものを提供したいと思っています。
──ところで、日本の音楽や日本文化からインスピレーションを受けることはありますか?
ありますよ。昔は日本の木版画を大量にコレクションしていました。北斎とかね。それから、イエロー・マジック・オーケストラの皆さんと演奏したこともあります。素晴らしい時間を共に過ごしました。
我が友人の坂本龍一。彼に会えなくなってしまったのが、残念でなりません。
──最後に、あなたのコンサートを長年心待ちにしてきた日本のファンへメッセージをお願いします。
もちろん!日本に来るのに時間をいただいてしまったこと、私もMarikoも申し訳なく思っています。それも、私たちが日本という国を、日本の人々を心から愛しているからこそです。皆さんにお会いして、この愛をお伝えしたい。ぜひ、会いにきてください。
Photo:Masanori Naruse
──ありがとうございました!最後にもう一つだけ。バンド「ポリフィア(Polyphia)」の素晴らしいギタリスト、ティム・ヘンソンが最近Instagramにてあなたとのツーショット写真を投稿していました。もしかして、何かコラボレーションをするのですか?
彼は『F1/エフワン』に音楽参加しています。3人のギタリストと共にね。
──えぇ!知りませんでした!それ、もう公にしていいのですか?
もちろん、いいですよ。君は今、を手に入れたね!(笑)
Hans Zimmer Live in Japan
(5/24 名古屋公演)Hans Zimmer Live in Nagoya
Hans Zimmer Live