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認知症の方に寄り添う「バリデーション療法」とは?基本テクニックと実践例

「みんなの介護」ニュース

藤野 雅一

「お母様、もう食事は済んでいますよ」「でも、お腹が空いたの」

認知症のご家族と、このような会話を経験したことはありませんか?

食事を終えて30分も経っていないのに「お腹が空いた」とおっしゃる方。たった今トイレに行ったばかりなのに「トイレに行きたい」と何度も立ち上がられる方。

認知症の方とのコミュニケーションに、戸惑いや難しさを感じている方は少なくないでしょう。

しかし、適切なコミュニケーション方法を知ることで、認知症の方との関係性は大きく変わる可能性があります。その方法の一つが「バリデーション療法」です。

本記事では、この「バリデーション療法」について具体例を踏まえながら、分かりやすく解説していきます。

バリデーション療法とは?認知症ケアにおける重要性と効果

バリデーション療法は、1963年にアメリカのソーシャルワーカー、ナオミ・ファイル氏によって開発された認知症の方とのコミュニケーション方法です。

傾聴や共感の態度によって本質的な会話に繋げていくというものです。「バリデーション(validation)」とは「承認」「確認」という意味を持ち、認知症の方の感情や言動をそのまま受け止め、共感することを重視します。

神経心理学的研究によると、認知症により記憶や見当識などの認知機能が低下しても、感情を感じ、表現する能力は最後まで残ることが分かっています。

たとえば、New York Academy of Sciencesの研究(2015年)では、アルツハイマー病(AD)が進行した段階でも音楽や触覚、家族の声などの感覚刺激に対して感情的な反応を示すことが報告されています。

つまり、認知症の方は、私たちと同じように喜びや悲しみ、不安や怒りといった感情を持ち続けているのです。

バリデーション療法では、これらの感情表現を抑制するのではなく、むしろ表出を促し、その感情に寄り添うことを大切にします。たとえそれが悲しみや怒りといったネガティブな感情であっても、表に出すことで心の整理ができ、落ち着きを取り戻せることがあります。

バリデーション療法の基本理念と目的

かつての認知症ケアでは、「現実に戻す」ことを重視し、時には薬物による鎮静や身体拘束が行われることもありました。しかし、この方法では認知症の方の不安や混乱はかえって強まってしまいます。

バリデーション療法の特徴は、認知症の方の言動や行動を「意味のあるもの」として捉える点にあります。例えば「家に帰りたい」という言葉の裏には、「安心できる場所にいたい」「大切な人に会いたい」「何か役に立ちたい」といった深い感情が隠れていることがあります。

そして、このような共感的なアプローチの効果は、科学的な研究によっても裏付けられています。2003年にNealとWrightが行った研究レビューでは、バリデーション療法が認知症の方の問題行動の改善に効果があることが示されました。また、Toselandらの研究では、バリデーション療法を受けた方は、従来のケアを受けた方と比べて、不安や攻撃的な行動が減少したことが報告されています。

これらの研究成果は、認知症の方の感情に寄り添い、共感することが、心理面での安定だけでなく、行動面での改善にもつながることを示しています。

認知症の方とその家族に期待できる効果

バリデーション療法の実践により、以下のような効果が期待できます。

認知症の方への効果として、まず不安やストレスの軽減が挙げられます。自分の感情を受け止めてもらえることで自尊心が回復し、他者とのコミュニケーションを積極的に取ろうとする意欲も高まってきます。

特筆すべきは、徘徊や興奮といった行動・心理症状(BPSD)の緩和効果です。研究では、バリデーション療法を実践することで、攻撃的な行動が減少し、睡眠リズムが改善したという報告もあります。

ご家族にとっても大きな変化が期待できます。認知症の方の気持ちをより深く理解できるようになることで、介護への不安や戸惑いが軽減されていきます。相手の感情に寄り添うことで関係性が改善され、介護そのものにも自信が持てるようになってきます。

バリデーションが効果的な場面と適用のタイミング

バリデーション療法は、特にアルツハイマー型認知症およびその類似型の認知症の方に効果的とされており、患者の方の日常生活のさまざまな場面で活用することができます。

例えば、食事をしたばかりなのに「お腹が空いた」と言われた場合。

このような時は「お腹が空いているのですね。何か食べたいものはありますか?」と声をかけてみましょう。

この言葉の背景には、単なる空腹感ではなく、誰かと一緒に過ごしたい、話をしたいという思いが隠れていることがあります。

また、夕暮れ時に「家に帰りたい」と落ち着かなくなる、いわゆる「夕暮れ症候群(サンセットシンドローム)」の場面でも効果的です。

この時は「家に帰りたいのですね。どんなお家ですか?」と問いかけることで、その方が本当に求めているものが見えてくることがあります。

懐かしい思い出の場所や、大切な人との記憶に触れることで、次第に落ち着きを取り戻されることも少なくありません。

最新の研究では、認知症の方の言葉や行動には必ず意味があり、それは多くの場合、その方の人生における重要な経験や価値観と結びついていることが明らかになっています。

バリデーション療法は、その意味を理解し、共感することで、認知症の方の内面世界に寄り添うことを可能にするのです。

バリデーション療法の実践に必要な3つの基本姿勢

バリデーション療法の効果を最大限に引き出すためには、いくつかの基本的な姿勢が重要です。特に「傾聴」「共感」「受容」という3つの要素は、認知症の方との良好なコミュニケーションを築く上で欠かせません。

認知症の方の感情に寄り添う「傾聴」の実践方法

「傾聴」とは、単に話を聞くだけでなく、言葉の奥にある感情や思いを理解しようとする姿勢です。

認知症の方が話される内容は、時に支離滅裂に聞こえることもあります。しかし、その言葉の背景には必ず何らかの思いが込められています。

実際の介護現場では、認知症の方の正面に座り、目線の高さを合わせることから始めます。

相手の話すペースに合わせ、急かすことなく、ゆっくりと耳を傾けます。話の途中で遮ることは避け、相手が話し終えるまでしっかりと待ちましょう。

時にうなずきや相槌を入れることで、「あなたの話をしっかり聴いていますよ」というメッセージを伝えることも大切です。

例えば、真夜中に「仕事に行かなければ」と立ち上がる方がいらっしゃる場合。

この時、「もう夜中ですよ」と現実を指摘するのではなく、「お仕事のことが気になるのですね」と声をかけ、その方の職業人としての誇りや責任感に耳を傾けることで、次第に落ち着きを取り戻されることがあります。

相手の世界観を理解する「共感」のコツ

認知症の方が見ている世界や感じている感情は、時として私たちの理解を超えることがあります。しかし、その世界に寄り添い、共感することで、相手の不安や混乱は和らいでいきます。

共感を示す際は、相手の表情や声のトーン、姿勢などにも注目します。

例えば不安そうな表情をされている時は、こちらも同じように心配そうな表情で接します。明るい話題で笑顔になられた時は、その喜びを一緒に分かち合います。

例えば、毎朝「母親に会いたい」と泣いている方がいらっしゃる場合。
 

「もうお母様はいらっしゃらないのに」と現実を突きつけるのではなく、「お母様のことが恋しいのですね。どんな方でしたか?」と声をかけ、母親との大切な思い出に耳を傾けます。

このように、その方の感情に寄り添うことで、次第に心が落ち着いていくことがあります。

 

ありのままを受け入れる「受容」の重要性

「受容」とは、相手の言動をありのままに受け入れることです。認知症の方の言葉や行動を否定したり、現実に引き戻そうとしたりせず、その方の感情表現をそのまま認めていきます。

例えば、食堂で「ここは私の家じゃない」と不安そうにされる方がいます。

すぐに「ここは施設ですよ」と説明するのではなく、「見慣れない場所で不安なのですね」と声をかけ、その気持ちに寄り添います。

そして「どんなお部屋だと落ち着きますか?」と問いかけることで、その方の心地よい環境について理解を深めることができます。

基本的なコミュニケーションテクニック

これらの研究結果を踏まえ、日常的に活用できる具体的なテクニックをご紹介します。

認知症の方との関わりの中で、すぐに実践できるバリデーション療法のテクニックをご紹介します。

中でも「リフレージング」と「オープンクエスチョン」は、特に重要な技法です。

リフレージングとは、相手の言葉を受け止め、そのまま返す技法です。例えば「お母さんに会いたい」という言葉に対して「お母さんに会いたいのですね」と返します。

この方法により、相手の感情が受け止められていることを伝えることができます。言葉をそのまま返すことで、相手は自分の気持ちが理解されていると感じ、安心感を得ることができます。

また、オープンクエスチョンとは、「はい」「いいえ」では答えられない質問をすることです。

「お母さんはどんな方でしたか?」「一番思い出に残っていることは何ですか?」といった質問を投げかけることで、その方の大切な思い出に触れることができます。

これにより、相手は自分の気持ちを自由に表現でき、より深い対話へとつながっていきます。特に、過去の楽しい思い出や、誇りに感じている経験について尋ねることで、前向きな感情を引き出すことができます。

アイコンタクトも、信頼関係を築く上で重要な要素です。相手の目線の高さに合わせ、威圧感を与えない距離を保ちながら会話をすることで、安心感を与えることができます。

また、センタリングという技法も有効です。これは介護者自身が心を落ち着かせ、相手に集中できる状態を作ることを指します。深呼吸をしたり、肩の力を抜いたりすることで、より良いコミュニケーションが可能になります。

具体的な場面での対応例

実践的な場面での具体例を見てみましょう。

「家に帰りたい」という訴えは、認知症ケアの現場でよく聞かれる言葉です。この時、「ここがあなたの家ですよ」と現実を指摘するのではなく、「家に帰りたいのですね。どんなお家でしたか?」と問いかけることで、その方の思い出や感情に寄り添います。

また、同じ話を繰り返される場合も、「さっきも聞きましたよ」と指摘するのではなく、「それは大切な思い出なのですね。もっと詳しく聞かせてください」と関心を示すことで、相手の安心感を高めることができます。現実にはいない人が見えると訴えられた場合も、「誰もいませんよ」と否定するのではなく、「その方が見えるのですね。どんな方ですか?」と話を促すことで、不安を和らげることができます。

まとめ

認知症の方との関わりに戸惑いや難しさを感じる方は、まだまだ多いのではないでしょうか。

しかし、バリデーション療法が教えてくれるのは、相手の言葉の背景にある感情に目を向け、その思いに寄り添うことの大切さです。

例えば「家に帰りたい」という言葉の裏には、安心できる場所で過ごしたいという願いが、「お腹が空いた」という訴えの中には、誰かと一緒にいたいという思いが隠れているかもしれません。

このように相手の感情に寄り添い、その人らしさを大切にする関わりを続けることで、認知症の方の不安は和らぎ、穏やかな表情が増えていきます。

そして何より、私たち自身も認知症の方の内なる世界をより深く理解できるようになり、より温かなケアの実践へとつながっていくのです。

耳慣れぬ言葉ではあるかもしれませんが、バリデーション療法は特別な技術ではありません。

日々の小さな関わりの中で、相手の気持ちに寄り添う姿勢を大切にすること。それが、認知症の方との心の通った関係づくりの第一歩となるはずです。

まずは今日から、目の前にいらっしゃる認知症の方の言葉に、耳を傾けてみませんか。きっと新しい発見があることでしょう。

 

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