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蒸し暑い真夏のひととき、霧も出る漆黒のトンネルへ。JR吾妻線の前身、旧長野原線をめぐる<前編>

さんたつ

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関東は梅雨明けしました。途端に35度以上の酷暑日が続き、どこか涼を求めて彷徨(さまよ)いたい。こんな暑さには廃トンネルです。廃トンネルは崩落の危険があったり閉塞していたりと、閉鎖されているところが多いです。そういうところではなく、生活道路としては現役だけれども、鉄道としては遺構となった廃線跡を訪れました。JR吾妻線の前身、旧長野原線の廃線跡です。生活道路へ転用された廃線にトンネルがあるのです。前編は廃線跡をめぐりながらトンネルへ、中編はトンネルとその先、後編は終点へとめぐります。

鉄鉱石輸送で活躍した廃線跡はプレートガーダの遺構から始まる

群馬県にあるJR吾妻線は、渋川駅を起点に吾妻川に沿って西へ進み、途中、長野原草津口駅を通って大前駅が終点です。岩島〜長野原草津口間は八ッ場ダム建設により、2014年に線路を付け替え、旧線やダムに沈んだ路盤もあるのですが、それはまたの機会に。

開業は1945年1月の長野原線が前身です。群馬鉄山の鉄鉱石輸送を目的とした貨物線でした。長野原(現・長野原草津口)駅からは専用線となり、吾妻川支流の白砂川に沿って北上した太子(おおし)駅で、鉄鉱石積込みのホッパーや工場が整備されました。

長野原線は戦後すぐに太子駅まで旅客運行を開始しました(非電化路線)。ところが、群馬鉄山の鉄鉱石が枯渇し、貨物輸送は1966年に廃止。渋川〜長野原間は電化したものの、長野原〜太子間は非電化のままで、細々とした末端区間となっていました。1971年、長野原〜大前間が延伸開業し、路線名は吾妻線へ。長野原〜太子間は廃止となりました。残されていれば支線扱いになりましたが、大前駅延伸と引き換えに廃止となったかたちです。

長野原草津口駅から太子方面への分岐部分は道路へと変わっていた。

さて、長野原線の痕跡は長野原草津口駅の西側から始まります。白砂川が吾妻川へ合流する地点に吾妻線の橋梁が架かり、頭上には県道376号線の立派なハープ橋が交差しています。その傍には墓地があって少々居づらい空間なのですが、墓地の横にコンクリートの擁壁が木々に埋もれながら聳(そび)え立っています。これは何かの壁か?

左は吾妻線、頭上が県道376号線のハープ橋、その右手に壁のような遺構が残っている。

その答えは道路を少し行くと判明しました。

赤色がやや褪せ、「デッキガーダ」とも呼ぶ上路式プレートガーダが2連架かっているのです。長野原線の白砂川橋梁ですね。壁は盛土の擁壁でした。廃止から半世紀以上経過してとっくに撤去されてもよいのに、まだ架かったままなのです。白砂川の勢いある水流に負けじと、踏ん張って架かっています。

白砂川橋梁(写真右の赤い橋桁)と万座・鹿沢口行き211系電車。双方の距離は近い。
水量豊富な白砂川に架かる。右側の橋台部分が水量でえぐれないか少々心配。

あいにくの雨模様でしたが、もうそんなことはどうでもいい。出だしからしっかりとした遺構に出会え、心臓も高鳴ってきます。線路こそ撤去されていますが、枕木はそのまま。線路を敷けば列車を通せるのでは? と思うほどの状態の良さに見えました。

もっとも、木々や私有地によって近づくことはできないゆえ、実際の状況を近接して観察することは叶いませんが……。

廃線跡は生活道路となり鉄道らしい緩やかな弧を描いて曲がる

白砂川橋梁の反対側は住宅地となっており、プレートガーダに続く盛土の場所がありましたが、廃線跡はすぐに生活道路へと姿を変えました。車幅1.5台分の生活道路は、直線から緩やかな左カーブを描き、それとなりに“線路”だった過去がにじみ出ています。

そのままカーブしながら、丁字路で対面通行の道路と合流。痕跡はぷつっと途切れました。

白砂川橋梁を渡った先にある盛土部分。橋梁は木々に隠れていて見えない。
盛土からすぐに生活道路へと姿を変える廃線跡。しばらく直進したのちに左へカーブしていく。

道路の先には廃線跡と思しき畦道がありますが、すぐに深い森へと没しています。長野原線は白砂川の川岸に沿ってトンネルが続いていましたが、廃止後は森の中へ消え、道なき道も立入禁止。足跡を辿るのは困難です。国道292号に沿って北上します。

再び足跡を辿れるのは国道292号が白砂川を渡った直後からです。左手に分岐する小道を辿っていくと、先ほどと似たように緩やかなカーブを描きながら進む生活道路があります。ここも廃線跡を転用した道路となっており、鉄道があった雰囲気は十分に感じられます。

森の中から現れた廃線跡は再び生活道路となる。左の樹木は長野原線があったときの時代を知っているのだろうか。
国道から分岐した後の廃線跡の生活道路を進むと、列車が来たら良さそうな雰囲気の空間であった。左へカーブする向こう側から気動車がやってきたら絵になる。草木は伐採されていると思うが……。

来た道を戻り、また国道へ合流して少し北上します。今度は斜め右へ分岐する細い道路があり、これが廃線跡を転用した道路となります。車幅は車1台ちょっと。左へ緩やかにカーブする姿に「いかにも鉄道の跡だよなぁ」と感心しながら、小さな橋を渡ります。もしや橋桁も転用していないかと期待して覗き込みましたが、道路用に架け替えているようでした。

小さな橋梁を渡る。桁は道路用に変わっていたように思えた。
振り返る。畑と家々の間に道がある。ツートンカラーの国鉄色の気動車がやってきたら絵になるなぁ。
橋の先も緩やかなカーブ。振り返ってみる。両側はちょっとした掘割となっていて、谷積みの石垣がちらっと顔を覗かせている。これも長野原線の遺構かと思われる。

蔦が垂れ下がり霧も出る漆黒のトンネルへ吸い込まれる

そして、カーブの先の前方に見えてきました。この蒸し暑さを和らいでくれるはずのトンネルです! 「愛宕トンネル」と呼びます。

国道の真下で口を開ける愛宕トンネルは、蔦が坑口を覆う髭のように坑口上部から垂れ下がり、気温が急激に下がって地熱との差によって霧が発生し、暗い口から白い霧が“ぼわぁ〜“と湧いています。きっと、トンネル内部の気温と外の地熱との差によって、霧が発生しているのでしょう。いかにも肝試しに出てきそうな姿。ちょっと不気味にさえ感じます。でも不気味さも含めて廃トンネルの醍醐味でもあって、私はなぜか怖さよりも興奮して心がときめいてきます。

トンネル手前の左手にはコンクリート構造物があった。非電化なので架線柱ではないし、信号機土台でもなさそう。

廃トンネルと表現しましたが、愛宕トンネルは生活道路としては現役です。トンネルの周囲や背後には住宅もあり明るい空間で、重々しい空間ではありません。

「トンネルの先は住宅地で、この道も普通に使っているんです」

と、近所に住む女性が散歩ついでに声をかけてきて仰いました。たまに自動車が来るので気をつけるようにと注意していただき、邪魔にならないようトンネル散策を始めます。

坑口の右側にさりげなくある銘板? 白文字は消えかかって見えづらい。この板も現役時からあったものだろう。

坑口の右上に銘板らしきものを見つけました。消えかかった文字は判別しにくいのですが、

「第一愛宕ずい道 自46k179m(?)78 至46k235m(?)28 型式2号型 延長55m〇〇(判読不能)」

と記されていました。2号型は昭和5年(1930)に制定された、非電化用の狭い断面のタイプを指します。ということはこれが第一で、第二愛宕トンネルが続くのでしょう。愛宕トンネル改め「第一愛宕トンネル」へ潜ります。

蔦を避けながらいざ中へ。延長約55mと短いのでカーブした先に出口が見えた。

まず、垂れ下がる蔦を避けて……。お化け屋敷の入り口みたいな演出ですが、地面へと伸びていく蔦の成長はすさまじい。はやる気持ちを抑え、明暗差でくらまないようゆっくりとトンネルへ入ります。

「おおー! ゴツゴツしている」。素掘りの壁面にコンクリートを吹き付けた様子で、出口から差し込む光によって陰影がくっきりと現れていました。出口はすぐそこ。照明は一切ないのですが、出口の明かりが入り込んできて、真っ暗ではありません。

生活道路として使用されているため、いとも簡単に長野原線のトンネルへ入ることができましたが、ここも道路として使用されなかったら、国道の下で人知れず口を開けたまま眠りについていたのですよね。このトンネルが竣工してから79年(2024年現在)。鉄道として使用されたのは約26年間。道路として使用されてきた時間の方が長いです。

振り返ると入り口の蔦がすさまじい。トンネルの向こうはのどかな山あい。

それにしても涼しい!

ときおり雨がざっと降る蒸し暑い日でしたが、トンネルの中は短くても快適です。気温差で霧が発生しているのも納得です。いつ、対向車がやってくるか分からないものの、このまましばらくトンネル内でぼーっとしていたい。

次回は第一愛宕トンネルの出口からスタートします。

内部はごつごつしている。コンクリートで吹き付けたようだ。白い線はコンクリートの白華現象。その先にチラッと見えるのは……。

取材・文・撮影=吉永陽一

吉永陽一
写真家・フォトグラファー
鉄道の空撮「空鉄(そらてつ)」を日々発表しているが、実は学生時代から廃墟や廃線跡などの「廃もの」を愛し、廃墟が最大級の人生の癒やしである。廃鉱の大判写真を寝床の傍らに飾り、廃墟で寝起きする疑似体験を20数年間行なっている。部屋に荷物が多すぎ、だんだんと部屋が廃墟になりつつあり、居心地が良い。

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