日本におけるクラゲ展示はどのように変化した? <水族館の癒し担当>が<学びの主役>になるまで
昨今、クラゲの人気がとても高いように感じます。クラゲの展示に力を入れている水族館も多いですよね。
水族館のショップには、クラゲのぬいぐるみやキーチェーンなどが多数並んでいますし、SNSで綺麗な写真が話題になっていたり、自分だけのハンドメイドグッズを作る人がいたりします。
筆者がクラゲを好きになったのは2016年頃。当時はクラゲに重きをおいた展示はまだ少なかったように思います。
そこで、日本におけるクラゲ展示の動向を追ってみることにしました。
クラゲを展示するようになったのはいつから?
そもそも、クラゲの水族館展示の歴史はいつからなのでしょうか。
アクアマリンふくしまの「館長からのメッセージ」によると、「モントレー湾水族館は開館時に、独自に開発した円盤型のクラゲ水槽によって、クラゲ展示を目玉の一つとした。クラゲ飼育展示の輪が世界に拡がっていった」(銃眼のエフィラーアクアマリンふくしま)とあります。
モントレー湾水族館の開館は1984年。1853年にロンドン運動物園の付属施設として開館したフィッシュ・ハウスを世界初の水族館とするならば、その登場からクラゲが脚光を浴びるまでは131年ということになります。
クラゲの飼育展示や研究の最先端を担った江の島水族館
日本においてクラゲの飼育展示、研究の最先端を担ったのは新江ノ島水族館の前身となる江の島水族館でした。
江の島水族館は1973年にクラゲの常設展示を始めます。飼育手法も確立されておらず手間がかかり、また採集や繁殖も難しいことから、当時は一年中クラゲを見ることのできる水族館は世界でも珍しかったのだとか。
2004年には新江ノ島水族館が開館。日本の水族館ではいち早く2004年からクラゲの「癒し」に目を付けた「クラゲファンタジーホール」というエリアが話題になりました。
その後、2025年現在の日本の水族館において、クラゲ展示は高い人気を誇ります。ミズクラゲが浮かぶ特徴的な水槽は、どの水族館でも客を魅了します。
加茂水族館のクラゲ展示
日本におけるクラゲ展示を語るのに欠かせないのが、山形県の加茂水族館です。
加茂水族館は1930年に創立。当時は山形県水族館という名称でした。戦後は山形県水産学校の校舎として使われていたものの、加茂町に返還。昭和の大合併で鶴岡市と加茂町が合併すると、鶴岡市立加茂水族館となりました。
60年代の2代目水族館のオープン当初は良いスタートを切ったものの、来場者数は右肩下がりに。1997年には最も来場者数が落ち込み、10万人を切ってしまいます。これは、最盛期の半分でした。
サンゴの水槽で偶然発見
しかし苦しい状況の中、サンゴの水槽で偶然サカサクラゲを見つけます。そのクラゲを試しに展示してみると、来場者の心を掴みました。
その後、クラゲに特化した展示に力を入れはじめます。2000年にはクラゲの展示室を「クラネタリウム」と命名。さらに、クラゲの展示数は12種類と日本一になります。
当時館長だった村上龍男氏(現名誉館長)のアイデアにより「クラゲを食べる会」を開催し始めると、全国区のテレビ番組が取材に来るなど反響があり、加茂水族館の知名度が上がりました。
5年後の2005年にはクラゲ展示数が世界一になり、2008年には下村脩氏がオワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質でノーベル化学賞を受賞。このことでオワンクラゲを飼育していた加茂水族館は注目を浴びました。2010年には下村脩が一日名誉館長をつとめて話題に。着々とクラゲ水族館としての知名度をあげていきます。2012年には展示種数が世界最多だとしてギネスに認定されました。
そして、2014年6月には「クラゲドリーム館」という愛称と共にリニューアルオープン。クラネタリウムはかつての4倍規模になり、延べ面積は旧館の約2.5倍になりました。
直径5メートルのクラゲドリームシアターには、約1万匹のミズクラゲが浮かびます。
この水槽を求めて山形県に訪れる人もいるなど加茂水族館は名実ともに「クラゲ水族館」となり、日本のクラゲ展示の礎を築いてきました。
クラゲ展示リニューアルの流れが起こる
加茂水族館が12種の展示で日本一となったのは25年前で、現在では20種ほどのクラゲを展示する水族館はもはや珍しくありません。
日本での全国的なクラゲ展示のブームはいつ起こったのでしょうか。筆者は2010年代後半から20年頃に起こったのではないかと推測します。
アート×クラゲ エンターテインメントとの相性の良さ
2015年頃からはアートと融合した展示が複数開催されました。
リニューアル前の「すみだ水族館」(東京都墨田区)でクラゲ水槽内に特別映像を投影するイベントが行われたほか、アクアパーク品川(同品川区)ではデジタルアートを専門とするNAKEDが水族館全体を彩るイベントを実施するなど、エンターテインメント要素の強い展示が続きます。
「インスタ映え」という言葉が流行語大賞となった2017年前後には、さらにその傾向が強くなったように感じます。
クラゲ展示に限らず、生きものと音と光でアート空間を演出する……筆者もこの頃はそのような展示がトレンドになっているのを肌感覚で感じました。
クラゲ展示エリアのリニューアルが続く
このような時期を経て、既存の水族館のクラゲ展示エリアがリニューアルされる流れが続きます。
大阪市にある「海遊館」では、2018年3月に「海月銀河」というエリアがリニューアルオープン。このエリアのコンセプトは「クラゲに包まれる浮遊空間」。名前の通り、エリア内にはクラゲ水槽が点在しています。
鹿児島市の「いおワールドかごしま水族館」では、2017年に「クラゲ回廊」がリニューアルオープンします。クラゲ回廊では8つの水槽があり、時期によってさまざまなクラゲを展示。公式SNSで展示の更新情報を見ると、あまり知られていないような種類が展示されることも多いようです。
首都圏の水族館でもこの流れが続きます。
鴨川シーワールド(千葉県鴨川市)では、2019年7月に「Kurage Life」をオープン。これは、2009年から続いていたクラゲ展示エリア「ジュウェリーコーナー 海の宝石 -クラゲ- 」をリニューアルしたものです。展示面積は約2倍になり、クラゲの生態をより詳しくするコーナーを新設。クラゲの生活史がホログラムで再現されるエリアがあり、幼生から大きく成長するまでをリアルに追体験することができます。
2020年7月には、すみだ水族館に目玉となるクラゲ水槽「ビッグシャーレ」が登場。この水槽には500匹のミズクラゲが飼育されています。上部は解放されていて、アクリルガラスに隔てられずにクラゲを観察できる画期的な展示方法です。
また同月、サンシャイン水族館(東京都豊島区)のクラゲエリアが「海月空間」としてリニューアルします。横幅14メートルの「クラゲパノラマ」水槽が設置され、飼育されるミズクラゲの数はなんと1500匹。また、細く長い触手と強い毒を持つことが特徴的なクラゲの仲間であるシーネットルを飼育展示する「クラゲスクリーン」や、クラゲが回遊する「クラゲトンネル」も設置されました。
リニューアルだけでなく、同時期に開館した多くの水族館は、クラゲの飼育展示に力を入れているように感じます。逆に、リニューアルが行われていない昔ながらの水族館に行った際にはクラゲの展示に物足りなさを覚えることも少なくないのではでしょうか。
インスタ映え→研究対象に
先ほども少し触れましたが、日本におけるクラゲ展示の火付け役は「インスタ映え」だったと考えます。
リニューアルや開館時に展示の目玉としてクラゲを取り入れた水族館は、今もメディアやSNSなどで「クラゲが目玉」と紹介されている水族館が多いです。それらの水族館では、「インスタ映え」というブームを取り入れつつも、クラゲの生活史の解説やクラゲ飼育の裏側を丸ごと見せる飼育方法を行い、きちんとクラゲを知ってもらおうと取り組む場所が少なくありません。
飼育の裏側を見せる「研究所」的な展示もひとつのトレンドです。館内ではたらく飼育スタッフがクラゲの飼育をする姿を透明な壁越しに見たことがある人もいるかもしれません。その姿を見て水族館のスタッフに憧れる子もいそうですね。
そのような取り組みの結果、現在では多くの人にクラゲが受け入れられ、インスタ映え目的ではなく、生体展示としても興味を持たれ始めたと言えるのではないでしょうか。
また、施設内でクラゲの発生を行っている館も多く、水族館の大きな意義である「種の保存」「調査・研究」といった部分も担っています。
クラゲ展示のこれから 新種クラゲの発見も
ここ数年では、水族館による新種クラゲの発見や飼育展示が活発になっています。
2021年には新江ノ島水族館が「ワタボウシクラゲ」や「ギヤマンクラゲ」を発見し、新種として記載されました。翌年の2022年には、アクアワールド茨城県大洗水族館と新江ノ島水族館の両館で新種の「オトヒメクラゲ」の生体展示を世界で初めて行いました。
また鳥羽水族館の水槽内で見つかり新種記載された「コブエイレネクラゲ」は、アメリカ海洋調査探検隊(Ocean Research Explorations)・ハワイ太平洋大学(アメリカ・ハワイ州ホノルル)・新江ノ島水族館・鶴岡市立加茂水族館・ワイキキ水族館による共同研究が行われ、2023年に論文が発表されました。
2024年にはアクアマリンふくしまが公益財団法人黒潮生物研究所と共同で「ジャンガラコノハクラゲ」を新種記載。このように、水族館によるクラゲ研究の成果が続々とあがっています。
クラゲが研究施設としての水族館が注目されるキーのひとつに
こうした経緯もあり、クラゲが単なる癒し担当ではなく、研究施設としての水族館が注目されるキーのひとつになりつつあると感じます。
水族館でクラゲ水槽を見つけたら、日々の疲れを忘れて癒されるのも面白いですが、ぜひ種名板に書いてある名前を調べてみてください。びっくりするような物語が隠れているかもしれませんよ。
(サカナトライター・うえの かのん)