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吉岡 里帆|初めて山歩(さんぽ)をした日のこと。俳優・井浦 新のいざない

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YAMAP Magazine | 吉岡 里帆|初めて山歩(さんぽ)をした日のこと。俳優・井浦 新のいざない

きっかけは、1冊の児童書

「井浦新さんと、山へ一緒に行きませんか? 井浦さんが、吉岡さんと是非にとおっしゃっています」。YAMAP MAGAZINE編集部からオファーをいただいたとき、驚いた。思わず「え、私で大丈夫ですか?」と聞いてしまったけれど、どうやら人違いではないらしい。

今年でデビュー10周年、これまでいろいろな仕事をさせてもらったものの、こんなお誘いは初めてだった。声をかけてくれたのは井浦新さん。尊敬する先輩だ。

私でいいのかな。迷惑、おかけしないかな。

そう思いつつも、「ぜひ、お願いします」と返した。

新さんが私を誘おうと思ったのは、以前に撮影現場でご一緒した際、新さんに贈った児童書『ミコとまぼろしの女王』(作:遠﨑史朗、絵:松本大洋、ポプラ社)がきっかけだそうだ。本を誰かにプレゼントすることはめったにないけれど、この物語を知った時「新さんにぴったりだ」と直感したことを覚えている。

この児童書は屋久島を舞台にした物語で、新さんは読んだ直後に何かを感じたのか、現地へ飛んでいったらしい。自分の贈り物をそんな風に受け止めてもらえたのが嬉しかった。

大人になるにつれ、離れてしまった自然

私が生まれ育った京都は、三方を山に囲まれた街だ。幼い頃は、放課後に友だちと森で遊んだり、学校の遠足で山登りをしたり、のんびりとした暮らしの一部に山があった。

でも、成長するにつれて私の生活は山から遠ざかっていった。地元で最後に山を登ったのは中学での体育の授業だったような気がする。山でリレーをするというハードな授業で、終盤には身体がヘトヘトになっていた。

振り返って考えると「山を全速力で走るってどういうこと?」と少し笑えてしまうけれど、当時はただただ、疲れ果てて大変だった。

10代後半から東京の俳優養成所と京都を行き来するようになり、自然を楽しむ余裕はなくなった。仕事が軌道に乗るようになってからも、たまの休みは家で過ごしたり美術館に行ったりと、ゆっくり自然を楽しむことはほとんどなかった。

興味が全くなかったわけじゃない。むしろ、ソロキャンプのYouTube動画を観ることもあるし、SNSで友だちが車を走らせて山へ出かけている写真を眺めては「いいな」と思うことだってある。ただ「きっかけ」が長らく訪れなかった。

そんな中、新さんと御岳山を歩くという「お誘い」が舞い込んだ。

「御岳山は都内にある山なのでアクセスは良さそうです。どうしますか?」
スケジュールを確認しながらマネージャーさんが呟いた。

都内にそんな山があるのか……。興味が湧いた。それに新さんは神仏や美術に造詣が深くて、まるで先生のような存在だ。新さんと話していると、視野が広くなる。きっと山を歩きながら、草木や山岳信仰の話が飛び交うのだろう。

デジタル機器に囲まれた日常から、山というシンプルな世界に身を置いたら、いつもとは違う感覚を手に入れられるような気がする。

もしかすると、自分の中の何かが変わるかもしれない。

「きっかけ」が来たのだ。そう確信した。

1か月前からジムでトレーニング

今回の企画は「山歩」と書いて「さんぽ」と読むプロジェクトだと聞いた。山歩とは「山や、身のまわりの自然の中を歩くこと。大地を感じ、草木や、風の音や、鳥の声など自然の変化を体感しながら気持ちよく歩くこと」らしい。

ビギナーに優しい企画だということはすぐに理解できたものの、「登れるだろうか」という不安はあった。中学の頃の「山のリレー」が私の山のイメージを捻じ曲げているのだろう。

そうだとしたら、事前に備えておけばある程度の不安は払拭できるはずだ。坂道に体を慣らせばいい。本番の1か月前くらいから、定期的に通っているジムでトレッドミルに傾斜をつけて走ることにした。

このトレーニングが適切かどうかは分からなかった。ただ、何か準備を始めておきたかったのだと思う。そのくらい、楽しみだった。

「時短」の日常から、自然に飛び込む

そして、いよいよ迎えた当日。AM8:00。現地に着くと雨が降り、霧が出ていた。顔には出さなかったけれど「まずいなぁ」という気持ちがジワジワと全身を侵食していた。疲れた時に備えて、ハンドクリームやリラックス用のオイルをリュックいっぱいに詰めてきたものの、全部役に立たなそうだ。

颯爽と登場した新さんは、無駄がなく軽さを重視したウェアを纏っていて、いかにも玄人の出で立ちだ。普段もこんなふうに単独で山に登ることが多いのだそう。

まずは、滝本駅からケーブルカーに乗り、山の中腹へ。山歩のスタート地点へ向かう。急勾配な斜面に思わず声が出た。「ジェットコースターみたい」。

「緊張してます」とこぼすと、新さんは「大丈夫ですよ」と返してくれた。肩のこわばりがほぐれた。新さんの声には不思議な力がある。

御岳山駅につくと一気に安心した。道幅は広くなだらか。宿坊がいくつもあり、人の営みを感じられたからだ。不安を増長させた雨も、幻想的な雰囲気を生み出している。本当にここが東京都内なのだろうか。鬼や天狗が出てきそうだ。

「梅が咲いてるね。あんな所にも花がある! なんて可愛いんだ」

新さんが少年みたいに声を上げ、花を愛でながら、ミラーレスカメラでパシャパシャと写真を撮っている。無我夢中で自然を楽しむ新さんは、普段仕事現場で見る姿とは全然違う。こんな横顔を拝めるのは、一緒に歩いた人の特権だ。

「山に入ると人生の先輩がいっぱいいるからいいよね」。樹齢1000年を超える欅(けやき)を撫でながら新さんが言う。1000年前というと、平安時代だ。その時代からここには人が訪れ、祈りを捧げてきたのだろうと思うと神妙な気持ちになる。

「天狗の腰掛け杉」と呼ばれる大木は、60mもある高さはもちろんのこと、枝の曲線が素晴らしかった。どうしてこんな風に曲がったのだろう、枝が天に伸びていったのだろう。靄がかった森の中で、ひときわ美しかった。

道沿いの草花を新さんと一つひとつをじっくり見ていった。どこか美術鑑賞にも通じるところがある。芽吹き、花を開き、種を落とし、そしてまた芽吹く。この風景はそうやって昔から変わらずに、ここにあり続けているのだろう。

目的地の天狗岩は、遠くから見ると天狗が上を向いたような形をしているため、この名前がつけられたのだそう。山から巨石がぐいっと突き出している。岩肌には鎖が取り付けられていて、鎖をつたいながら頂上を目指した。

先程までの平坦な道とはまるで違う山の表情に驚いたが、不安感はなかった。「どんな景色が見られるのだろう」。いつの間にか、自然を楽しむ自分がいた。

木の根を足がかりになんとか登りきると、見たこともない景色が眼下に広がっていた。霧が地形に呼応するかのようにあちこちで発生しているのがわかる。驚くほど静かで、世界に私たちだけしかいないような気分になった。呼吸をするたびに身体に入る瑞々しい空気も心地よい。

なんでも「時短しないと」と足早に過ごしがちだけれど、こういう風にゆっくり緑を味わうと、失ってしまったものを取り戻せるような感覚になる。

こういうことに気がついたのも、きっと新さんと一緒に歩けたからだと思う。誰かと登ると、相手が好きなものに一緒に共鳴できたり、自分が見落としていたものを相手が気づいてくれたりする。着眼点の違いがあるからこそ、視界が開ける。

沁みる「甘み」

15時過ぎに麓へ降りると、空腹感に気がついた。山に夢中で忘れていたものの、昼食の時間をとっくに過ぎていたのだ。車の中でおにぎりを頬張る。

「美味しい」

白米の甘みが口いっぱいに広がり、飲み込んだ瞬間身体に吸収されていくのがわかる。続けざまにかりんとうとビスケットも食べた。いつもはどちらかと言うと、甘い味よりも塩っぽい味の方が好きなのに、身体が糖分を欲しているのだろう。細胞ひとつひとつに沁み込んでいくようだった。

そして、その日はびっくりするぐらいよく眠れた。ここ最近では、一番深い睡眠がとれたと思う。ベッドに入ると、次の瞬間には朝だった。

撮影の後やジム帰りとも違う、新鮮な疲労だ。充実感と高揚感がある。またこの感覚を味わいたい。心なしかいつもより背筋が伸びる。

新さんにもらった、せっかくの「きっかけ」。次は、違うコースで御岳山に登ってみてもいい。ほかの山も知ってみたい。今度は、私も誰かの「きっかけ」になってみよう。

私と一緒に、「山歩」しにいきませんか。

写真=鈴木 千花

「井浦 新|僕が山歩(さんぽ)に惹かれる理由。そして俳優・吉岡 里帆のこと」を読む

吉岡里帆さん、井浦新さんの山歩@御岳山(東京都青梅市)の様子はこちらのYoutubeから。

吉岡 里帆(よしおか りほ)
1993年1月15日生まれ。京都府出身。
連続テレビ小説「あさが来た」(2015年)に出演し注目を集める。主な近作にドラマ「レンアイ漫画家」(2021年)、「華麗なる一族」(2021年)、「しずかちゃんとパパ」(2022年)、「ガンニバル」(2022年)、映画『見えない目撃者』(2019年)、映画『泣く子はいねぇが』(2020年)、『島守の塔』(2022年)など。主演映画『ハケンアニメ!』で第46回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。
待機作に5月15日(月)放送の主演ドラマ月曜プレミア8「神の手」、7月14日(金)公開の主演映画『アイスクリームフィーバー』、8月25日(金)公開の映画『Gメン』など。

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