親の介護、兄弟間の役割分担はどうすべき?トラブルを防ぐポイント
高齢化が進む日本では、親の介護をめぐる兄弟間のトラブルが多発しています。
そこで本記事では、兄弟トラブルの実態と具体的な解決策をお伝えします。
介護における兄弟トラブルの実態と原因
民法では、子どもには親の扶養義務があると定められています。しかし実際の介護の現場では、「誰が」「どこで」「どのように」介護を担うのかをめぐって、深刻な兄弟トラブルが発生しています。
よくある間でのトラブル例
最も典型的なトラブルが、「介護の押し付け合い」です。
具体的な事例を見てみましょう。
【①在宅介護を担う兄弟が不満を持つケース】
東京都在住の田中さん(仮名・54歳)は、要介護3の母親と同居して介護を担っています。朝は食事の準備から服薬管理、日中はデイサービスの送り迎え、夜は排泄の介助まで、ほぼ全ての介護を一人で引き受けています。
一方、名古屋に住む弟は「営業職で不規則な勤務だから」と言い、月に一度の電話と年3万円程度の経済的支援しかしていません。
田中さんは介護のために残業のない部署に異動し、降格も経験。「自分だけがキャリアも収入も諦めている」という不満が募り、最近では弟からの電話にも出なくなってしまいました。
【②施設入所をめぐる意見の対立】
大阪府の山本さん(仮名・49歳)は、認知症の父親の在宅介護に限界を感じています。夜間の徘徊が増え、仕事中でも緊急となる対応を求められることが頻繁に。山本さんが有料老人ホームへの入所を提案したところ、東京在住の姉が「親を施設に入れるなんて冷たい」と強く反対しました。
しかし姉は月額30万円程度かかる施設費用の負担には消極的で、結局「どの施設に」「誰の負担で」入所するかも決まらないまま、話し合いは1年以上も平行線を辿っています。
【③遠方在住の兄弟がほとんど現状を把握していないケース】
神奈川県の佐藤さん(仮名・51歳)は、パーキンソン病を患う要介護4の父親の在宅介護を担当しています。
日常服薬管理から食事介助、リハビリの付き添いまで、さまざまな場面で介護をしなければいけない状況が続いています。一方、関西在住の妹は年2回の帰省時にしか実家を訪れず、月1回の電話で父親の声を聞く程度。父親は妹と話すときだけ特別に気力を振り絞るため、妹は「まだまだ元気そう」と考えているようでした。
状況が大きく変わったのは、父親が肺炎で入院した際でした。妹は3日間の休暇を取って看病に来ましたが、その時の父親の衰えようを目の当たりにし、「日頃の健康管理が不十分だったのでは」と佐藤さんを非難。しかし実際には、佐藤さんは定期的な通院で肺炎のリスクを医師に相談し、予防に努めていたものの、パーキンソン病からくる嚥下機能の低下により発症してしまったのでした。
介護の現場を知らない妹には、病状の進行に伴う様々な対応や、医療機関との綿密な連携など、佐藤さんが行っている日々の努力が見えていません。たった3日間の介護で疲労困憊になった妹に対し、「それが毎日なのよ」と伝えた佐藤さんの言葉を最後に、二人の関係は決定的に冷え込んでしまいました。
【④親の資産管理や財産分与に関する衝突】
千葉県の高橋さん(仮名・58歳)は、認知症の母親の介護を担うなか、将来の介護費用の確保を考えて母親名義の不動産を売却。その売却代金を介護用口座として管理していました。
しかし、県外在住の弟は「なぜ事前に相談がなかったのか」「自分に隠れて処分したのでは」と猛反発。母親の資産だけでなく、将来の相続問題にまで話が発展し、20年以上仲の良かった兄弟の関係が一気に悪化してしまいました。
介護の兄弟トラブルが起こる5つの要因
それでは、このようなトラブルはなぜ起こるのでしょうか。
まず一つ目に挙げられるのが、家族の在り方そのものの変化です。
昔なら「長男家族が面倒を見る」という暗黙のルールが機能していました。しかし今、東京、大阪、名古屋といった大都市圏に兄弟が散らばって暮らすのは珍しくありません。「実家から車で2時間」「新幹線で3時間」という距離が当たり前になる中、物理的に介護が難しい状況が増えているのです。
加えて、共働き世帯が主流となった今、「嫁が介護する」という従来の役割分担も現実的ではなくなってきています。それでいて「誰がどう関わるか」という具体的な話し合いはなされないまま、結局「私には無理」の押し付け合いになってしまうケースが目立ちます。
二つ目は、介護に伴う負担の大きさです。
食事の準備から排せつの介助、入浴の手伝いまで、介護は身体的な負担を伴います。
さらに、病院への付き添いや介護保険の手続き、緊急時の対応など、時間的な拘束も大きなものとなります。
経済面でも、介護サービスの利用料や医療費、介護用品の購入など、予想以上の出費がかかります。実際、週3回のデイサービス利用と月2回の訪問介護を組み合わせただけでも、要介護度によっては、月々の自己負担額は3万円を超えることも。このような大きな負担を前に、誰もが二の足を踏んでしまうのも無理はありません。
三つ目は、介護に関する情報とサポートの不足です。
「要介護認定を受けるにはどうすればいいの?」「どんなサービスが使えるの?」。
こうした基本的な疑問に直面しても、どこに相談していいかわからない人は少なくありません。
地域包括支援センターという相談窓口の存在を知らない人も多いのが現状です。また、同じ要介護度でも、住んでいる地域によって利用できるサービスの質や量に差があることも問題です。
必要な情報やサポートを得られないまま、ただ「何とかしなければ」と思い詰める結果、特定の家族が抱え込んでしまいがちです。
四つ目に、家族間の会話の壁があります。
「将来、親の介護はどうする?」。この問いかけに、居心地の悪さを感じる人は多いのではないでしょうか。
親の老後や介護の話題は、家族の中でもタブー視されがちです。しかし、この「言いづらさ」が問題を複雑にしています。
事前の話し合いがないまま介護が始まると、「私は仕事があるから」「子育てで手一杯で」と、お互いの事情を主張し合うだけで建設的な解決が難しくなってしまいます。
そして五つ目は、介護は予期せずに始まるということです。
ある日突然、「お母さんが脳梗塞で倒れた」「お父さんが認知症の症状を見せ始めた」という事態は珍しくありません。
この時、たまたま実家に近い兄弟や、比較的時間に余裕のある兄弟が対応せざるを得なくなります。最初は「とりあえず様子を見る」程度のつもりが、そのまま主介護者として固定化してしまう。
「まかせっきり」の状態が続き、後から「なぜ自分ばかりが」という不満が爆発するケースも少なくないのです。
これら5つの要因は、それぞれが独立して存在するわけではありません。むしろ、相互関係にありながら、介護をめぐる兄弟間の軋轢を生み出しているのです。
介護の兄弟トラブルを防ぐための事前準備
介護のトラブルを防ぐためには、介護が必要になる前からの準備が重要です。特に、親の意向確認と経済状況の把握、そして兄弟間での具体的な話し合いが必要不可欠です。
親の意向を確認しておく
まず重要なのは、親の介護に対する考えを知ることです。
しかし、いきなり「将来の介護について」と切り出すのは難しいものです。そこで効果的なのが、身近な話題からの自然な会話の展開です。
例えば、ご近所で介護が必要になった人の話や、介護保険制度の改正ニュースなどをきっかけに、「お父さん(お母さん)は、もし介護が必要になったらどうしたい?」と問いかけてみましょう。親の多くは、実は自分の将来について考えていたり、不安を抱えていたりするものです。
経済状況を確認しておく
次に、具体的な経済状況の確認です。介護費用は、要介護度や利用するサービスによって大きく変動します。厚生労働省の2023年の調査によると、在宅介護の場合、要介護1で月額約4万円、要介護5では月額10万円以上かかるケースもあります。
さらに、特別養護老人ホームに入所する場合は、月額10~20万円程度の費用が必要となります。
これらの費用を親の年金や貯蓄でどこまで賄えるのか、事前に把握しておくことが重要です。
ただし、いきなり預貯金額を聞くのではなく、「介護保険料の通知が来ていたけど、年金からいくら引かれているの?」といった具体的な書類をきっかけに話を進めるとよいでしょう。
兄弟間で役割分担をする
親の意向と経済状況が把握できたら、次は兄弟間での具体的な話し合いです。この話し合いでは、以下の項目について明確な合意を形成する必要があります。
最も重要なのが主介護者(キーパーソン)の決定です。これは単に「誰が介護をするか」ということではありません。主介護者の役割と責任、他の兄弟のサポート体制、緊急時の対応方法まで含めて決める必要があります。
実際の事例では、大阪府在住の山田さん(仮名・52歳)の家族が良い例となります。母親の介護が必要になった際、4人兄弟で話し合い、以下のような役割分担を決めました。
実家に最も近い山田さんが主介護者となり、平日の介護や各書類等の手続きを担当。遠方在住の姉は月に一度の週末介護と主な経済的支援を、会社経営の弟は緊急時の対応と通院の送迎を、看護師の妹は医療面でのアドバイスと年2回の長期介護を担当することにしました。
この役割分担が上手く機能している理由は、三つのポイントがあります。
一つ目は、各々の状況や得意分野を活かした分担となっていることです。看護師である妹の医療知識を活用し、会社経営で時間の融通が利く弟が緊急時対応を担当するなど、それぞれの立場を活かした役割設定となっています。
二つ目は、主介護者の負担を具体的な形で軽減する仕組みが組み込まれていることです。月一回の週末介護や年2回の長期介護は、主介護者である山田さんに定期的な休息期間を確保します。これにより、介護の長期継続が可能となっています。
三つ目は、明確な役割分担によって「いざという時の対応」が決まっていることです。「誰が」「いつ」「どのような」状況で対応するのか事前に決めておくことで、緊急時の混乱や責任の押し付け合いを防ぐことができています。実際、母親が救急搬送された際も、スムーズな対応が可能でした。
このように、単なる役割の振り分けではなく、各々の状況を考慮した実現可能な分担と、主介護者の負担軽減を具体化した取り決めがあってこそ、持続可能な介護体制が構築できるのです。
兄弟間での介護費用の分担方法
介護費用の分担は、最も深刻なトラブルの原因となりやすい項目です。実際の事例から具体的な分担方法を見ていきましょう。
例えば、神奈川県の佐藤さん(仮名・55歳)の場合、親の預貯金から介護費用を支出する前に、兄弟4人で以下のようなルールを決めました。まず、毎月の介護保険サービスの利用料や日用品費用は親の年金から支払い、それを超える部分を4人で分担します。ただし、主介護者である佐藤さんの負担割合は低めに設定し、代わりに遠方在住の兄弟が多めに負担する形としました。
また重要なのが、費用の記録と共有方法です。佐藤さんの場合、スマートフォンの家計簿アプリを活用し、全ての支出を記録。毎月の収支報告をLINEグループで共有することで、金銭的なトラブルを未然に防いでいます。
この方法が効果的に機能している理由は、主に三つあります。
まず、介護費用の支出において「親の資産の活用」と「兄弟間の分担」を明確に区分けしていることです。親の年金や預貯金をどこまで使うのか、それを超えた分をどう負担するのかを事前に決めることで、後からの解釈の違いによるトラブルを防いでいます。
次に、主介護者の身体的負担を金銭的負担の軽減で補う考え方を採用していることです。時間と労力を費やす主介護者の負担を金銭面で調整することで、兄弟間の総合的な負担の公平性を保っています。このような「負担の見える化」は、後々の不公平感の蓄積を防ぐ効果があります。
そして最も重要なのが、支出の透明性を確保していることです。家計簿アプリとLINEを活用した「見える化」により、誰がいつどのような支出をしたのかが一目瞭然となり、疑念や不信感が生まれる余地を排除しています。また、定期的な報告により、介護費用の推移や今後の見通しについても兄弟間で共通認識を持つことができています。
このように、金銭面での取り決めは、単なる費用分担のルールではなく、介護における公平性の確保と信頼関係の維持につながる重要な基盤となるのです。
介護の兄弟トラブル解決のための具体的対策
介護の兄弟トラブルが発生した場合、まず必要なのは冷静な話し合いの場を設けることです。しかし、すでに関係が悪化している場合、どのように話し合いを始めればよいのか悩むかもしれません。ここでは、実際の解決事例を交えながら、具体的な対策をご紹介します。
効果的な話し合いの場づくり
感情的になりやすい兄弟間の話し合いを建設的なものにするためには、第三者の介入が効果的です。例えば、介護の専門家である介護支援専門員(ケアマネージャー)に同席を依頼することで、より客観的な視点から状況を整理することができるかもしれません。
話し合いの場では、まず各自が現状で感じている課題や不安を共有します。この時、相手を責めるのではなく「私は〜と感じている」という形で自分の気持ちを表現することが重要です。
「仕事と介護の両立に限界を感じている」「精神的に厳しい」などと率直に打ち明けることで、遠方に住む家族から「週末は自分が担当する」という具体的な協力の申し出につながることもあります。
負担の可視化と具体的な役割分担
介護における負担を具体的な数字として「見える化」することで、より実質的な解決策を見出すことができます。
例えば、千葉県の松本さん(仮名)家族の場合、母親の介護費用を詳細に記録したところ、月々の総額が介護保険サービス利用料、医療費、日用品費を合わせて約15万円にのぼることが判明。これまで主介護者の松本さんが大部分を負担していた状況が明らかになり、兄弟間で費用分担の見直しができました。
また、時間的負担についても、介護記録アプリなどを活用して具体的な数値として示すことが有効です。ある家族では、主介護者の月間介護時間が平均して180時間を超えていることが可視化され、これをきっかけに兄弟で介護時間の分散を図ることができました。
専門家の支援を活用した解決策の検討
家族だけでは解決が難しい場合、法律(弁護士、司法書士)、社会福祉(社会福祉士・ケアマネジャー)、医療(主治医・認知症専門医・精神科医)など、各分野の専門家の支援を積極的に活用することが重要です。
実際の支援事例として、神奈川県の田中さん(仮名)家族のケースがあります。認知症の父親の介護をめぐって兄弟間の対立が深刻化していましたが、地域包括支援センターに相談したことで状況が大きく改善しました。センターの提案で、まず介護保険サービスの利用を拡大。デイサービスの利用日数を増やすことで主介護者の負担を軽減し、さらに介護費用の分担についても専門家を交えて具体的な計画を立てることができました。
特に有効だったのは、成年後見制度の活用を検討したことです。将来的な財産管理の不安が兄弟間の対立の一因となっていましたが、法律の専門家を交えて制度の説明を受けることで、より客観的な判断ができるようになりました。
このように、第三者の専門家が介入することで、感情的な対立を避けつつ、具体的な解決策を見出すことが可能となります。
重要なのは、「介護は家族だけで抱え込むべき」という考えから脱却し、必要に応じて適切な支援を受けることです。早期に専門家に相談することで、兄弟関係の修復と、より良い介護環境の構築を同時に実現できる可能性が高まります。
まとめ
親の介護をめぐる兄弟トラブルは、適切な準備と対話があれば防ぐことができます。重要なのは、「介護は突然始まる」という認識を持ち、できるだけ早い段階から準備を始めることです。具体的には、親の意向確認、経済状況の把握、兄弟間での役割分担の明確化、そして介護保険サービスの活用方法の理解が必要です。
また、すでにトラブルが発生している場合でも、専門家の支援を受けながら解決の糸口を見つけることができます。地域包括支援センターやケアマネージャーに相談し、第三者の視点を取り入れることで、より客観的な解決策が見えてくるでしょう。
介護は決してひとりで抱え込むべきものではありません。兄弟それぞれの状況や制約を理解し合い、できる範囲で協力し合うことが、長期的な介護生活を維持するコツとなります。「完璧な介護」を目指すのではなく、家族全員が無理なく続けられる介護の形を見つけていくことが、結果として親のためにも、そして家族の絆を守るためにも重要なのです。