台中市の“廃”。入場料を払った先にあるのは廃墟となった遊園地だった【台湾“廃”めぐり】
廃墟となった施設は大変魅力的ですが、ほとんどは立入禁止です。それが入場料を払って触れられる“廃”だとしたら最高ですね。そんな廃遊園地があります。ただし台湾の台中市ですが……。
はるばる日本から海を渡って廃遊園地へ
打ち捨てられて錆びていく遊具や観覧車、歓声の消えた世界。廃なるものを愛する者にとって、廃遊園地は大変魅力的な物件です。が、当然のごとくほとんどが立入禁止であり、人知れず解体されていく運命です。
ですが台湾には有料で見せてくれる廃遊園地があると聞き、東京から飛行機で約4時間の距離なので行ってみようと、ある春の日に訪台しました。廃遊園地は台北から新幹線(高鉄)と在来線を乗り継いだ台中市(Taichung City)の郊外にある「石頭公園」です。本来は中国語読みとなりますが、ここでは「せきとうこうえん」と読みましょう。民間が経営する公園となります。
中心地の台中駅から縦貫線の普通列車へ乗車して北上すること数十分、后里(Houli)駅へ到着します。后里駅はサイクリングで巡る観光スポットが点在しており、実は縦貫線の線路付け替え旧線跡が南北にあって、南側の旧線跡はサイクリングロードとなっています。そちらも魅力的なのですが、1日では何箇所も巡れません。後ろ髪引かれる思いで振り切り、石頭公園の方へと集中します。
現地へは「YouBike」という台湾のシェアサイクルが便利です。YouBikeステーションへ返却すれば良く、必ず出発点へ戻らなくてもOKのため、石頭公園の後に他の地点で乗り捨ても可能です。またYouBikeは電動アシスト自転車なので、目的地まで30分は走るけれども、体力的に楽です。
道路を延々と走り、途中で河岸段丘の急坂を降ります。石頭公園は大きな川「大安渓」に面しており、隣には高鉄の高架橋があります。やがて高架橋の先に公園の緑が見えてきました。近づいてみると、駐車場に倉庫と事務所。どこかの会社へ紛れ込んでしまったような気まずさです。ただ、大きな看板には「石頭公園」と掲げられているので間違いありません。
しばらくして係員の女性が現れて「入場料は200元」と提示します。支払いを済ませると、自転車で入園して良いとのこと。園内は広いようです。廃遊園地の撮影と紹介もOKと言われました。ついでにスマホの翻訳機能で尋ねてみたところ、石頭公園の遊園地は約30年前に閉園し、現在は庭園を整備し公開しています。結果として、公園内に廃遊園地が同居する形となっているのです。
台湾へ入国した翌日、観光そっちのけで真っ先にここへ来ました。どんな姿か楽しみです。
庭園の先でいきなり現れる廃遊園地の遊具
園内は庭園が広がるばかり。はたしてこの先に廃遊園地はあるのか? もし解体されていたら、自転車を30分漕いだことが報われないなと一抹の不安が過ったころ、右手に突如としてメリーゴーラウンドが現れました。いきなりの出合いに感嘆の声をあげます。
メリーゴーラウンドは電源が落ちているだけのように見え、一瞬では朽ちているように見えません。お馬さんや馬車も健在です。しかし、入り口のビニール屋根は破け、操作板は埃がかかり、もう二度と動かないのだなと察しました。そう思うと、疾駆するお馬さんの目が淀んでいるように感じてきます。そこまで朽ちていないのが幸いなのか、逆に営業中だったときの姿が生々しく映るのか、ちょっと複雑な気持ちになってきます。
天気は今にも雨が降りそうな曇天。3月頭の少し肌寒い気温です。どんよりとした空気は、遺構をより際立たせてくれそうな気がします。パキッとした晴れも清々しいのですが、重々しい曇天のほうがしっくり来るのです。それに、影のディティールがよく分かりますし。
歩みを進めると、左手は釣り堀となっており、釣り客が竿を垂らしています。石頭公園は庭園と釣り堀は営業しているため、廃遊園地の場所だけが異空間となっている様子です。そして右手へと振り向くと、水色の車体を纏った特急電車もどきのモノレールが“停車”していました。
遊園地の遊具には鉄道モノが欠かせません。石頭公園ではモノレールが存在したのです。「大空列車」と側面に描かれた3両編成は、細い高架モノレールにしっかりと車体を挟んだまま色褪せ、そして錆びています。列車は片運転台仕様で、一方通行運転だったと分かります。
車体のフォルムは、日本で言うところの「昭和30年代の新型特急電車の疾走感を意識したボンネットスタイル」で、正面3枚窓、ぼてっとしたボンネット部分、一つ目ライトが愛らしいです。日本でもこのようなスタイルの遊園地列車があったよなぁ。しばし見上げながら、台湾にいることを忘れそうな“あの頃”の郷愁に包まれていきました。
朽ちたブランコと観覧車そして廃自動車の謎
大空列車の先へと進みます。前方は現在でも稼働中のトイレ。自販機も通電しています。長く滞在していても、諸々我慢しなくて済みますね。
錆びたモノレール桁を潜ると……。埃を被ったゲーム機が無造作に置かれ、なぜか土を被った自動車が真っ二つになって転がり、遊具が突き刺さって、その先に電動ブランコと観覧車が朽ちていました。なんだ……なんなんだこれは。
「人だけが居ない」と、思わず呟いてしまいます。人間がいなくなった世界。ディストピアと言われる世界観がありますが、まさにそれを体現したかのような空間です。何かが原因で人間だけ消えた世界に残る、子供達の歓声がこだましていた空間。絵に描いたような廃遊園地の光景に、しばし絶句してしまいました。私という生身の人間がただ一人、誰もいなくなった世界へ取り残されている。
どこをどう撮ればいいのか。この空間に飲み込まれてしまいそうです。風でブランコが少し動いていて、さっきまで人が乗っていたような錯覚に囚われます。目線を移せば、小型の観覧車がゴンドラを吊るしたまま立っています。
廃遊園地といえば朽ちた観覧車を思い浮かべます。その光景が目の前に! 息を呑んでしまいました。萌えるとか、興奮するとか、そんな感覚が呼び起こされるのではなく、ただただ圧倒されたまま突っ立っていました。決して広い空間ではないのに。
気を取り直して撮影します。この空間の魅力をどう伝えようか、本当に悩みました。しかし気になるのは、土まみれの自動車が点在していることです。遊園地に自動車は邪魔です。これは公園オーナーの趣味なのか?
自動車の存在が“造られた廃墟”を演出しているようで、どうしても気になってしまいます。まるで映画のロケセットのような。実際、台湾ホラー映画のロケ地になったそうで、最近では日本のアニメ映画のシーンに似ていると、台湾のファンが聖地巡礼で訪れることもあり、ポートレート撮影などにも使われているとか。そのための演出だろうか。
先ほどの公園入り口看板には「撮影で訪れた人は200元払ってください」と記載されていたので、ここはロケ地としても有名なのでしょう。遺棄された遊園地が時間と共に“味”を出していき、人為的に置かれた廃車体が演出する。そういう施設になっているのかなと、他の場所を探索していると、男性に声をかけられました。
「ごめんなさい、遊園地は撮影禁止なのです」
あれ? 入り口の女性からは撮影OKと聞いているのだけど……。お互いにスマホの自動翻訳を頼りにコミュニケーション取ると、現在映画撮影中のため撮影禁止という意味でした。廃車体の自動車はそのロケセットとのことです。なるほど。
運が良いのか悪いのか、映画ロケ中に訪れちゃったようですね。映画公開は5月のため、それ以降は撮影してもOKとのこと。ネット配信のシューティング台湾映画だそうです。廃車体はそのままオブジェになるそうですが、実際にどうなるか、細かいことまでは分かりませんでした(決まっていないのかも)。
最後の最後で、廃遊園地は映画撮影中だと判明しましたが、この圧倒する空間は今後も変わらないと(希望的観測で)思います。日本からだとまずパスポートが必要なので、ふらっと訪れられるとは言い難いですが、台北から高鉄と在来線と自転車、あるいはタクシーで乗り継げば行けます。観光や食めぐりとセットで訪れるのも楽しいでしょう。
<廃遊園地点景>
取材・文・撮影=吉永陽一
吉永陽一
写真家・フォトグラファー
鉄道の空撮「空鉄(そらてつ)」を日々発表しているが、実は学生時代から廃墟や廃線跡などの「廃もの」を愛し、廃墟が最大級の人生の癒やしである。廃鉱の大判写真を寝床の傍らに飾り、廃墟で寝起きする疑似体験を20数年間行なっている。部屋に荷物が多すぎ、だんだんと部屋が廃墟になりつつあり、居心地が良い。