【中国神話】邪悪な四凶とは? ─皇帝に追放された伝説の怪物たち
四凶(しきょう)とは何か、ご存じだろうか。
古代中国において、極めて邪悪とされ、忌み嫌われた4体の怪物である。
彼らは悪行を尽くし、混乱を招いたが、やがて時の皇帝によって地の果てへと追放されたという。
今回は、この恐るべき四凶について詳しく見ていこう。
四凶とは
四凶は古代中国の、さまざまな文献でその存在を言及されているが、史料ごとに描写は異なる。
たとえば、紀元前4世紀頃に成立したとされる『春秋左氏伝』において、四凶は、4人の悪しき人間かのように書かれている。
また、前漢の時代(紀元前206~8年)の文人・東方朔(紀元前154~紀元前93年)が記したとされる『神異経』では、色々な動物の体を繋ぎ合わせたような、人外の怪物として描かれている。
四凶には檮杌(とうこつ)・饕餮(とうてつ)・窮奇(きゅうき)・渾沌(こんとん)の4体がおり、その全てが世に仇を成す、災厄のような存在として今日まで語り継がれてきた。
それでは、一体ずつ解説をしていこう。
檮杌(とうこつ)
『春秋左氏伝』によれば、檮杌(とうこつ)は、古代中国の帝王・顓頊(せんぎょく)の子孫とされている。
しかし恐ろしいまでに才能がなく、人として最低限の礼儀すら知らない、救いようのない愚物だったという。
性格も悪く、人の話を一切聞かない、傲慢で欲深い思考の持ち主であったとのことだ。
『神異経』における檮杌は、豚の口と牙、犬の体毛を持った、人面の虎の化け物として描かれており、今日ではこの怪物としての姿が良く知られている。
江戸時代の医師・寺島良安(1654~?年)によって編纂された百科事典『和漢三才図会』においても、檮杌は紹介されている。
それによると、檮杌は人食いの凶悪な獣であり、一度戦いを始めたら決して退くことなく、死ぬまで争い続ける異常な獰猛さを持っているとのことだ。
檮杌は別名を難訓(なんくん)といい、これは「何を教えても意味がない」という、檮杌の人の話の聞かなさを表しているとされる。
饕餮(とうてつ)
饕餮(とうてつ)は、超古代の偉大なる王・炎帝(えんてい)の子孫だとされている。
しかし無能な人物で、食い意地が張っており、金目のものに目がない、欲望の塊のような悪漢であったという。
おまけに民から過酷な取り立てを行い、孤児や貧乏人は見殺しにする、極めて薄情で利己的な存在だとされている。
明の時代(1368~1644年)の百科事典『三才図会』では、饕餮は鉤吾という山に生息する怪物であり、体は羊で顔は人間、虎の歯と人の爪を生やした、異形の存在として描かれている。
また、眼球は脇の下にあり、その鳴き声は、赤ん坊の声にそっくりだそうだ。
山の中で赤ん坊の泣き声が聞こえると、まともな人間なら心配になり、声のする方へ歩を進めるだろう。
そこへすかさず襲いかかり、人間を生きたまま貪り食うという。
そんな救いがたい怪物の饕餮であるが、意外にも中国では古来より魔除けとして信仰されている。
というのも、饕餮は強欲で何でも食べてしまうので、いつしか「魔をも喰らう」との解釈が生まれたのが理由だそうだ。
また、中国の古代遺跡からは、「饕餮文」と呼ばれる装飾が施された青銅器が発掘されることがある。この文様は、獣の顔をかたどった意匠であり、後世になって饕餮と結び付けられたものだ。
しかし、当時の人々がこれを実際に饕餮として認識していたかどうかを示す確たる証拠はなく、中国考古学者の林巳奈夫氏は「獣面紋」と呼ぶべきだとしている。
窮奇(きゅうき)
窮奇(きゅうき)は、帝王・少昊(しょうこう)の子孫であり、これまた無能とされている。
主君に対する忠義心は一切なく、約束を破り、嘘と悪口が大好きで、邪悪な人間を重視し、真っ当な人間を陥れる、
『春秋左氏伝』では「すこぶる下劣な外道である」と、説かれている。
中国最古の地理学の本『山海経』において、窮奇は牛のような姿をした獣として描かれている。
その体毛はハリネズミのようであり、犬のような声を上げ人間を喰らう、恐ろしい化け物とのことだ。
一方、『神異経』などの文献では、翼の生えた虎の姿で描かれている。
人の言葉を理解しており、争う者たちがいれば正しい方を食い殺し、誠実な人がいればその鼻を食べるとされる。
しかし悪人には、その辺の獣を狩ってプレゼントするという、まさに「悪の味方」のような怪物として伝えられている。
渾沌(こんとん)
渾沌(こんとん)とは、カオスを意味する言葉であり、ありとあらゆるものが無秩序に混ざり合っている様子を指す。
四凶の渾沌もその名の通り、カオスな妖怪として語り継がれている。
『春秋左氏伝』では「渾敦」の名で解説されている。
渾敦は神話上の偉大なる王・黄帝(こうてい)の無能な子孫であり、悪意のみで生きる醜い性分の持ち主だったという。
友達は当然いなかったが、同じような邪悪な人間とばかりつるんでいたため、人々から疎まれていたそうだ。
『神異経』での渾沌は、犬の姿をした怪物として描写されている。
その足は熊に似ているが爪がなく、視覚も聴覚も有していないという。
自分の尻尾を咥えてグルグル回り、空を見ては笑うという奇行を繰り返しており、全てがちぐはぐな、まさにカオスを体現したような存在とされている。
追放後…
こんな悪党たちが許されるはずもなく、最終的に四凶は中原(黄河流域の平原)から追放され、それぞれ四方へと流された。
しかし、そのまま滅びることはなく、追放先で異民族や外来の妖怪の侵入を防ぐ守護神のような存在になった。
まさに「毒を以て毒を制す」という結果となったのである。
参考 : 『春秋左氏伝』『神異経』他
文 / 草の実堂編集部