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雪国 過去と現在と未来を一気に見せた、通過点にして転換点のツアーファイナル『架空の君へ』レポート

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雪国

“Back to Lemuria”tour 2025 Final “架空の君へ”
2025.4.18 新代田FEVER

4月18日、東京・新代田FEVERで雪国を観た。2003年生まれ、2023年結成、東京発の三人組。昨年6月リリースの1stアルバム『pothos』、今年1月リリースの1stEP『Lemuria』の2作が、早耳音楽ファンの心をとらえ、インディー/オルタナ界隈の音楽メディアからも絶賛を浴びた。どんなバンドなのか、体感するのは今だと思う人は多いだろう。全国4公演の『“Back to Lemuria”tour 2025』のファイナル、『架空の君へ』と題した東京単独公演は、ソールドアウトのオーディエンスでぎっしり埋まった。

張り詰めた緊張感とは少し違う、期待と共感と畏れにも似た静けさ。午後7時半、淡々と準備を整えたバンドが最初の一音を放つ。1曲目は「本当の静寂」。美しいコーラスワーク、端正なアルペジオを刻むエレクトリックギター、マレットを使ったドラムの響きが重なり合い、寄せては返す波音のように遠くまで広がる。音で描く風景画のような、遥かな抒情を感じるスローナンバー。メンバーは京英一(Vo&Gt)、大澤優貴(Ba)、木幡徹己(Dr)の3人に、シンセサイザーとコーラスのrilium、ギター・のざきなつきを加えた5人編成だ。

ややテンポを上げ、「あけぼの」から「ポトス」へ、ギターポップと表現してもいいほどに軽やかでリズミックな曲に続き、ラウドな感触を強めた「二つの朝」から「東京」へ。序盤はじっと立ちすくんで聴いていたオーディエンスの体が揺れ始めた。ほぼ同じ速度のスロー/ミドルテンポの曲が多いが、ほんの少しのビートの揺れ、エフェクトの付け方、メロディの濃淡で楽曲の色が紫陽花の花のように変わる。聴き続けていると、同じ曲を繰り返しながら変奏曲になったり、組曲になったりするように感じる。音の感触はまるで違うが、ダンスミュージックのループの快感に近いような気さえする。

京のボーカルは決して歌い上げず、ウィスパーを多用する淡々としたスタイルだが、バンドがどんなに激しい音を出しても歌詞は聴き取れる。「東京」を始め、続けて歌った「ステラ」「夕立」などで描かれる悲しみや孤独、儚さや愛しさの表現、そして「消失点」や「樹海」で描かれる破滅のイメージや、深層心理をえぐりだすような激しい描写は、ライブでこそ耳に残る。「樹海」は、ミニマムな音像が徐々にリズミックにs展開し、最後はラウドに爆発して強烈なバックライトの光が包み込む。ドラマチックな構成だ。

「今日はお集りいただきありがとうございます。周りの方を気遣いながら、自由に楽しんでいってください」(京)

最初のMCは、あくまで簡潔に。すぐに演奏に戻り、京のエモーショナルなリードギターが聴けた「真夜中」から静寂と爆音が交錯する「素直な君は」、わずか7行の抒情詩「火に行く彼女」とワルツの調べに乗せた「帰り道」、リズム隊の力強さと京の語りが印象的な「海を忘れて」へ、中盤はより色彩豊かな楽曲が続く。親密で肉感的な、恋愛のイメージが多いのもこのセクションの特徴だ。圧巻は8分以上に及ぶ大曲「ゲルニカ」で、ミニマルなギターリフ、変則的な五拍子、京が一人で歌うパート、爆音シューゲイズなど様々な要素をぶち込み、ラストシーンではこの日唯一の、京の叫ぶような激しい歌も聴けた。死のイメージの中でさえ美しさを感じさせる、歌詞の凄みがひしひしと伝わってくるのも、ライブでこそ。

オーディエンスに応える、あるいは求める、そんな気配は全くなく音だけがステージの上と下を繋ぐ。スモークマシンが吐き出す薄い靄が、薄暗い照明と共に幻想的な空間を作りだす。穏やかな「Brue Train」から、シンセサイザーが存在感を見せる「時間」、そして「レムリア」へ、なんとなく、深い闇を抜けたような明るさを感じる曲が増えてきた気がする。「金星」の演奏を終えると、残すはあと1曲。

「全国を回ってきて、僕らも成長したし、こんなにたくさん聴いてくれている人がいることを実感して、本当に幸せに思います」(京)

はにかんだ一人語りに贈られるあたたかい拍手。ゆるやかな三拍子に乗せた「架空の君へ」は、歌詞はどことなく京の自伝的要素を感じさせるが、楽曲の持つイメージは未来を向いている気がする。ドラムと対話するように没頭する木幡、表情を全く変えずに太い低音とコーラスで楽曲を支える大澤、そしてささやくようにつぶやくように、哀しくも美しい風景と心象を綴る詩を歌う京。バンドの世界観は確立済みだ。

「今日のセトリは、1stアルバム『pothos』と1stEP『Lemuria』の再現ライブでした。気づきましたよね?」

アンコール。今日初めて京が笑顔を見せる。大澤も、自らデザインしたライブTシャツを自慢げにアピール。フロアに笑いが広がり、空気が和らぐ。その中で披露した新曲「星になる話」は、ドリーミーな旋律と伸びやかなファルセットで綴る、穏やかな優しさを身にまとう1曲。こんな曲でも力強い躍動感を忘れない、木幡のドラムがとてもいい。春から初夏へ、ゆっくりと変わってゆく季節に良く似合う1曲。そして最後にもう1曲、一人でステージに残った京が、エレクトリックギターを爪弾きながら「ほしのおと」を歌う。ツアーの完走と東京単独公演の成功を祝い、今夜の穏やかな眠りを約束するような、心落ち着くクロージングナンバー。

1stアルバム『pothos』と1stEP『Lemuria』の全曲を曲順通りに、さらに新曲も加えて、雪国の過去と現在と未来を一気に見せたこの日のライブは、おそらくバンドにとっての大事な通過点にして転換点。さらに大きな場所を目指すのか、より強い共感を求めていくのか、音楽的な深みを探求するのか、興味は尽きない。3人の前には足跡のない雪原のように、真っ白な未来がいくつも広がっている。

取材・文=宮本英夫 撮影=Yuto Odagiri

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