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第8回【東宝映画スタア☆パレード】原 節子 名匠・巨匠から愛された〝永遠の聖処女〟は、恋多き女?

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第8回【東宝映画スタア☆パレード】原 節子 名匠・巨匠から愛された〝永遠の聖処女〟は、恋多き女?

今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。

 1935年、日活多摩川撮影所で女優としてのキャリアをスタートさせた原節子。55年生まれの筆者は、当然ながらその初期作品をリアルタイムでは見ていない。それでも実家が東宝映画封切館の株主を務めていた関係で、『日本誕生』(59)から62年の映画界からのフェードアウトまでの三年間、‶伝説の女優〟となる前の原節子のご尊顔をスクリーンで拝めたのは誠に幸運なことであった(※1)。

▲「東宝」56年4月号及び57年1月号の表紙を飾った原節子(寺島映画資料文庫所蔵)

 『日本誕生』では天照大神に扮し、まさに太陽のごとき神々しさ(本人は「口をつぐんでツンとしているだけ」の「つまらない」役と言うが)で筆者の眼を銀幕に釘付けにし、同じく稲垣浩監督によるオールスター時代劇『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(62)では大石りくを演じ、役どころと同じように映画界から静かに去って行った原節子。

 正式に引退宣言をしなかったのは、マスコミから散々「色気のない大根女優」と揶揄されたことへの意趣返しだったのか、それとも「会心作がない」と常々語っていたとおり、元から女優業に執着がなかったからなのか……(※2)。

▲『日本誕生』の原節子。3年後には天の岩戸に隠れるがごとく映画界から姿を消す イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉

 
 日本映画史上、「最もスターらしい女優」と言われた原節子。その理由には、なんと言っても日本映画の巨匠・名匠と呼ばれる監督作品への出演機会の多さが挙げられよう。
 実際、原が出演した作品の監督には、山中貞雄、内田吐夢、伊丹万作、山本薩夫、豊田四郎、山本嘉次郎、島津保次郎、衣笠貞之助、今井正、マキノ雅弘、成瀬巳喜男、黒澤明、吉村公三郎、木下惠介、千葉泰樹、稲垣浩、そして小津安二郎と、錚々たる顔ぶれが揃う。
 他にも、戦前だと義兄の熊谷久虎のほか、阿部豊、渡辺邦男、石田民三に伏水修。戦後では久松静児、谷口千吉、川島雄三に堀川弘通と、日本映画の歴史にその名を刻む監督ばかり。組んでいないのは溝口健二、伊藤大輔に市川崑くらいで、原節子はまさに〝名匠・巨匠たちから愛されたスター〟だったことになる。

 戦前の〝純粋無垢な娘役〟時代、戦中の〝戦う者にとっての女神〟時代、戦後すぐの〝過去に決別して新しい時代に立ち向かう闘士(併せて没落貴族の令嬢)〟時代、そして〝くたびれた人妻や屈折した女性を演じた熟年〟時代を通じて原は、一貫してスターとしての立ち位置で映画に出演し続けた。
 すなわち原は、女の生き方というものを様々な時代を通じて演じることが許された、実に〈贅沢な女優〉であり、これこそが彼女の女優としてのステータスだったのだ。

 山中貞雄の『河内山宗俊』(36)や、伊丹万作とアーノルド・ファンクの共作となった『新しき土』(37)あたりで確立されたイメージもあって、2015年に九十五歳で没するまで〝永遠の聖処女〟と呼ばれ、神秘的存在であり続けた原。もちろんこれは、四十二歳の女ざかりに銀幕から忽然と姿を消し、その後も生涯独身を貫いたことが大きい。

 
 しかし、噂された男性は、かの小津安二郎を始め何人か存在した。筆者が知る限りでも、東宝の助監督兼脚本家・清島長利、『上海陸戦隊』の脚本家・沢村勉、果敢にも原にプロポーズした日活の助監督H、『安城家の舞踏会』で仕事を共にした吉村公三郎監督、体調不良で苦しんだ折に結婚を報じられた担当医師、そして白づくめのコスチュームで知られる奇人・古澤憲吾監督に、東宝プロデューサーで小津と同様、生涯独身を貫いた藤本真澄。さらには『新しき土』公開時のドイツ行に付き添い、思想面でも共通性があり、引退後も鎌倉城明寺で長く同居を続けた熊谷久虎等々、多数に上る。

 これでは〝永遠の処女〟どころか、まるで〝恋多き女〟ではないか。ちなみに、清島との関係を断たせたのは熊谷であり、「(義妹の原と)一線を越えた」からこその横槍だったという向きもある。
 結婚を、女優として活躍している期間だけ避けていたのではなく、〈生涯を通じて拒絶した〉ということが、いかなる心情からきたものかは分からない。しかし、原がビール好きで、殊の外気さくな性格であったことは、心を許した友人の中尾さかゑ(結髪)などがよく語っている(※3)。

 撮影所では個室があるのに、ほとんど結髪部屋で過ごしたという原。砧にあった中尾の家に度々遊びに訪れたことも有名だが、好きな麻雀を楽しむため、仲間を呼んだのは東京都北多摩郡狛江村岩戸(現狛江市)の自宅だった。新東宝への移籍後、48年初春(47年9月説あり)に四十三万円で購入したこの家は、小田急線喜多見駅から十分ほどのところにあり、熊谷久虎はここにも同居している(※4)。

 余程方角が良かったのか、翌49年は藤本真澄製作・今井正監督『青い山脈』のほか、木下惠介の『お嬢さん乾杯』、小津の『晩春』に連続出演。毎日映画コンクール主演女優賞を得るなど、原にとってはピークの年となる(※5)。

▲『青い山脈』劇場パンフレット(寺島映画資料文庫所蔵)

 一時、祖師谷の円谷英二邸に下宿していた原節子。狛江に家を持つ前には、成城のBさんというお宅に住んでいたこともあると聞く。驚くべきは、その家から原とクレージー映画の監督・古澤憲吾が親密そうに出てくる姿を見た人がいることだ。

 目撃者は〝社長〟シリーズの松林宗恵監督。そして松林〝和尚〟は、こうも言ったという。「二人は男女の関係があるように見えた」と……。
 僧籍を持つ松林監督が、いい加減なホラ話などするはずはない。それに古澤は自分の作品の助監督に就いた男であり、見間違いとも思えない。加えて古澤と原は思想信条も共通する。この目撃情報(※6)は、成城住まいだった某監督のご親族が松林監督から直接聞いたものであり、二人の関係はともかく、信憑性は極めて高い。

 これに関しては、当の古澤憲吾が永倉万治の書で「迷惑がかかるから言えませんけど、ある女優から思いを打ち明けられたこともありますよ」と語っているほか、「古澤は原節子にご執心でした」との田中寿一証言もある。クレージー映画ファンなら、古澤自ら「原節子は俺に惚れていた」と吹聴していた話も聞いたことがあるだろう。

 結局、(やはり原にご執心だった)藤本真澄の説得を受けた古澤は身を引き、東宝映画に出演しなくなった原に長期間〈年金〉を払い続けた藤本も、義兄・熊谷久虎との仲を疑り、原への思いを断ったという。
 事実ならなんとも切ない話だが、永遠の聖処女を巡るこれらの〝恋バナ〟も、今や永遠の謎となってしまったようだ。

※1 原節子は51年に東宝と再契約(年間三本以上)。東宝カレンダーでは52年から62年まで1月に起用された。
※2 原は演じたかった役として、滝口入道の思い人・横笛と細川ガラシャ夫人を挙げている(「東宝映画」61年10月号)。
※3 ただし、高峰秀子が抱く原の印象は「不愛想な人」。戦後の二人の共演作は『娘・妻・母』(60)しかない。
※4 六百坪あった土地は94年に売却され、原は高額納税者番付にランクアップ。原邸跡は今や、電力中央研究所の職員住宅となっている。
※5 もうひとつのピークは、『白痴』『麦秋』『めし』でいくつかの女優賞を得た51年か。原はこの年、『近代映画』の「スタア人気投票」で高峰三枝子、高峰秀子を抑えて堂々の第1位。
※6 松林監督のご子息Tさんに確認すると、この話は父から聞いたことがないという。

高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。

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