「通常学級に行きたい」発達障害の小5息子。特別支援学級からの転籍に、親としては不安も…
監修:新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
「やってみたい」といった日
小5の長男ハジュは、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)です。
ある日、ハジュがニコニコしながら「6年生からは、人数がいっぱいのクラスに行きたい」と話しました。つまり「特別支援学級を卒業して通常学級に転籍したい」ということです。
特別支援学級に通っているハジュは、人混みや大きな音が苦手です。朝も、起立性調節障害の影響もあって起きられないことがあり、生活リズムが不安定なときもあります。学校に行けても、集団の中で気を張って過ごすことが多く、疲れやすさがあります。だからこそ、その一言には少し驚きました。
でも、自信たっぷりの笑顔で、ただの思いつきではなさそうでした。去年、仲良しだった1学年上の子が通常学級に移籍したことがきっかけのようで「ぼくも頑張ってみたいな」と思っていたそうです。本人なりに、少しずつ自分の中で気持ちを固めていたようでした。
親の目に映る「不安な未来」
やってみたいという気持ちはすごいし、応援したい。でも親としては、正直不安が先に立ってしまいます。
ハジュはとても優しい性格なので、ちょっとした言葉に深く傷ついてしまったり、全体指示がうまく理解できず混乱してしまったりすることもあります。今は特別支援学級で先生たちが丁寧にサポートしてくださっており、安心できる環境が整っています。それが通常学級になれば、子どもの人数が増えてサポートの手がどうしても届きにくくなる場面もきっと出てくるはずです。
さらに、学力面での不安もあります。算数は大好きで、中学生レベルの問題にもチャレンジしているほど得意です。でも、それ以外の教科では、学年相当の内容にはまだ追いついていない部分もあります。通常学級のスピードについていけるのか、宿題やテスト、日々の授業……。考え出すと、やっぱり心配になってしまいます。
それでも前向きな本人
それでも、ハジュの中には前向きな気持ちがあるようでした。「中学校に行く前に慣れておきたい」「たくさんの友だちと一緒のクラスで過ごしてみたい」そんなふうに、自分の言葉で語ってくれました。
たしかに、中学からいきなり通常学級に進むより、小学校のうちに段階を踏んでおく方が本人にとっても現実的かもしれません。今の学校なら、特別支援学級の先生たちもいるし困ったときにすぐ戻れる環境がある。そう考えると、「6年生での転籍」は一つの良いタイミングなのかもしれないと思えてきました。
私もハジュの前では、ちゃんと応援しています。「いいね!」「やってみようか」と、背中を押すような言葉をかけています。でも正直なところ、心の奥ではずっと揺れているのです。
進路の選択肢と現実のこと
もう一つ、現実的な問題として考えているのが「進路」のことです。ハジュには、まだ漠然としているけれど将来の夢があり、それを叶えるためには大学に進学する必要があるかもしれません。ですが、中学校の特別支援学級に在籍するとカリキュラムによっては全日制の高校への進学が難しくなる場合があることや、特別支援学校の高等部に進学し自立活動などのカリキュラムが多かった場合など大学の受験資格に必要な単位を履修できていなければ受験ができないかもしれないという点も不安に感じています。
揺れる気持ちのままで、でも進む
私自身、まだ答えを出せずにいます……。今のままの方が安心なのでは?無理をして自信をなくすことにならないか?そんなふうに、頭の中で何度もぐるぐる考えてしまいます。でも、ハジュが「やってみたい」と言ったときの顔は、今も鮮明に覚えています。迷いながらでも、私はその気持ちにちゃんと向き合いたいと思っています。親としての心配と、本人の気持ち。その間で揺れながら、今できるのは一緒に悩みながら歩いていくことだけなのかもしれません。
6年生になるころには、私の気持ちも少し整って、今よりもう少し自信を持って「行っておいで」と言えるようになっていたいなと思っています。
執筆/スパ山
(監修:新美先生より)
お子さんの「やってみたい」という言葉を、揺れる気持ちを抱えながらも尊重されている姿勢がとっても素敵だと思います。本人発信の挑戦は、最大限に支えていきたいですよね。
とはいえ、ご本人には見えていない心配もあるかもしれません。特に高学年~中学生は、友だち同士の付き合いが密になり、中学生ではさらに担任が関与できる機会が非常に少なくなる分、余計な苦労や負担が増える可能性はあるものです。そういうことを考えると、スパ山さんもおっしゃっているように、中学に入る前の小学生のうちに通常学級を経験して、状況によっては特別支援学級と通常学級を併用して試行錯誤をするというのもいいかもしれません。両方やってみて、本当に本人にとってどちらがいいのかを経験するのは大切ですよね。
また、進路についても触れられていました。特別支援学級のカリキュラムや評価方法は地域差があるようなので、早めに学校や教育委員会としっかり確認しておくといいですね。実は私が仕事をしている県では、自閉症・情緒障害特別支援学級でしっかり授業を受けて、通常学級と同じテストを受けていれば、評価がつかないことはなく、高校受験でのデメリットは原則ないようです。地域によって評価のつけ方にも違いがあったり、高校進学を希望する際に影響がある場合もあったりすると聞いたこともあります。地域差が大きいので、お住まいの地域に詳しい学校の先生や、教育委員会などに納得できるまで問いあわせて確認されるとよいと思います。
親として迷う気持ちは当然のことです。お子さんと一緒に「どうすれば挑戦を、安心につなげられるか」を考え続ける、そのプロセス自体が、お子さんの大きな力になるはずです。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。