デートDVで起きる「4つのF」トラウマ直後の反応と二次被害 精神保健師・鴻巣麻里香さんインタビュー
デートDVの被害から「心を守る」知識を精神保健師・スクールソーシャルワーカーの鴻巣麻里香さんが解説。「自分と他人を区別する心の境界線」であるバウンダリーをキーワードに、10代の若者や子育て中の大人に向けて伺いました。
【写真】精神保健師・スクールソーシャルワーカーの鴻巣麻里香さんあなたは、親密な関係の人といっしょににいるとき、嫌なのにNOと言えなくてモヤモヤしたり、傷ついたり、相手を怖いと感じたことはありますか?
それは、「バウンダリー」が侵害されている状況かもしれません。
「わたしはわたし、あなたはあなた」
このように、「自分と他人を区別する心の境界線」のことを、心理学や精神医療の分野ではバウンダリーといいます。バウンダリー(境界線)は、家族や恋人など、ごく親しい関係の間にも存在しています。
「デートDV・性的不同意」など、親密な関係で起きるバウンダリー侵害について、精神保健福祉士・スクールソーシャルワーカーの鴻巣麻里香(こうのす・まりか)さんに教えていただきました。
【この記事は「心を守るバウンダリー」について伺った第1回、「SNSとバウンダリー」について伺った第2回に続く、〔親子で考える「バウンダリー」〕連載の最終回です】
体の暴力だけがDVではない
デートDVには、殴る・蹴るといった身体的暴力だけではなく、心を傷つけることをする・言うといった精神的な暴力も含まれています。
内閣府の調査(※)によると、「18歳以上で交際経験」がある人のうち、女性の22.7%、男性の12.0%が、“身体的暴行”“心理的攻撃”“経済的圧迫”“性的強要”のいずれかの被害を受けたことがある、と回答しています。デートDVの被害は、決して珍しいことではないのです。
(※内閣府 令和5年度「男女間における暴力に関する調査」)
実際に、どんなシチュエーションで起こるのでしょうか。
高校生のCさんのケースを見てみましょう。
Cさんは彼氏のD君と付き合いはじめて3ヶ月。しかし今、とても気まずい状況です……。
1ヶ月前のこと。D君に「家で一緒に夏休みの宿題をしよう」と誘われました。
D君が「親は留守だから」と少し恥ずかしそうに言ったとき、Cさんは「あ、そういうことになるのかな」と、性的な関係の進展を予感しました。
ところが当日Cさんは、思ってもみない気持ちを抱くことになってしまいます。
D君の部屋で宿題をしていると、徐々にそういう雰囲気になって、彼が覆いかぶさってきました。しかしCさんは急に、D君が全然知らない男の人のように思えて恐怖を感じました。
「D君。ちょっと今は無理。怖い」と覆い被さるD君の肩をはがしながら、Cさんはしぼり出すように断ります。
しかしD君は、「大丈夫だよ。だって好きな人同士のことでしょう。Cさんは俺のことが好きなんだよね?」と返しました。
結局、Cさんが「怖い、やめたい」と訴えても、D君は「恋人同士だから大丈夫」と押し切ってしまい、気づいたときには事に及んでいました。その後、Cさんは心のもやもやが消えず、D君をなんとなく避け続けていましたが、夏休み後に別れを切り出しました。
「D君のことが好きだよ。でも私はあの時、怖かった。自分の気持ちを否定されたように感じたの」
と、悩みに悩んで伝えたCさん。しかしD君は、
「俺のこと好きなんだよね? 俺もCさんのこと好きだよ。好き同士ならセックスしたいって思うのは当たり前だし、自分が否定されたなんて感じるのはおかしいよ」
と言いました。Cさんはどう答えるべきかわからず、ますます悩むことになりました。
「4つのF」トラウマ直後の反応と二次被害
CさんとD君のケースは、付き合い始めの関係で起きがちなシチュエーション。しかし、実はこれも立派な「デートDV」なのです。
Cさんは、なぜキッパリ断れなかったのでしょうか? D君の行動が、なぜデートDVに当たるのでしょうか?
鴻巣さんは、「例えば食事の約束や遊ぶ約束だったら『NO』と言った人が責められることはありません。なのに、なぜか性的なスキンシップになると『NO』と言った側が責められることが、しばしば見られます。しかし一度『NO』と言ったなら、その気持ちは尊重されるべきものです」と説明します。
「NO」の気持ちが尊重されない状況は、バウンダリーの侵害に当たることを、この連載の第1回でも詳しく説明しました。つまり、Cさんの「NO(怖い、やめたい)」という気持ちを尊重せず、行為に及んでしまったD君の行動はバウンダリーの侵害であり、デートDVにあたる状況だったと言えるでしょう。
人は、性被害やDVなどに「NO」と言えない・逃げられない環境に置かれたとき、トラウマ(心的外傷)体験によって引き起こされる4つの反応があります。
「トラウマ、つまり心に傷を負うような体験に直面したときに起きる反応があります。Fight(ファイト)、Flight(フライト)、Freeze(フリーズ)、Friend(フレンド)の4つです。これらの頭文字をとって『4つのF(※)』と呼ばれています」と鴻巣さんは教えてくれました。
(編集部注:Fight(ファイト)、Flight(フライト)、Freeze(フリーズ)で「3つのF」とする説や、最後のFriend(フレンド)をFlatter(フラッター〔媚びる〕)とする説もある)
▲トラウマを負うような体験によって引き起こされる反応「4つのF」について解説する鴻巣さん
「Fight(ファイト)は、闘うこと。強い恐怖や命の危険を感じたとき、とっさに反撃しようとする反応です。しかし、闘っても敵わないような相手だったら? もしくは自分が闘えるような状況になかったら?」「なんらかの理由でFight(ファイト)できない・しないときに起こるのが、Flight(フライト)です。Flight(フライト)=飛ぶ、つまり、逃げることですね。ところが、逃げる場所がない、逃げる方法を知らない場合は、Flight(フライト)することをあきらめてしまいます」
「Fight(ファイト)もFlight(フライト)もできない状況だと、Freeze(フリーズ)してしまうことがあります。Freeze(フリーズ)は凍る、つまり闘うことも逃げることもできず、心と体が凍りついてしまう状態のことです。その場から逃げられないため、感じることをやめ、心身を切り離すうちに感情が麻痺していきます」
「別の反応を起こしてしまう場合もあります。それが Friend(フレンド)です。 Friend(フレンド)とは友好、つまり相手に迎合すること。被害を少しでも減らすため、相手が望むような態度をとってしまう反応です。自分は望んでいなくても、そのような行動をとってしまうことがあるのです」
このトラウマ的な体験に直面して起きる「4つのF」は、いずれも本能的な反応で、自分が望むと望まざるとに関わらず起きてしまうことがあります。
ですから「NOと言えない状況」「NOが否定される状況」に置かれたとき、Fight(ファイト)もFlight(フライト)もできず、Freeze(フリーズ)やFriend(フレンド)の反応を示してしまったとしても、決して責められることではないのです。
しかし、Freeze(フリーズ)やFriend(フレンド)の反応によって「被害を受けたというけど、そんなことないじゃない。噓をついているの?」と相手や周囲に誤解されてしまうケースもあります。
このような二次被害を防ぐためにも、バウンダリー尊重の大切さと、トラウマ的な体験によって起こる「4つのF」の知識を、自分も周りも知っておくことが大切です。
周囲が受け止めて、一つひとつ解決していく
もしこのような状況が、自分の子どもに起きていたら──親はどうするべきでしょうか。
「なぜあなたは抵抗できなかったの? と子どもに問うたり、責めたりせず、まずは『自分を守るための行動だったんだね』と受け止めてあげましょう」と鴻巣さんは説明します。
「被害に遭った子どもに対し、親が責めたり、問い詰めたりすることは、二次被害を生んでしまいます。また、親子間だけで解決しようとせず、性被害に関する相談窓口など、公的な機関を活用することも大切です」
デートDVや性被害は、深刻なバウンダリーの侵害です。「バウンダリーの侵害が進むと、被害のループから抜け出すことが難しくなっていく」そう鴻巣さんは説明します。
「デートDVや性被害を受けたことを誰にも相談できず、複数回・長期間にわたってバウンダリー侵害を受け続けている環境はとても危険です。なぜなら『あなたには被害のループから抜け出す力がないんだよ』と、徹底的に刷り込まれてしまっている状況だからです」
「そのような環境にある人が、やっと相談窓口に辿り着けたとしても、それだけで精一杯になってしまうこともあります。心身が消耗していて、相談の次のステップ、たとえば『解決策を立てて実行する』『加害者から逃げる』など、『自分を助けるための行動』をする力が、残っていない状態だからです」
「私はまず、相談に来てくれた人には、『今日ここに来て、こうやって話してくれた。まずは力を振り絞ってくれてありがとう』と受け止め、安心してもらうようにしています。まずは信頼してもらい、心を回復させて、行動するエネルギーを徐々に蓄えてもらう。難しいですけど、地道に一つひとつ相談者の悩みを聞いて、解決していくしか無いのです」
「ですから、心身が消耗し切ってしまう前に、まずは、頼れる人に相談してほしい。そして、正しい知識を身につけ、自分を守ってほしいですね」
自分がデートDVを受けていると気づくこと・受け入れことが難しいケースもあります。できるだけ客観的にチェックすること、客観的にチェックしてもらうことが大切です。
デートDVチェッカーという指標も存在しています。くわしくは10代向け性教育WEBメディア『セイシル』に掲載されていますのでぜひ参考にしてみてください。
▲セイシル デートDVチェッカー/相談窓口一覧(表裏)
セイシルの「デートDVチェッカー」は、フランスのパリ市が開発した「暴力チェックメーター」をもとに、パリ市の監修をうけて日本語に訳し、親しみやすいキャラクターイラストをあしらったものです。
───────────────────
「バウンダリー」について鴻巣麻里香さんに伺う連載は全3回。「心を守るバウンダリーの重要性」について伺った第1回、「インターネット・SNSやスマホとバウンダリーの関係」について伺った第2回に続き、今回の連載最後となる第3回では、性的同意の重要性、デートDVなど、深刻なバウンダリー侵害の問題について解説いただきました。
撮影/安田光優