世界のアートシーンを牽引するメガギャラリー「ペース ギャラリー」が東京に初進出
多くのアートファンにとって、作品とは美術館で鑑賞するものであり、美術品や作家の価値付けは学芸員や研究者、批評家によってなされるものと長らく信じられてきた。特に有名作家の場合、ほとんどの鑑賞者にとって手の届かない価格で売買されることもあり、作品の評価に関わることは非常に難しい。そういった背景から、アートマーケットにおいてますます影響力を強くしているのが、コレクターと直接やり取りをするギャラリストたちの存在だ。
長大な顧客リストの中に、資本力のあるアートコレクターをどれだけ有しているかは、ギャラリーが持つ力そのものと言っても過言ではないだろう。とりわけ「メガギャラリー」と慣例的に呼び習わされる少数のギャラリーが国際的なアートシーンに及ぼす影響は、今やキュレーターや批評家にも匹敵する、あるいはそれ以上のものとして無視できない状況になっている。
メガギャラリーの筆頭として、真っ先に挙げられるのがラリー・ガゴシアン(Larry Gagosian)率いる「ガゴシアンギャラリー」であることに異論を挟む余地はないだろう。ニューヨークをはじめ、ロンドンやパリ、香港など世界の主要都市にいくつもブランチを持つ、押しも押されもせぬマーケットの第一人者だ。日本のアーティストでは、草間彌生や村上隆、石田徹也などの取り扱いがある。
欧米発の現代アートギャラリーが、香港やソウル、シンガポールなどアジアの各都市に進出する例は珍しくなくなってきているものの、東京に拠点を持つメガギャラリーはそう多くない。2014年に神宮前にオープンした「ブラム(BLUM)」(当時の名は「ブラム&ポー」)と、2017年にオープンした六本木の「ペロタン東京」の、わずか2軒に限られていた。だからこそ、2023年11月に開業した「麻布台ヒルズ」に「ペース ギャラリー(Pace Gallery)」が入居するというニュースは、日本のアート業界から強い関心を集めた。
1960年にアーニー・グリムシャー(Arne Glimcher)がボストンに設立したペース ギャラリーだが、現在はニューヨークに2軒のほか、ロサンゼルス、ロンドン、ジュネーブ、ソウル、香港に拠点を構えており、東京のスペースは世界で8つ目のギャラリーとなる。ペース ギャラリーと関係の深いマーク・ロスコ(Mark Rothko)ら巨匠のほか、ジェームズ・タレル(James Turrell)や李禹煥(リ・ウファン)、名和晃平などの作品を扱う、国際的にも強い存在感を示すメガギャラリーだ。
2024年9月に予定しているグランドオープンに先立ち、7月6日(土)から「特別プレビュー展」という形でいよいよペース ギャラリーの姿が一般に広く披露される。内装デザインを手がけているのは、国内外で高い評価を得ている藤本壮介。藤本が建築全体ではなく、商業施設内にあるスペースを担当するのは珍しく、全くもって豪華なキャスティングと言えるだろう。
総面積510平方メートルの3フロアからなるスペースは1階部分のみが独立しており、2階と3階は展示空間に設けられた階段でつながっている。藤本らしい透明感や浮遊感を感じさせる階段は魅力的だが、3階部分はサロンとして使用されるため、残念ながら普段は一般に公開されないという。空間を十全に味わうには、資金をたっぷり蓄えてアートコレクターの仲間入りをするしかなさそうだ。
とはいえ、ペース ギャラリー最高経営席帰任者(CEO)のマーク・グリムシャー(Marc Glimcher)自身が「手に入れることはできなくとも、無料でアート作品を観ることのできる唯一の場」としてギャラリーの重要性を訴えている通り、世界のトップギャラリーが取り扱う作品を、誰でも無料で観られる場所がまた一つ東京に増えたことは単純に喜ばしい。「世界がその作品を待っている、それをお見せするお手伝いをしたい」ともグリムシャーは語っている。
壁と壁が交わる入隅や出隅に緩やかなアールが付けられた壁面で構成されるギャラリー空間について、壁面が連綿と続いていくことで静謐(せいひつ)さを演出したと藤本は明かす。また、「空間自体はシンプルでクリーン、そこにアートピースが入ることでエネルギッシュなものになる」ことを目指したと説明した上で、「日本のアートシーンに対するマークさんの思いがここから広がっていく」ことを約束した。
特別プレビュー展では、展示作品の入れ替えもしながら、同ギャラリーが扱うさまざまなアーティストの作品を紹介している。9月のグランドオープンでの個展が予定されているメイシャ・モハメディ(Maysha Mohamedi)の作品も、先んじて観ることができるだろう。世界のアートシーンの最先端をのぞきに訪れてみては。