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これはイヤミスかホラーか『春にして君を離れ』にハマった人に贈るアガサ・クリスティー作品3選(ネタバレなし)

ロケットニュース24

“ミステリの女王” と呼ばれ、名探偵エルキュール・ポアロやミス・マープルを生み出した作家アガサ・クリスティー。探偵モノとは一線を画すが、定期的に話題になる作品が『春にして君を離れ』だ。

初版は1944年。80年以上前の作品にもかかわらず、「怖い」「身につまされる」「ひたすら不愉快」など、令和の今となっても読んだ人の心をかき乱す。

毒親、墓守娘、ストーカー、マニピュレーター……アガサ・クリスティーの描く人間模様は驚くほど現代的で、まったく古くささを感じさせない。『春にして……』が好きならきっと楽しめる、“人間の怖さ” が感じられるアガサ作品をピックアップ!

・『春にして君を離れ』

『春にして君を離れ』は、立派に成人した子どもたちと優しい夫をもつ中年女性の物語だ。殺人も犯罪も暴力も起きない。列車の不通で足止めを食い、時間を持て余してひたすら回想を重ねる話だ。ジャンルとして「ミステリ」に加えていいかどうかも迷う。発表時もメアリ・ウェストマコットというペンネームを使ったという。

愛する家族のことを思い返す、幸せな回想のはずなのだが徐々にどこかがズレていく。その巧みな描写は「まるでホラー」と称される。

読む人の年齢・立場・性別によって感想ががらりと変わることでも知られる。母親の立場で読むか、子どもの立場で読むか、男女の物語として読むか。

家族の話なので正解・不正解はなく、ましてや「犯人」なんていないのだが、本当に罪深いのは誰かという問いもたびたび話題になるところだ。

読後に残るのは嫌悪感、絶望、同情、哀れみ、腹立ち……「とにかくヤバい」という感想が散見される。自分自身が家族関係に悩みを抱えているなど、一部の読者にとっては心をえぐるくらいのインパクトを与える可能性もある。令和の時代になってもなお「こういう人いる……!」と思わせるのがアガサ・クリスティーのすごみだ。

個人的にアガサ・クリスティーの真髄はトリックでもテーマ性でもなく、その生々しい人間描写にあると思う。今どき「女流作家ならでは」なんて言うと怒られるかもしれないが、人間という生き物の心のひだを観察しきった冷徹かつ細やかな筆致。

ポアロシリーズなども、もちろん探偵モノとしても優れているのだろうが、筆者は「この人たち、どうなるんだろう」という興味で読み進めることのほうが多いくらいだ。

・『ナイルに死す』(ポアロシリーズ)

大事な恋人を友達に紹介したら、いつの間にか二人が意気投合してしまい、「ごめん、実は……」と打ち明けられる。誰の身にも起こりそうな、でも一度でも遭遇したら生涯にわたって人間不信になりそうな悲劇だ。思いやりを込めて「幸せになって欲しい」なんて言われたら発狂する。

アガサ作品では発狂しなかった。その代わりに女はストーキングを敢行した。脅迫とか嫌がらせとかではなく、ただ行く先々に姿を見せるだけ。幸せな二人がどこに行こうとも、先回りして静かに待っている。「ただ居るだけ」なら追い払うこともできない。ナニソレ怖い。

そんなシチュエーションで幕を開けるのが『ナイルに死す』だ。何度も映像化・舞台化された不朽の名作。

一般的には旅情あふれるナイル川クルーズの描写や、不可能とも思われる犯罪トリックが評価されるのだろうが、筆者は「あんた、そんなことしたら元カレにますます嫌われるがな……!」という緊張感でストーリーを追った。その結末は。

・『ゼロ時間へ』(バトル警視シリーズ)

社会的に成功した既婚男性が、妻ではない女性を好きになる。慈愛にあふれた妻は、すべてを許して離婚を受け入れてくれた。従順で清楚でよくできた元妻と、活発で可愛い新しい妻。男は考える。「元妻と現妻が仲良くなれば、気兼ねなく元妻に罪滅ぼしもできるし、みんなで楽しく幸せに過ごせるのでは???」

────────アホかぁぁぁ!

元妻と現妻が同じ館に滞在するという、読んでいるこちらの胃が痛くなる謎のバカンスが始まる。不安からヒステリックになる現妻を理解できず、「やっぱり元妻のほうがよかったかも」などと揺れる男の無神経さに、読者も(感情的に)翻弄される作品。

ツッコミどころ満載で物語に集中できないが、それもアガサ・クリスティーの手のひらの上。ミステリとしての結末にもきっと満足するはず。

・『ホロー荘の殺人』(ポアロシリーズ)

有能な医師である夫と、彼を「白馬の王子様」のように慕う愚鈍な妻。夫は家庭では満たされない知的な会話を求めて、前衛芸術家の女性と不倫関係にある。夫、妻、夫の愛人、夫の元カノなどが一堂に会する『ホロー荘の殺人』。

じゃあなんで結婚したと言いたくなるが、最後には「愛ってなんだろう……」と考えさせられる作品。ポアロシリーズのひとつなのだが、謎解きよりもドロ沼の人間ドラマの色合いが濃い。事件が解決していく痛快さより、不快感をもつ人も多いかもしれない。それこそが真骨頂だ。

アガサ・クリスティーの人間描写力は、ポアロ&ヘイスティングズの愛すべきやりとりに発揮されることもあれば、「どうしてもこのキャラが許せない」というイヤミス方向に発揮されることもある。存分にドラマを楽しんで欲しい。

・アガサ・クリスティーの魅力は心理描写

作品全体を通じて外国人の描写や、労働者階級の扱いなど、当時の英国の時代背景を感じさせるところもある。それを除けば、現代劇にしてもまったく違和感がないほど普遍的なテーマが扱われていることに驚く。

びっくりするほど他人の感情に鈍感な人、逆に敏感すぎて恋人が別の女に心を奪われていくのがヒシヒシとわかる人、善人のように見えて実は他人を支配しようとする人など、登場人物は実に個性豊か。

古い邸宅が舞台になることも多いのだが、上流階級の暮らしぶりのわかる活き活きとした描写も日本人にとっては興味深い。一部の作品はオーディオブック化もされているので、朗読で楽しむのもおすすめだ。

執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.

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