【やまとさんの湯湯自適の記】#9 パラダイス(高岡市野村地区)連載とやまのおふろ
この連載は、富山県公衆浴場業生活衛生同業組合が行ったスタンプラリーで全45軒を制覇し、「富山銭湯マイスター」の称号を手にした会社員「やまとさん」が、日々の銭湯めぐりや強く惹かれた入浴体験をつづる不定期連載のコラムです。
#9 パラダイス
下駄箱に靴を入れ、入口のドアを開けると、紙パックのジュースを飲む濡れ髪の男の子ふたりと目が合った。奥の長椅子では、似たような年ごろの男の子3人が絵本に夢中だ。
みんな、小学校低学年くらいだろうか。
手をかけたドアのかたわらには、「宇宙パトロール」号と「ロンドンバス」号がスタンバイ。デパートの屋上やひなびた旅館の娯楽スポットで見かけた、アレである。昔懐かしい雰囲気が漂うが、いまだ現役。この令和の時代に20円で楽しめる。
入浴券を買おうと券売機に向かうと、人気漫画のキャラクターを模した手作りの折り紙が貼られていた。
「ここは銭湯だよな? 児童館ではないよな?」
にぎやかな雰囲気に、若干の戸惑いがよぎる。
旧8号線沿い、高岡市野村の交差点近くにある「パラダイス」は紛れもない昔ながらの公衆浴場だ。小さい子どもからお年寄りまで、老若男女、地域の人たちの生活に親しまれる存在となっている。
券売機で買ったプラスチック製の入浴券を番台さんに渡して入場すると、脱衣場で目に飛び込んできたのは異彩を放つサウナ室。ガラス窓から中を窺うが、浴場には通じていない。脱衣場からしか入れない仕組みのサウナはとても珍しい。ただ、残念ながら、コロナ禍を機に稼働は休止、現在は開かずの間となっている。せめて一度、体験してみたかったものだ。
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「パラダイス」の浴場は、6つの浴槽を備えている。うち、ひとつはサウナの休止で使いどころが難しい水風呂だが、銭湯としてはなかなか充実した広い造りだ。
浴槽に湯が注がれる音、バイブラで気泡が生まれる音、そして奥の階段を下りたスペースで飛沫をあげる打たせ湯の音……それぞれが浴場内に反響することで生み出される銭湯版ホワイトノイズは、風呂好きの耳には心地よい。これを録音して枕元で流したら、きっと不眠に悩んでいてもぐっすり眠れることだろう。あるいは、ここにパソコンを持ち込んで仕事をしたら、集中力がたちまち上がり、効率的に仕事ができるかもしれない。
…いや、どれも現実的ではないが、風呂好きの私としては大真面目にそう思えてならない。
ここ「パラダイス」のシンボルは、ふたつある。
ひとつは、浴場内のほぼ中央、メインを張る大浴槽の壁際、打たせ湯スペースに続くスロープだ。表面がツルツルに仕上げられていてまさかとは思ったが、どうやらすべり台らしい。さっきの子どもたちもこれで遊んだのだろうか。さすがに四十のおっさんが全裸で滑るには自制心が働いたが、階下を覗き見るに、結構なスピードですべりおりられそうだ。
そして、ふたつ目が、打たせ湯スペースの向かいに構えられたプール。奥行きは5mを少し超えるぐらいだろうか。水温は水風呂ほどではないが、やはり「ぬるい」ではなく「冷たい」というのがふさわしい。先述の通り、サウナが休止していて、水風呂さえ使いどころが難しいはずだが、果たしてどのようなタイミングでこのプールを使えばよいのだろうか。ひょっとしてこれも、子どもが思う存分遊ぶためのものなのだろうか。
さすがにプールに浸かる気にもならず、しばらく内気浴で涼んでいると、後からやってきた老紳士が身体を清めたのち、一直線にプールに向かうのが見えた。そして、使い主がいないように思えたプールの謎も、あっという間に解けてしまった。
老紳士は、泳ぐでもなく、浸かるでもなく、ゆっくりと下半身を沈めて歩いているようだった。
なるほど、水中ウォーキングか。確かに運動を兼ねて、そういう使い方はアリかもしれない。健康的な入浴スタイルだ。
脱衣場から直結のサウナ室、おそらくすべり台と思われるスロープ、老紳士が水中ウォーキングするプール…「パラダイス」にはツッコミどころが散りばめられている。どこにでもある昔ながらの大衆浴場のようでありながら、どこにも同じような施設がないオンリーワンな大衆浴場。しかし、これらが混然一体となって、「パラダイス」の楽しみ方に余白を持たせてくれている。少なくとも、私はそんな気がしている。
「あれはつまり、ああいうことだったのか」
「いや、きっとこういうことだったんじゃないか」
湯からあがり、ミニシアター系の映画を1本観たあとのような妙な余韻に浸りながら、久しぶりに自販機で昔懐かしい紙パックのジュースを買ってみた。
【パラダイス】
住所 富山県高岡市野村東413
営業時間 12:00~23:00
定休日 月曜