舞台『No.9』×石井琢磨、コラボ連載スタート! 第1弾は白井晃が登場~"破壊者"ベートーヴェンと通じる舞台制作の裏側とは?
世界的な天才音楽家、ベートーヴェンの激しくも悲しい波乱万丈の半生を、彼の楽曲と共に描いていく舞台『No.9 ―不滅の旋律―』。白井晃演出、稲垣吾郎主演で今年4度目の上演を果たすこの舞台の、絶賛稽古中の現場に人気ピアニストの石井琢磨が潜入! SPICEでは、クラシック系ユーチューバーでもある石井さんと、ベートーヴェンを題材とし、2人のピアニストとコーラスが生演奏する舞台『No.9』の特別コラボレーション連載を敢行。記念すべき第1弾として演出家・白井晃へのインタビューが実現した。クラシックを愛する二人が、いかに『No.9』の魅力を紐解いていくのか……?
ピアノ2台の生演奏に楽曲ミックス……音楽を活かす制作の裏側とは
石井:先ほど、白井さんが以前ピアノを弾いていた経験があるとお伺いして、それは話しやすい!とホッとしたところです。今日はいろいろな質問をさせていただきたいと思っています。
白井:もちろんです、なんでも聞いてください(笑)。
石井:『No.9』では、白井さんが演出家として音楽の部分にも深く関わっていると聞きました。作中では様々な場面でベートーヴェンの楽曲が使用されていますよね。舞台を拝見させていただいて、楽曲がミックスされていたり、かなりニッチな曲もあったりで、とても面白いなと感じました。
白井:初演のときプロデューサーから「オーラスは『第九』の合唱で終わらせたい」と条件をもらったんです。
石井:ほぉ~!
白井:「え~、そんな難題を?!」と最初は思いましたが、その『交響曲第9番』に至るまでのベートーヴェンの人生を描く物語にしようとの話でしたから、中島かずきさんと脚本についてディスカッションを重ねながら構想を練るうちに、やはり、「これはベートーヴェンの人生だから、物語の進行に合わせて、まさにその時期に彼が創作した楽曲を入れ込んでいきたい」と思ったんです。
というのも、伝記や資料を読めば読むほどベートーヴェンは非常に喜怒哀楽の激しい方だったみたいで(笑)、それがそのまま楽曲にも表出している。彼の人生と楽曲は、ほとんどシンクロしているように思えたんです。それで、どういう場面でどの楽曲を配したらいいか、ピアノソナタを32番まで毎日毎日繰り返し聴きながら、決めていきました。その時に、これは録音物を使うよりは生で弾いていただいたほうが意味がある、と思い生演奏に決めたんです。
石井:ピアノ2台の配置でしたね! これもまた面白く、どうしてだろう?と気になっていました。
白井:なぜか、やりたいと思ってしまったんですよね(笑)。クラシックに馴染みある方にとってはありえないことだろうけど、「ピアノソナタをユニゾンで弾いたらどうなるんだろう」と。個性が異なるピアニストが一緒に演奏した場合、ズレズレになるのか、あるいは個性がケンカを始めるのか……。楽譜は作曲家の想いを紐解く大きなヒントでもありますが、その解釈は各ピアニストに委ねられていますよね。だからこそ、それぞれの想いで弾いてもらえたら面白いのではないかな、と思ったんです。たとえば1曲をリレーのようにして引き継いで弾いて、途中で音色が変わったりするのもありでしょうしね。
実は、当初はピアノ4台でって希望を出していたんですよ。実際のところ、初演時にはピアノ3台、つまりピアニストは3人、舞台上にいたんです。
石井:えっ、そうだったんですね。ピアニスト4人が3人になり、今2人になったというのは……。
白井:さらに言えば、最初はもっと大勢いてもいい、「8人で」とも言っていたんです(笑)。だけどさすがにそれは至難の技で、初演時の3人でもそれなりに大変だったので再演から2人に。
石井:ああ~、それはそうでしょうね(笑)。だけど8人のユニゾンは、すごいですね。僕も聴いてみたいです。
白井:さらに、舞台の後方には交響楽団がいて、そこに合唱団もいて、というのはどうでしょうなんて話もしていたんですよ。
石井:へえっ、オペラ式に。
白井:でも、さすがに「それはちょっと勘弁してくれ」と言われました。
石井:興行的、つまりお金の面で難しい、ということですね(笑)。だけどそれ、まさにベートーヴェンも一緒だと思います。当時は同じように、興行する際、金銭的なことも考えていたはずなので。
白井:それは、そうでしょうね。
石井:ベートーヴェンって、特殊楽器はなるべく使わなかったと言われていますよね。たとえばコントラファゴットは『第九』でのみ使用されていますけれど、そういうのも、オーケストラがそのための人員を雇えるかどうかを配慮していたからだという通説もあるくらいです。
白井:やはり、そうなんですか。
石井:ぶっちゃけ、ベートーヴェンは報酬によっても、少し作品の練度を変えたりとか、絶対していたと思います(笑)。
「毎日ピアノソナタ32曲×4回を聴き続け……」ベートーヴェンも唸る?楽曲のギミック
石井:脚本が最初に書き上げられた段階では、音楽については書き込まれていないのですか?
白井:ピアノソナタに関しては、ほぼありませんでした。「月光」だけかな。ただ、最初の段階でラストは『第九』と決まっていたので、初めの演奏会の場面では『交響曲第1番』を弾いている、ということは書かれていましたけど。あと、(交響曲)第3番も決められていたので、その四曲分は指定がありましたね。
石井:えー! では、それ以外は全部、どのシーンでどの曲を使うかを、白井さんが自ら精査していったということですか。「このシーンは牧歌的な曲が良さそうだ」とか、メモをとりながら?
白井:そんな感じです。交響曲の場合には、第7番や第8番にも自分が好きな部分があったりするので、「ここはマリアとベートーヴェンが共に次のステップに行こうと華やかな気分になっている場面だから、あの楽章を使おうかな」とイメージを繋げやすかったんですが、ピアノソナタに関しては、ただただ毎日32曲×4回(※ベートーヴェンのピアノソナタは1番から32番まで、それぞれに第1楽章から第4楽章まである)ずつというペースでひたすら聴いて。
石井:ハハハ! それはすごいですけど、頭がこんがらがってしまいそうです(笑)。
白井:台本を読みながら、このメロディのこの小節からここまでが欲しい、とかね。ブツブツ言いながらも、歯を食いしばって考えました(笑)。
石井:その過程が、ほんとうに見事に、実っていると思います! 『No.9』を観させていただいて一番に思ったのが、楽曲とのシンクロの高さでした。ピアニストの視点で見ても、怒りや揺らぎといった感情表現をする部分と楽曲がぴったりとマッチしていて、かつ、それぞれの楽曲がミックスされ途中で繋がっていたりもしていて。そのへんのギミックは、もしベートーヴェンに聴かせてみたら「面白いっ!」と、喜ぶだろうなと思います(笑)。当時、そういう発想はなかったと思いますし。僕自身も、曲を繋げることで生まれる効果、とか、あの発想はなかったです。あれは音楽監督さんが繋げたんですか?
白井:僕がお願いをして、音楽監督の三宅純さんに繋げていただいたり、ピアニストの方々にも相談したりしました。逆に、ご提案いただいたこともありますよ。終盤に、ピアノソロがグワーッと鳴って重なって頭の中で混乱していくような場面があるんですが、そのあたりはピアニストの方からアイデアを出していただいたんです。「ここからの16小節は、この曲とこっちの曲を重ねて弾いたら、混乱しながら迷っているように聞こえると思う」とか。自分の頭の中だけだと限界があるので、音響機材を2、3台並べて同時に音を出してみたりして曲の重なりを試してみたりしてね。実は最後の『第九』にしても、楽曲の流れの順番が……
石井:そう、前後が入れ替わっているところがありますよね!
白井:あれはね、台本を読みながら『第九』を聴くと、どうしてもハマらないんですよ。僕、初演の時の稽古場で「どうしよう、どうしたらいいんだ」と熊みたいにウロウロ歩き回っていたことを思い出すんですけど。ふと、あれ?これって順番を入れ替えると、高揚感がひとつのドラマとしてうまく流れていきそうだぞ?と気づいて。ただちょっと不安だったので、実際に『第九』を歌っているコーラスの方々に「この順番で演奏したらクラシックファンに怒られるかな?」と聞いてみたら、意外とみなさん「いいんじゃないっすか~?」って答えてくださって(笑)。
石井:アハハハ!
白井:クラシックをやっている方々がそう言ってくれるなら、とやってみたわけです。でも言ってみれば僕はクラシックの外にいる人間だからこそ、そういう乱暴な、いい言い方で言えば「自由な」やり方ができたのかもしれません。まあ、最終的にはプロデューサーに責任を取ってもらえばいいや、ということなんですけどね(笑)。
>ベートーヴェンの”破壊者”的側面が、舞台『No.9』制作にもシンクロしている?
ベートーヴェンの”破壊者”的側面が、舞台『No.9』制作にもシンクロしている?
石井:ここまで『No.9』における白井さんの演出のお話を伺ってきて、というか、作品を観ている時にも思ってはいたのですが、改めて、ベートーヴェンって“破壊者”だなと。
白井:うんうん、そうですよね。
石井:何かを破壊して、その瓦礫から創造していく人なんですよね。そしてこの舞台『No.9』も、構成がまさしく、そんなベートーヴェンを体現しているとすごく感じました。楽曲のミックスの仕方も、曲の配置も、曲の前後が入れ替えになっているところも……そして今日、演出のお話を深く伺って、それってやはり、様々なアイデアを柔軟に考えられる白井さんだったからこそできた表現なんだろうなと思いました。
白井:それは、ありがとうございます(笑)。
石井:クラシックのことばかり考えていると、どうしても殻を破るのが難しくなりますから。僕自身もYouTubeという土台でクラシックを表現しようとした時、最初は反発もありましたけど、今ではもはやメジャーな媒体になっていますし。『第九』も、きっと当時は「コーラスが入るなんて!」と相当な反発があったでしょうしね。そういう意味ではこの舞台も、同じくひとつの転換点になるような舞台だと思いました。ちなみに、白井さんがベートーヴェンに特に魅かれる点はどういうところですか?
白井:僕はジャズも好きで、ビル・エヴァンスを始めピアノの演奏者が好きなんです。クラシックではショパンが好きで、ルービンシュタインやアシュケナージのピアノをよく聴いていたのですが、何かの拍子にリヒテルが弾くとてもドラマティックなベートーヴェンのソナタを聴いたんです。一個一個の音に対しぶつけてくる感情表現がとても魅力的で、その演奏から、熱情的な方のような印象を抱きました。ベートーヴェンに関しては彼の影響が強い気がします。改めて今回ピアノソナタを聴いていて、ずっとショパンが好きだったのに、だんだんとベートーヴェンが好きになってきていることに気づきましたね(笑)。
石井:へぇ~、そうなんですか! 聴きすぎてもう嫌!とかにはならなかったんですね。
白井:ならなかったです、全然(笑)。おまけに最後のほうの楽曲なんて、なんだか現代音楽みたいじゃないですか?
石井:後期は、そうなんですよね。
白井:もう、これ、ジャズだよね?っていう風にも思えて。
石井:32番とか、そうですよね。
白井:大フーガとか凄いですよね。『No.9』とシンクロしながら考えていたからかもしれませんが、ベートーヴェンの音楽には彼の生きざまがとても出ているように感じています。
石井:生きざま! ああ、確かにそうですね。
白井:彼はもちろんエンターテイナーでもあるから、聴衆に聴かせる、ウケるということも絶対に考えていたと思うんです。聴いている人を驚かす、びっくりさせることの天才でもあった。それでいて曲を作っている時は、自分の感情をガーッと入れ込んで、自分が今感じている生きざまみたいなものをぶつけてきている感覚もあって。それが聴く人の感動を呼ぶのかな、と思います。
表現者として、それぞれが目指すところは……
白井:ところで、逆に僕も石井さんにお聞きしたいことがあるんですが。
石井:はい、なんでも聞いてください(笑)。
白井:僕の場合、自分の中で想像したものがあっても、一人では表現できないんですよね。なぜ演劇という表現方法を取ったのかというと、一人で表現できる方法というものを、学生時代も含めて僕は全然つかめなかったからなんです。演劇なら、みんなの力を借りながらやれる。変な話、そのまとめ役というのが演出で、その過程で若干、自分の思い込みの方向を加えている、というか(笑)。そんな僕がピアニストに憧れるのは、自分一人での戦いである点なんです。楽曲を通して自分がどう理解をするか、それは孤独な表現作業ですよね。石井さんは日々、そういうことをどう考えながら生きていらっしゃるんですか?……という、大きな質問になってしまいますが(笑)。
石井:表現者としてお答えさせていただくと、僕の場合、簡単に言えば「人生で一回くらいは、自分自身が満足する演奏をしてみたい」というのが目標なんです。
白井:ああ~、なるほど。
石井:でも、どれだけいい演奏をしたとしてもどこかは気になるし、結局のところ満足しきらないまま、この人生を楽しんでいるという感じでしょうか。むしろ、この孤独さや満足できない自分の体質を楽しんでいないと生きていけないというか。常々、思っていますよ、いつゴールが来るのかなあ~って。
白井:ああ、とてもわかります。僕も俳優として立つとき、100公演あっても満足できる舞台は一度あるかどうか、ですからね。
石井:そうなんですね。何かが乗り移ったかのような時とか、ゾーンに入った時とかは?
白井:1回、あるかどうかで。次もあの感覚でやりたいと思っても、絶対出来ない。こんなこと言ってはいけないかもしれないけれど、演出家としても、自己評価で百点満点はどうしてもつけられなくて、いつも「あそこ、もうちょっとこうすればよかったかな、ああすればよかったかな」と考え続けています。石井さんがおっしゃるように、僕も本当に「これぞ満足!」という作品を、死ぬまでに1本作ってみたいなと思っています。
石井:一緒ですね! 今日はありがとうございました。勉強になりました。
白井:こちらこそ! ありがとうございました!
聞き手=石井琢磨 文=田中里津子 撮影=山口真由子
>(NEXT)インタビューを終えて~【おまけ談義】「クラシック」って何?
インタビューを終えて~【おまけ談義】「クラシック」って何?
石井:今日はありがとうございました。白井さんのお話を伺っていると、めちゃくちゃクラシックにお詳しくて。……要は、お好きなんですよね?
白井:まあ、好きは好きですね(笑)。
石井:そこで白井さんに僕はお聞きしたいんですけど。ちょっと難しい質問ではあると思いますが「クラシックって何ですか?」。
白井:ふーむ。
石井:すみません。かなりざっくりした質問です(笑)。
白井:バロックにしても、古典派、ロマン派の音楽にしても、現在クラシックと呼ばれる楽曲は「その時代に一番流行った音楽」だと思います。ただ、現代を生きる僕たちからすると、過去に作られた古典となる。「古典」ではあるんだけど、今を生きる人間にとってもシンパシーを感じるというか、シンクロできる部分があるとすれば現代に生きている楽曲となる。抽象的な言い方になってしまいますが。たとえば日本の古典芸能の音楽でも、保護することに終始するなら昔の伝統音楽ですし、自分たちの中で何か響くものがあるなら、それは今の音楽になる。だから「今のクラシックって何か」を問われたら、古典なんですが、でも僕たちが今聴いているという意味では古典ではない。
石井:コンテンポラリーに入るということですね。当時作られた作品だけど、今聴くことはコンテンポラリーであると。
白井:そう思います。だからスタイルはそうなのかもしれないけど、今聴いている時点では古典ではない。それはジャズでもロックでもエレクトロニクスの楽曲でも同じだと思います。
石井:僕も、それと近しい考えを持っていて、ベートーヴェンの創作活動というものは、作曲してから演奏されるまでが絶対にワンセットだったと思うんです。というのも、ベートーヴェンの楽譜の右上には必ず初演日が書いてあるんですよね。
白井:ふうむ。
石井:それってなぜかというと、作品が初めて完成した日になるからなんですよ。演奏されて、やっと完成するという考えだったんだと思うんです。それとコンテンポラリーであること、というのは近しい考えなのではないか、と。今日こうして、ベートーヴェンと舞台『No.9』の制作そのものがとても近しいというお話もしてきたので、この作品も、お客様に見ていただいて完成……とも言えるのかな(笑)。皆さん、ぜひお越しください!