トラブル!産後「癒着胎盤」で急遽「胎盤用手剥離術」に
ライターの“Milk”です。私には2人の息子がいますが、出産の時にいろいろなトラブルがありました。前回は、ちゃんとした陣痛が来ずになかなか出産が始まらなかったこと、赤ちゃんの心拍が下がったこと、産まれた赤ちゃんは臍帯巻絡(さいたいけんらく)だったことなどをお話しました。今回は、出産後のお話になります。
やっと生まれたと思いきや、まさかの「癒着胎盤」!?
長男出産時は、破水から24時間後、吸引分娩で生まれたと思ったら臍帯巻絡で、すぐに抱かせてはもらえませんでした。でも、やっと分娩が終わった安堵感と、無事に生まれた、ほっとした思いに満たされていました。
私の初産は緊張する場面がいくつもあり、「難産認定書」なるものがあるならば、確かに認定されるのではないかと思っています。無事出産できたこと、健やかに生まれてくれた息子への感謝で胸がいっぱいでした。
しかし、それもつかの間、私の足元で何やらザワザワし始めたのです。何せ初めての出産なので、その時は何が起きているのか理解できず、事の重大さが分かっていませんでしたが、お産の後に胎盤が剥がれ出てこない「癒着胎盤」だったのです。
「胎盤用手剥離術」は、お産以上の強い痛み
私の場合は30分経っても胎盤が剥がれて出て来ないことから、助産師さんから「先生が胎盤を出しますので、子宮に手を入れますよ、もう少し我慢してくださいね」と言われました。
その時は「癒着胎盤」に対する知識がなく、『何それ?子宮に手を入れる?』とただ当惑するだけでした。一刻を争うので麻酔はしていなかったと思います。先生の手が子宮に入り、胎盤が剥がされるまで何分かかったかは覚えていませんが、その間、お産とは異なる種の、より激しい痛みに叫んでいたのを覚えています。
いくらさっきまで赤ちゃんが入っていた子宮とはいえ、先生の手が子宮の中の胎盤をグイグイ剥がしているのですから。後からそれが「胎盤用手剥離術」だったということを知りました。でも、赤ちゃんが無事出産できた喜びは何より勝ることで、それが気持ちの支えとなりました。『痛みは一時だから耐えよう』と頑張れたのを覚えています。
是か非か?「夫の立ち会い分娩」が叶わなかったこと
会陰縫合が終わる頃は、落ち着きと余裕ができ、やっと助産師さんに質問しました。「あの、夫はどこにいるのでしょう?」そこで返ってきた言葉は、「あなたのお産はきれいなものではなかったので、今後の夫婦生活に支障をきたすかもしれないから、敢えてご主人を起こさなかったのよ」でした。
なんともおかしな話ですが、夫が立ち会い分娩をする予定で、別室で仮眠をしていました。分娩台に移ってから4時間もあったのに、私自身必死で、そのことを忘れていた、というよりもそれどころではなかったのです。
『このお産はきれいなお産ではなかったのね…』と、他の出産を知らない私は、受け入れるだけでした。正直「無事出産できたのだからどうでもいい」という思いでした。
助産師さんの言葉は、出産現場を目の当たりにした夫が、私を女として見られなくなる。という意味だと思います。もしかしたら夫にはトラウマになったかもしれません。
一方で「立ち会い分娩をして感動を一緒に迎えられて良かった、絆が深まった」という話もよく聞きます。「立ち会い分娩をしたほうが、夫にとって本当は良かったのかもしれない、いや、デメリットになったのかも?」こればかりは今となっては分かりませんが、経験豊富な助産師さんの心遣いと信じ、我が家の場合はこれで良かったのだ、当時はそうだったのだ、と今では受け止めています。
自分が「癒着胎盤」を起こすことは事前には分からなかったことですし、妊娠中に予防することもできません。必要以上に不安を感じることはないと思いますが、知識を持っていることは心構えとして大切ですね。「胎盤用手剥離術」で無事に処置してくださった医師には感謝の気持ちで一杯です。そんな私に、産後の肥立ち期も更なる試練が待ち受けていました。
[Milk*プロフィール]
50代パート主婦。夫と二人暮らしです。旅行とライブと手芸が好きで、夫や友人と時間が許す限り国内外の旅行をしています。子どもは、現在結婚している30歳と、独身で一人暮らしの25歳の息子二人です。
※この記事は個人の体験記です。記事に掲載の画像はイメージです。