「ぼくが生きてる、ふたつの世界」試写会レビュー|「きこえない」母を持つ息子の成長を描いたリアルな物語
作家・エッセイストでもある五十嵐大さんによる自伝的エッセイ「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」が原作の本作品では、コーダ(Children of Deaf Adults/きこえない、またはきこえにくい親を持つ聴者の子供という意味)である作者のリアルな体験が描かれた日常の物語を主演・吉沢亮、監督・呉美保のタッグで綴っています。
成長する過程で変化していく「ふつうのこと」
親子喧嘩、子供の頃の傷、思春期の息苦しさ、そして感情の爆発―――これは「障がいのある人とその家族の話」ではなく、もっと身近でもっと普遍的な、ある親子のストーリー。 宮城県の小さな港町で耳のきこえない天真爛漫な母・明子(忍足亜希子)と温厚な父・陽介のもと五十嵐大(吉沢亮)は生まれます。ぐずってもきこえない…ろう者ゆえのアクシデントはありつつも、明子と陽介からたくさんの 愛情を受けて大は育ちます。通訳をしたり、車のクラクションがきこえない母を守ったり、手紙でやりとりしたり、幼い大にとってそれは「ふつうのこと」として、当たり前に過ごしてきました。しかし次第に「自分の両親は周囲と違うのだ」という現実を突き付けられ、戸惑いが生まれます。
明るくて優しい母が大好きなはずなのに、周りと違う恥ずかしさも感じてしまう大。『お母さんのこと、恥ずかしい?』喫茶店で大を見つめる明子はストレートに問いかけますが、その表情はとても穏やかで優しく、どれほど大が大切か伝わってくるのです。『お母さんは、手話がないと大ちゃんとも話せなくなっちゃうの』守りたい気持ちと、罪悪感、特別視される居心地の悪さを感じたまま葛藤の中で大は成長していきます。中学生になると、なぜ自分が「きこえない」母親に合せなければいけないのか?と家庭での手話(会話)もおざなりになり、外では人目を気にして母を避けてしまう大。頭では分かっていても、積み重ねられてきた差別や偏見、戸惑いや好奇の目、更には思春期のスト レスがついに爆発し…。
新たなろう者との出会い、そして成長
きこえる世界ときこえない世界を行き来しながら20歳になった大は、温厚で大らかな父、陽介(今井彰人)に背中を押され、モヤモヤした日常から逃げるように東京へ旅立ちます。 大都会では誰も自分を「きこえない両親のいる子」という事を知りません。無関心にさえ思える生活は、大を「ふつうの人」にしてくれたのです。やりたい事もなくパチンコ屋でだらだらアルバイトをする日々。そんな時、あることがきっかけでパチンコ店の客である智子の耳が「きこえない」と気付いた大は、自然と智子の通訳をするように。
きこえる息子を持つろう者の智子や、率直な性格のろう者彩月など、彼女たちが所属する手話 サークルと関わりを持つことで、大は「自分と同じ」つまりコーダが日本には2万数千人もいるのだと知り、初めて視野が大きく広がりました。 大の人生の転機―――親以外のろう者、ろう者の友達、コーダ。 そして同じ頃、悩まされていた無言電話の正体が大の声がきこえるのではないかと期待した母・明子 であることを知った大。「心配しないで」と携帯電話に向かって大声で伝えてみるものの、やっぱり母にはきこえません。そんな電話のやり取りのあと、程なくして大はスーツを着て、就活を始めます。かつての母と同じようにクラクションがきこえず車と接触し怪我をした智子は、それでも「同情も心配もされたくない」と言ったり、レストランで食事をした時に通訳をした大へ「自分でできるから、できる事を取り上げないで欲しい」とお願いする彩月。ろう者のたくましさを知り、小さい頃から親の通訳が「当たり前」だった大の心は、さまざまなろう者と触れ合っていくうちにどんどん変化していきます。立場や環境が違えば、して欲しいことや理解してほしいことも変わるということがわかっていきます。
特別じゃない誰にでもある「ふつうのこと」
印象に残るシーンのひとつに、反抗期の息子に悲しい言葉を投げつけられたあと、明子は夫・陽介の 職場を訪れる場面がありました。 一緒に帰る道すがら「さすがにきついね」と本音をもらす明子に陽介は「どこの家庭もそれぞれ悩みがあると思うよ」と諭します。障がいがあってもなくても、色んな家庭があるという陽介らしいおおらかな返答には、確かに! という感情を抱くのではないでしょうか。多くの人が「耳がきこえる、きこえない」に関係なく経験したであろう、後悔や痛み。幼い大もたくさん傷つき、いつも明るい明子も偏見や差別に傷ついてきた事が分かります。大きくなった大は、カフェや電車内で自然と手話を使って母と会話をしていました。かつて感じた「恥ずかしい」感情はありません。それが明子にとってどんなに嬉しいことかも気付かず、「ふつうのこと」として、当たり前になっていました―――。
日本で活躍する韓国籍の呉美保監督
第38回モントリオール世界映画祭最優秀監督賞を始め、国内外で高い評価を受け、長編映画は9年ぶりの呉美保監督。主演には「青天を衝け(21)」にて大河ドラマ初出演・初主演、月9ドラマ「PICU 小児集中治療室(22)」初出演・初主演と活躍が目覚ましく今後にも大注目の吉沢亮。また、手話演出にはさまざまな映画や映像作品で手話指導・手話監修・手話演出を務めている早瀬憲太郎(監督代表作「ゆずり葉(09)」)と石村真由美(手話指導・手話監修「SEE HEAR LOVE(23 )」)を起用し、視線・仕草・細部にわたって綿密にアプローチを重ねて本作が完成しました。ろう者の役は実際のろう者が演じています。 尚、バリアフリー字幕・音声ガイドを備えたバリアフリー上映作品となっています。
【作品概要】
■監督:呉美保 『そこのみにて光輝く』(14)『きみはいい子』(15)
■脚本:港岳彦 『ゴールド・ボーイ』(24)『正欲』『アナログ』(23)等
■主演:吉沢亮 『キングダム』シリーズ
■出演:忍足亜希子 今井彰人 ユースケ・サンタマリア 烏丸せつこ でんでん
■原作:五十嵐大
「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」(幻冬舎刊)
■企画・プロデュース:山国秀幸
■手話監修協力:全日本ろうあ連盟
■配給:ギャガ
■公式HP:https://gaga.ne.jp/FutatsunoSekai/