地震時のダンゴムシのポーズはNG 「間違った避難訓練」で子どもを犠牲者にするな!【専門家が緊急提言】
幼稚園や保育園、小中学校で行われている子どもの「避難訓練アップデート」第2回。正しい避難訓練について、専門家に緊急インタビュー。全2回
【写真➡】小学生が覚えたい「ランドセルで身を守る方法」を見る〔専門家が解説〕子どもの避難訓練は“子どもを守る”が最大の目的なのに、実は間違った内容が多々あり、「すぐにでもアップデートすべき!」と唱えるのは、日本大学危機管理学部の秦康範(はだ・やすのり)教授と、NPO法人減災教育普及協会理事長の江夏猛史(えなつ・たけし)さん。スピード、アクション……、改善すべき点はどこか、311の悲劇を二度と繰り返さないためにも、2回に渡り教わりました。
訓練内容と被害想定が見合っていない
2025年1月、日本大学危機管理学部と、NPO法人減災教育普及協会、神奈川歯科大学歯学部総合歯学教育学講座、一般社団法人AR防災の4者が、「避難訓練をアップデートする!」という目的を掲げて、包括連携協定を締結しました。
NPO法人減災教育普及協会の江夏猛史さんは、全国の保育施設や小中学校を回り、“正しい”避難訓練を教える研修やワークショップを行っています。
“素早く避難しなければ”とスピードを重視しがちな避難訓練ですが、そこからが違っていると江夏さんは言います。
「正しい避難は、被害で決まるんです。何が起こるのかを教えずに、決まった行動を繰り返している今の訓練は、スピードは上がるけど、思考力や判断力は低下します。
多くの災害は、スピードより間違えないことが重要。まずは、そのとき何が起こるのかという“災害本番を想定すること”が先決なんです」(江夏さん)
東日本大震災以降、全国的に避難訓練の回数は増えているものの、想定される災害に合っていない訓練を行っている保育施設や教育施設がとても多いと続けます。
「訓練でやっていることしか、本番ではできません。だからこそ、訓練の重要なポイントは、本番にできるだけ近い状態を想定すること。
東日本大震災の際に大川小学校(宮城県石巻市)で起きた悲劇(※)もこの一例です。被害を見定め、起こる危険事象に合った訓練に変えていかなければいけない、と強く感じています」(江夏さん)
※宮城県石巻市立大川小学校では、東日本大震災の津波で全校児童108人のうち児童74名、教職員10名が犠牲となった。地震後、校庭に集まった児童と教員たちは、わずか1分程度で裏山へ避難できたはずが、多くの犠牲者が出た。その原因として、検証委員会の報告書では、災害リスクの誤評価、マニュアルの不備、形骸化した避難訓練などが挙げられている。
頭を抱えてうずくまるより状況を見極めて
避難の際にもっとも大事なのは、“危ないものを避ける・危ないものから逃げる”ことです。
「例えば、教室の窓ガラスが割れると知っていれば、そこに注意を向けることができます。ほかにも、ここは照明器具が落ちてくる可能性がある、扇風機やエアコンが落ちてくるかもしれない、などが想定できていたら、そういった危険から逃げるという訓練ができるのです。
実際の災害発生時には、子どもたちの居場所も状況もそれぞれ違うわけですから、全員が机の下にもぐる、という画一的な答えは不正解になることがあります」(江夏さん)
「机の下にもぐる」ほか、「頭を守ってうずくまる」通称“ダンゴムシのポーズ”と呼ばれるアクションも、現在(2025年3月)、全国的に広く普及しています。
「実際に“ダンゴムシのポーズ”を取ってみてもらえるとすぐにわかります。これでは、顔が下向きになるため、迫り来る危険を見極めることができない。地震は発生直後に、一瞬にして命が奪われてしまうことは少ない災害です。
机の下にもぐったり、丸くうずくまってじっとしたりしているのではなく、その間にしっかりと状況把握をして判断ができたら、そこから逃げることができるんです」(江夏さん)
「安全」ではなく「危険」を伝え続ける
避難訓練は発達段階に応じたものであることも重要、と江夏さん。子どもたちの防災・減災を伝える教材の中には、間違った内容のものがあることを危惧しています。
「頭を抱えてうずくまる“ダンゴムシのポーズ”を推奨している教材もあり、危機感を覚えています。子どもたちには決して、『これをすれば安全だよ』とは伝えない。そうではなくて『何が危ないのか』ということを、口を酸っぱくして伝え続けていくことが大事なんです」(江夏さん)
江夏さんは、これまで行ってきた日本全国2000件以上の減災教育のノウハウを活用して、地震避難訓練に特化した紙芝居「がたぐら」を制作しました。
「地震発生時の危険の変化を、幼児にも分かりやすいオノマトペ(擬音語・擬態語)で“がたがた・ぐらぐら”と表現しました。身の回りの物がどのように動くのかイメージを持たせ、地震が起きたときの危険とその危険に合った適切な行動を学ぶことで、子どもの初期対応力を高められたらと思っています」(江夏さん)
音の変化「がたがた」、形の変化を「ぐらぐら」といったオノマトペで表現した紙芝居。地震時の正しい危険回避を幼児にもわかりやすく伝えている。 写真提供:NPO法人減災教育普及協会
また、大きな地震を体験したことがない子どもたちへの教育には、どこでも地震体験マット「YURETA(ユレタ)」を使ってリアルな体験をすることで、実際の揺れにイメージを持つことができます。
「2メートル四方のマットの中央に子どもを乗せ、大人が四隅をつかんで揺らしてみるんです。そのときに、真ん中でダンゴムシのポーズを取らせてみると、身体のコントロールを失って転がってしまうことがわかります。まさに丸まったダンゴムシのようにコロコロと転がってしまう。この体験を通して危険だと伝わりますよね」(江夏さん)
江夏さんが考案し、子どもたちに伝えているのは「カエルのポーズ」や「トカゲのポーズ」です。
「気象庁の震度説明資料には、震度6強や7でも『這(は)わないと動けない』と書いてあります。強い揺れを体験してみると、立っていると動けない、ダンゴムシでは転がるだけ。
でも、このカエルやトカゲのポーズだと、小さな子どもでも周囲の危険を見ながら動けるのです。本番で逃げるのは難しい場面もあるかもしれません。しかし、難しいからと言って、やる前から逃げることを諦めるダンゴムシのポーズは、子どもの生きる力や可能性を奪ってしまいます」(江夏さん)
うずくまるダンゴムシポーズはNG。両膝をついて低い姿勢で周囲を見渡すカエルのポーズを勧めている。 イラスト提供:NPO法人減災教育普及協会
「周りを見渡して、危険を見定めることが大事。落ちてくるもの、飛んでくるものをしっかりとキョロキョロしながら見る。はじめは怖がっていた子も、練習をすれば上手に逃げられるようになります。
地震の大きな揺れは怖いかもしれない、でも決して逃げることをあきらめないでほしいんです」(江夏さん)
実際の揺れを体験できるマットで、カエルのポーズをレクチャー。 写真提供:NPO法人減災教育普及協会
これから大切なのは「災害想定力」
江夏さんは、「避難訓練は、想定される被害の知識を持って、子ども自身が考える内容であるべき」と続けます。
「月1の避難訓練では『震度6弱の地震が起こったら、どこにどんな被害が出るのか』をクラスで話し合う。この教室だと、窓ガラスが危なそうだよね、でもこの教室のガラスは強化ガラスを使っているから、裸足で踏んでも大丈夫だろう、とか。まずは自分がいつもいる居場所の環境を、詳しく知ることですよね」(江夏さん)
ある程度の物事が理解できる年齢の子どもたちなら、建物の構造の話をしてみても。
「『壁と柱が崩れたら、どこが危ない?』と聞くと、子どもたちは天井の真ん中を指差しますよ。じゃ、真ん中が落ちてくるとなると、どこに逃げようか、って。みんなで考えるんです」(江夏さん)
体育館だとどこが危ないのか、廊下はどんな危険があるのか。校内のいろいろな場所で、それぞれの被害を想定します。
「この思考を鍛えていくことで、登下校中に『小学校までの道のりは何が危ないかな』、『このショッピングセンターではこの場所が危なそうだ』と、危ないものを自ら探すようになるでしょう。そうすると、実際に揺れたとき、その危険を注意深く見定め、避けることができるんです」(江夏さん)
日本大学危機管理学部の秦康範(はだ・やすのり)教授は、災害想定力を育む新しい防災教育の可能性を探り続けるなかで、災害を疑似体験できるツールが効果的だと言います。
「災害は発生頻度が低いので、経験を通して学習することができません。経験したことがないことを想像するのはやはり難しい。それが子ども相手ならなおさらです。地震だと起震車がありますが、非常に高価ですし、簡単に呼ぶこともできません。
そういう意味で、YURETAは画期的だと思います。幼い子どもが対象の場合、体感して学習することが重要だからです」(秦教授)
2025年度からは、日本大学認定こども園(東京都世田谷区)と佐野日本大学高等学校(栃木県佐野市)などを対象にした事業を実施することも決定。
3年後(2027年度末)を目途に、指導者向けの指導マニュアルを作成し、全国に普及展開するための基盤づくりを行っていく予定です。
「教育機関の特性として、何十年も続いてきたやり方を一新させるというのはハードルがものすごく高い。やはり、指導法を根本から変えていかないといけないんです。
そのためには、学術的な調査を重ね、エビデンスを収集・検証して、きちんと根拠を示さないといけないと思っています」(秦教授)
保護者にできることは“考える”こと
それでは、私たち保護者にできることはあるのでしょうか。
「避難訓練と同じく、保護者の引き取り訓練も全国で行われています。災害発生時の引き取りフローを確認するべく行われているものなのですが、今のやり方では意味がないどころか、間違った本番を想像させてしまい、被害を拡大する恐れがあります」(江夏さん)
江夏さんは、「やるなら“意味がある内容”にアップデートすることが大切」と説きます。
「園や学校で想定した災害、園の備え、引き取りに来られなかったときの対応、そして、園や学校がやることと保護者がやることの責任の境界を、情報として共有する。そして保護者は、災害本番を想像して引き取りに向かってみてください。
街はどうなっているのか、子どもがどんな気持ちでお迎えを待っているのか。体験を伴う引き取り訓練という枠組みを利用して、子どもも含め3者の目線合わせを行っていく必要があります」(江夏さん)
さらに、家の中では、危険な場所やものを日頃から考え、日々家族で話し合っておくことができます。
「食卓を囲みながら、『この照明は落ちてくるかも』、『家具や家電が倒れてくるんじゃない?』など、まずは危険にフォーカスした話をする。壁に囲まれていて危険が少なく、出口が見渡せる場所だから何かあればみんなこの廊下に集まろう、という発展的な話ができると思います」(江夏さん)
「全国の保育園や幼稚園、小中学校で誤った内容が徹底的に刷り込まれていて、子どもも大人も誰も正しいと信じて疑わない状況です。
子どもの避難訓練をアップデートすることは、震災発生時に子どもの命を守ることはもちろんのこと、災害時に自分で思考・判断ができる大人になることにつながっていくのです」(秦教授)
─・─・─・─・─・─
年に数回、多いところでは毎月のように体験を伴う避難訓練の機会は確保されています。だからこそ、災害想定に見合った避難訓練が普及し、子どもたちの命が守れる減災教育が行われていくことを望みます。
取材・文/遠藤るりこ
●秦康範(はだ・やすのり)PROFILE
日本大学危機管理学部危機管理学科教授。専門は、地域防災、災害情報、防災教育。
●江夏猛史(えなつ・たけし)PROFILE
NPO法人減災教育普及協会理事長。減災人づくりアドバイザー、幼保防災アドバイザー、学校防災アドバイザー、避難訓練アドバイザー。
●取材協力
日本大学危機管理学部
NPO法人減災教育普及協会