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「事前説明なしの屈辱的なレイプシーン」で19歳女優の人生を狂わせた“名作”の是非を問い直す『タンゴの後で』

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「事前説明なしの屈辱的なレイプシーン」で19歳女優の人生を狂わせた“名作”の是非を問い直す『タンゴの後で』

『タンゴの後で』~芸術と暴力の境界線

1972年、ベルナルド・ベルトルッチ監督による『ラストタンゴ・イン・パリ』は、映画史において最も物議を醸した作品の一つだ。主演はベテランのマーロン・ブランドと、当時19歳だった新人マリア・シュナイダー。パリの空室アパートで始まる匿名の性愛関係を描いたこの作品は、エロティシズムと絶望、そして人間の孤独を赤裸々に映し出している。

9月5日(金)より公開中の『タンゴの後で』は、マリアが『ラストタンゴ~』の撮影現場で経験したトラウマと、その後の人生を描いた実録的ドラマ映画。監督・脚本のジェシカ・パルーは、マリアの従姉妹ヴァネッサ・シュナイダーによる回想録をもとに、俳優の尊厳と映画業界の権力構造に鋭く切り込んでみせた。

『タンゴの後で』2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT

『ラストタンゴ・イン・パリ』ってどんな映画?

『ラストタンゴ~』は、妻を自殺で失った中年のアメリカ人ポール(ブランド)と、恋人もいる若きパリジェンヌ、ジャンヌ(シュナイダー)の偶然の出会いから始まる。名前も過去も明かさず、空室のアパートで肉体関係だけの関係を築いていく二人。やがてポールは自らのルールを破りジャンヌに心を開くが、ジャンヌはその関係に恐怖と嫌悪を感じ始めていた――。

マリア・シュナイダー(1952-2011)のキャリア

フランス出身のマリアは『ラストタンゴ~』に19歳で主演し世界的に注目を浴びた。過激な性描写が物議を醸し、彼女自身も精神的な苦痛を受けたと後に語っている。同作出演後も映画やテレビで活躍したが、薬物依存やメディアとの軋轢に悩まされ、キャリアは波乱に満ちていた。晩年は俳優の権利擁護にも取り組み、2011年に癌により死去。

“映画という虚構”に目眩ましされた性搾取

『タンゴの後で』は徹底してマリアに寄り添った視点/語り口で、悲痛な心の声を可視化。主演のアナマリア・ヴァルトロメイ(ポン・ジュノ監督『ミッキー17』でハリウッド進出)は当時のマリアに似ているというわけではないのだが、彼女が抱えていた静かな怒りと哀しみを全身に漲らせていて、その危うい存在感を含めて観客の目を奪う。一方、ブランド役のマット・ディロンは尊敬する名優になりきり、ときおり本人と見紛うほどの表情をチラ見せする。

『タンゴの後で』2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT

パルー監督は、19歳の少女には受け止めきれなかったであろう性的シーンの強烈な不快感、ブランドやベルトルッチ監督への不信感を、不意打ちで行われた性的暴行として描写。これは我々にとっても記憶に新しい、映画という虚構の世界で狡猾に目眩ましされた性的暴行事件、それによって明らかにされた性搾取構造そのものだ。

『タンゴの後で』2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT

『ラストタンゴ~』を観ていれば、印象的なシーンの数々をその前後を含め補完するような形で描かれていることが分かるだろう。なかでも“バターを使った例のシーン”は、事前の説明なしに撮影された事実を完全に再現することで、男性が主導権を握っていた映画業界における同意の境界線、権力や搾取の構造を改めて問い直しているように見える。

「ベルトルッチのカメラワークを再現したくなかった」と語るパルー監督は、本作の撮影にあたってインティマシーコーディネーターを雇用し、アナマリアが投げ飛ばされるシーンにはスタントマンもいたという。当然ながら、マリアの時代にはそういったものは一切用意されていなかったわけで……。

『タンゴの後で』2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT

被害者の声を映画として届ける意義

『ラストタンゴ~』は過激なシーンのせいでポルノ扱いされ、本国イタリアですら数年にわたり上映禁止に。さらにキャストや監督が“わいせつ罪”で起訴されたこともマリアを憔悴させ、薬物使用に走らせた。本作では映画公開後のマリアの人生にも多くの時間を割き、屈辱的な経験がキャリアに及ぼした影響まで描ききる。彼女が生涯をかけて訴えてきたことをまるっと映画化し、その苦しみや悲しみ、虚無感を疑似体験させるのだ。

『タンゴの後で』2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT

“表現の自由”はどこまで許容されるのか? なぜ俳優の人権やプライバシーが軽視されるのか? 演技と現実の境界はどこにあるのか――? 70年代のイタリアと同じような搾取構造がいまだにまかり通っているエンタメ界の関係者も、マリアのように理不尽に直面した人々の声に耳を傾けるだけでなく、狡猾で醜悪な構造そのものを破壊するために働きかけるべきだろう。

『タンゴの後で』は9月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開中

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