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鵜住居観音堂で14年目の“復光”祈願法要 震災犠牲者鎮魂、本尊守り地域の力に

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 釜石市鵜住居町の鵜住居観音堂(小山士別当)で6日、東日本大震災犠牲者の鎮魂と地域再生を祈る復光祈願法要が行われた。津波による被害を受けながら、本尊「十一面観音立像」(2012年県有形文化財指定)の修復、お堂の再建を果たし、地域住民の心のよりどころとなっている同観音堂。参列者は14年の時の経過にそれぞれの思いを重ね、犠牲者の冥福、まちの明るい未来を願った。

 法要は当初、3月9日に予定されていたが、大船渡市の大規模山林火災発生を考慮し1カ月延期された。この日は地域住民のほか、本尊修復や観音堂再建に協力してきた関係者が東京や盛岡から駆け付けた。震災後、同観音堂に関わる法要を担ってきた平泉町、医王山毛越寺の藤里明久貫主ら僧侶3人が読経。参列者約30人が焼香し、祈りをささげた。

本尊「十一面観音立像」の模刻・身代わり観音像の前で読経する毛越寺の藤里明久貫主


 藤里貫主は「災害は決して忘れることのできないものとして皆さんの心の中に刻まれる。傷を癒やしながら、しっかり生きていってほしい。亡くなられた方もそう願っているのではないか」と話し、被災者の心情に寄り添った。

 町内の自宅を津波で失い、復興住宅に暮らす女性(77)は「鵜住居に住んで54年。観音様にずっと見守っていただいている思い。周りの皆さんにも支えてもらい、今、毎日を過ごせている」と感謝。大船渡市の山林火災など各地で頻発する自然災害の被災者の身も案じながら、観音様に手を合わせた。

手を合わせ、震災犠牲者の冥福などを祈る参列者


 現在地にほど近い低地にあった前観音堂は2011年の震災津波で全壊。33年に一度の御開帳を守り続けてきた本尊の観音像は、破損しながらも原形をとどめて発見された。同像の調査を続けていた故大矢邦宣さん(震災当時、盛岡大教授)らの尽力で修復の道が開かれ、京都の技師らが作業を引き受けた。大矢さんの発案で14年に模刻の身代わり観音像が制作され、仮の小観音堂に安置。本設再建までの間、同所で犠牲者の供養が続けられた。現観音堂は被災住民の自宅再建が進んだ22年に建立。23年には観音堂の説明看板が市によって設置された。24年には「観音様を守る会」も発足した。

2022年、高台に再建された鵜住居観音堂 写真左下:23年に市が設置した説明看板


模刻像や津波被害から救出された諸仏が並ぶ堂内。法要は今後も続けられる


 別当の小山士さん(81)は「観音像の救出、修復からお堂の再建に至るまで、大矢先生はじめ尽力してくれた多くの関係者のおかげで今がある。法要を続けられている毛越寺の方々、集まってくれる地域住民…。お世話になっている皆さんには感謝しかない。その思いをしっかり受け止め、地域の宝である貴重な文化財を後世に引き継いでいきたい」と意を強くする。法要では、能登半島地震で被災した文化財の修復のため、関係者から「鵜住居の事例を参考にしたい」との問い合わせがあったことも明かした。

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