誤解が消えない水俣病、実際はどういう病気?
ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時30分~17時、火~金曜日15時30分~17時35分)、6月5日の放送にノンフィクション作家の常井健一が出演。昨今、水俣病の誤った情報が発信されていることを受け、「水俣病は伝染しない、移らない」というテーマで解説を展開した。
長野智子「常井さんは水俣病の問題をずっと取材されています」
常井健介「今年は戦後80年、昭和100年ですが戦後政治の最悪の失敗で、昭和が残した最大の宿題は水俣病だと思うんですね。公害の原点という知識や原告企業がチッソ、原因物質が有機水銀などキーワードはわかる。でもそれ以上は知らない、という人は少なくないでしょう。私もそうでした。学生時代、大学のフィールドワークで水俣を訪ねて、水俣病の当事者の方と初めて会ったんです」
長野「そうだったんですね」
常井「じっくり話を聴く機会に何度か恵まれ。作家の石牟礼道子さん、漁師の杉本栄子さん、緒方正人さん、胎児性患者の坂本しのぶさんといった方々の自宅を訪ねて話を伺って。豊かさってなんなんだろう、と。19歳のとき、とことん考えた強烈な原体験があるんです」
長野「そうなんですね」
常井「いざ水俣で会うと、港をバックにして普段着で、熊本弁で、自分の体験談を訥々と語られるんですね。患者さんは逃走しているのではなく、生活しているんだ、と気づいて。自分と同じ生活様式の延長線上で起こった、という考えにいたりました。そのあとも訪ねる度に水俣に学びがあって。40過ぎたいまでも、私の考えの手がかりになっているんです」
長野「家庭教師のトライ(映像教材で『水俣病は遺伝する』と発信)や熊本県宇城市の総合カレンダー(『水俣病は感染症』と記載)で遺伝や感染症といったことが出てきました」
常井「確認しましょう。水俣病は移る、遺伝する、いずれも誤りです。移らないし遺伝もしない、これが正解です。基本知識を共有しておきたいんですが、水俣病の原因は熊本と鹿児島の県境に位置する水俣市にチッソという大手化学メーカーの工場があって。そこの工場排水に含まれていた有機水銀が1932年から1968年、じつに36年にわたって不知火海の水俣湾に無断で垂れ流されていたんですね。もちろん何も知らされていない市民はいつもように近くの海で魚をとって食べ続けていた」
長野「はい」
常井「その魚介類は有機水銀に汚染されています。人間がたくさん食べることで知らないうちに猛毒が体内に入る。脳や神経中枢にジワジワと障害を与えていく。慢性的なめまい、耳鳴り、ふらつき、立ちくらみ。こむら返りが頻発するなど」
長野「ああ……」
常井「そういうことが複合的に起きるんですね。まだ原因不明とされていた1950年代は劇症型と呼ばれる症状が非常に多くて。激しいけいれんを起こして奇声を上げながら、のたうち回って、もがき苦しんだ末に短期間で亡くなる、ということが多発しました。そのうえで今回、熊本県宇城市がカレンダーに感染症だと書いたことは大間違いだといえる。有機水銀をとりこんだ体そのものに引き起こす病気なんですね」
長野「はい」
常井「人から人には移らないんです。言い方を変えると空気や飛沫や接触を通して伝染するものではない。トライの場合、『遺伝する』と誤りました。生まれながらにして赤ちゃんに症状が出る胎児性水俣病というケースはあります。でもこれは妊婦さんが汚染された魚を食べたことで体内に入った有機水銀がへその緒を通じて胎児にとりこまれるのであって、DNAに由来する遺伝ではないんです」