でんぱ組.inc古川未鈴さん「子どもが生まれて、初めて仕事を辞めたいと思った」夫への罪悪感も
産後の体調不良や体力の低下により、思うように働けないもどかしさを感じていませんか。
2025年1月まで人気アイドルグループ「でんぱ組.inc」のメンバーとして活動してきた古川未鈴さんも、一時は「このままフェードアウトしたい」と思うほど仕事へのモチベーションが下がってしまった経験があるそうです。
そんな古川さんに、産後に感じた不安や焦りとどのように向き合ってきたのか、お話を伺いました。
産後、人生で初めて「仕事を辞めたい」と思った
2021年に第一子を出産した後も、でんぱ組.incのエンディングライブまで「現役アイドル」として活動してきた古川さん。ですが、自伝『ツインテールの終わりに、 #未鈴の自伝』(KADOKAWA)では、「初めてアイドルを辞めたいと思った」と産後の心境について書かれていました。
古川未鈴さん(以下、古川):出産前までは「すぐにでも仕事に復帰したい」と思っていたんですが、出産の体へのダメージは想像以上に大きくて......。
出産のときに骨盤の骨(仙骨)の位置がズレてしまったようで、授乳のときなど、子どもを抱きながら座るたびに「いた~いっ!」って叫んでいました。
そんな状況だったので「あれ? 全然仕事どころじゃないかも」と、どんどん不安になっていきました。
エッセイでは、産後2カ月半で徐々に仕事を再開した後も「仕事の連絡が頭に入ってこなかった」という自身の変化について書かれていました。
古川:仕事のLINEを見てもまったく頭に入って来なくて、集合時間や日付を間違えてしまうことが続きました。妊娠中に体重が20キロくらい増えてしまったショックも相まって、仕事と向き合うことを体が拒否していたのだと思います。
これまでのアイドル人生の中で「仕事を辞めたい」と思ったことは一度もなかったのに、初めて「もうフェードアウトしたい」という気持ちが生まれた。そのことに自分自身が一番驚きました。
身体の変化だけでなく、精神的にも仕事に向き合えない状況だったんですね。
古川:産後はみなさんそうだと思いますが、夜も授乳などで3時間に1回は起きるじゃないですか。「また夜泣きがはじまる」という独特な緊張感もあって、夜になると気持ちが落ち込んでしまって......。感染症対策で人との関わり合いがなくなっていたのもつらかったです。
外とのつながりが遮断された孤独な時間の中で、「私の復帰なんて誰も待っていないんじゃないか」というネガティブな考えが止まらなくなる日もありました。
以前は「本当にメンタルが強いね」と言われていたけど、産後は「どうせ私なんか......」と思うことが増えて。自分がこんなに精神的にボロボロになるなんて、想像していませんでした。
再び「仕事がしたい」と思えたきっかけは何だったのでしょうか。
古川:大きかったのは、振り付け師のYumiko先生が私を引っ張り上げてくれたことです。ライブに出たいと思えなかったときに「未鈴、このイベントに出るよ!」って、半ば無理矢理に予定を組んでくれて(笑)。
家まで話をしにきてくれて、私の復帰のためにいろいろ動いてくれるYumiko先生を見ていたら「私も頑張るかあ!」と再スタートを切れました。
元が引きこもり体質だし、誰かに頼ったり相談したりするのが苦手な性格なので、手を引っ張って外に連れ出してくれる人がいて良かったなと。
その後も「どうせ私なんか」となる度に「そんなことない!」と自分を鼓舞して、いろんな人にサポートしてもらいながら、なんとか仕事に復帰することができました。
「ごめんね」から「ありがとう」に変えたら、罪悪感が和らいだ
エッセイには、元モーニング娘。で、現在は3児を育てながらタレント活動を続けている藤本美貴さんとの対談も掲載されています。その対談のなかで「家庭と仕事を天秤にかけることに罪悪感があった」という話がありますが、そのときはどんな状況だったのでしょうか。
古川:わが家は、私はアイドル、夫は漫画家(麻生周一さん)の夫婦です。夫は仕事時間をある程度自分の裁量で決められるのに対して、私はライブやイベントなどの出演時間が決まっている仕事。つまり、私が仕事に行けば行くほど、夫の育児の時間が増えてしまう。
夫から不満を聞いたことはないけど、「夫の仕事の時間を奪ってまでアイドルを続けていいのか」と悩んでしまいました。
一方で、家庭に比重を置くと、でんぱ組のみんなが思うように活動できなくなってしまう。アイドルグループで1人休むのはグループの100%を見せられないということなので、お客さんにもメンバーにも申し訳なくて。
双方に与える影響を考えながら「今日は家庭と仕事のどちらを優先するか」を、毎日選択しなければならず、天秤にかけるようで、それがすごく嫌だったんです。
仕事と家庭、どちらも100%というわけにいかないのは、育児をしながら働いている多くの人の悩みだと思います。
古川:それでも私の場合は、でんぱ組のみんながめちゃくちゃ協力してくれたので、「今日は保育園の時間までに上がらせてもらいます」というお願いなども聞いてもらえて、なんとかやれていました。
でも、その「協力してもらう」っていうことも申し訳なくて......。私のわがままでメンバーの時間も夫の時間も奪ってしまっている。
こういった罪悪感は、きっとアイドルに限らず、働きながら育児をする人みんなが直面する悩みですよね。
その「罪悪感」を完全に解消するのは難しいですよね......。
古川:でも罪悪感について、すごくハッとしたできごとがあったんです。
2024年に、榊原郁恵さんと並木良和さんのラジオ番組『ハートフルラジオ 虫の知らせ』(FMヨコハマ)に出させていただいて。そのときに、榊原さんが「あなた、申し訳ないと思ってるでしょ。申し訳ないは、ダメよ。“ありがとう”よ」と、キッパリと言ってくれたんです。
「ありがとう」という発想がなくて、いつも「ごめんね、ごめんね。申し訳ない、ごめんね」と思ったり言ったりしてきた私にとって、榊原さんの言葉は衝撃的で。
同時に「たしかに『ありがとう』だな」と思えました。「その言葉だけで全然変わるから」と言われたとおり、「ありがとう」に変えるだけでずいぶん罪悪感が和らいだと思います。
それから2025年1月5日におこなわれたでんぱ組.incのエンディングライブまで、お仕事への向き合い方は変わりましたか。
古川:はい。でんぱ組の「エンディング」が決まったことで、いったん、家庭と仕事の天秤について考えるのはやめて、夫に「半年だけマジで仕事を頑張りたいから、家や子どものことは見ていてください」とお願いしました。夫は「もちろんいいよ」と言ってくれて。
私が仕事に集中できるようにしてくれたおかげで、納得のいく形でエンディングを迎えられたと思っています。
世間の優しさを少しだけ信じてみる
「りっすん」の読者には、出産を機に思うように働けないもどかしさを感じている人もいると思います。古川さんから何か伝えたいことはありますか。
古川:私も出口が見えない時期があったので、安易に「大丈夫だよ、頑張って」と言われても聞けなかっただろうし、難しいな……。
私も産後1年かかって、なんとか「よし、仕事頑張るぞ」というフェーズに入れた、という感じでした。
それくらい、多分とっても時間がかかるし、めちゃくちゃ焦ると思います。自分のポジションや仕事、いる意味がなくなっちゃうんじゃないかって。
でも、私が「出産・育児と仕事」をやってみて思ったのは、「世間はそこまで冷たくない」ということ。
私の場合は、Yumiko先生が手を引いてくれたり、メンバーが復帰を待っていてくれたりと、思ったよりもみんな優しかった。「よっしゃ、古川未鈴のポジションを奪ってやろうぜ!」なんて誰も思っていなかったんです。
なかなか難しいかもしれないけど、少しだけ、周りを信じてみるっていうのはどうでしょうか。
人に相談したり頼ったりするのが苦手だったという古川さんが「信じてみる」と思えるようになったのは、大きな変化のように思います。
古川:周りのことを気にするとか、人を頼るとか、そういう人間能力が上がったのは、結婚・出産を経たからこそだと思います。
仕事観もかなり変わりました。これまでは「でんぱが人気になれば、他のことはどうでもいい」と思っていたけど、「他のこと」もどうでもよくなくて、関わる人たちのたくさんの“気持ち”があってこそ仕事って成り立っているんだなと気づきました。
かつての古川さんと同じように、自信を失くして「どうせ私なんか」と思ってしまう人も少なくないと思います。古川さんはそのような気持ちとどう向き合っていましたか。
古川:「どうせ私なんか」という気持ちが今はないと言ったら嘘になるんですけど、私はそれを無理矢理かき消しています。「どうせ私……、いや、違う違う違う!」みたいに。
自分のことを考えている時間が一番長いのって、やっぱり自分だと思うんです。自分のことを「良くしよう」と一番頑張っているのも自分。だから、その気持ちや意見を大事にしてあげないといけない。
自信がなくなると「どうせ」と考えがちだけど、せめて自分だけは自分の味方でいてあげたいなと思うようになりました。
出産・育児の経験から新たな気づきを得た古川さんにとって、この先の「仕事」との向き合い方はどう変わっていきそうでしょうか。
古川:長くやってきたでんぱ組がなくなって、これからどうやって生きていくのかなって最初はすごく不安でした。でも、いざエンディングを迎えてみたら、ラストライブの翌日から「よし、やるぞ!」と前向きな気持ちになれている自分がいたんですよね。「よし、子どものために稼ぐか!」と。
もし結婚や出産がないままエンディングを迎えていたら、いまのように前向きではいられなかったかもしれません。
「でんぱしかない私」の人生もそれはそれで面白かったと思うけど、今回の人生では「仕事と家庭のある私」としてアイドル人生を終えることを選びました。
「第二の人生」のはじまり、という感じですね。
古川:いまはきっと、人生で何度かしかない心機一転のタイミングなんですよね。自分の人生を見つめ直して、心から「これをしていたら楽しいんだ」と思えることを見つけたい。
もしそれが誰かのためになるのであれば、すごく幸せなことです。そんな幸せを見つけていける人生にしたいなって、なんとなくいまは思っています。
取材・文:むらたえりか撮影:曽我美芽編集:はてな編集部
お話を伺った方:古川未鈴さん
9月19日、香川県高松市生まれ。愛称は「みりんちゃん」。2008年に「でんぱ組.inc」の前身グループ「でんぱ組」として活動をはじめ、でんぱ組.incではセンターを務める。2019年に結婚、2021年に出産のため産休に入り、翌年に活動復帰。2025年1月5日に、でんぱ組.incがエンディングを迎えて16年の活動の幕を閉じる。現在は、ソロで活動。子育てをしながらイベントや配信などに出演している。