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1歩目の踏み出しで勝負は決まる~プロサッカー選手・佐々木翔選手が語る、アジリティの重要性

サカイク

35歳の今もハイパフォーマンスを維持し続ける、佐々木翔選手。守備の要として、相手との競り合いで圧倒的な強さを見せ、昨年はJリーグベストイレブンにも選出されました。ピンチの場面での冷静な判断力、素早い寄せと体を張ったディフェンス、そして怪我知らずのタフさ。これらの根底にあるのが「アジリティ」(敏捷性)だと言います。

プロ1年目のヴァンフォーレ甲府時代、谷真一郎コーチとの出会いが、佐々木選手のアジリティ向上の転機となったそうです。

サッカー界では"重要"と言われながらも、深く掘り下げられてこなかったアジリティの実態とは? 佐々木選手と谷コーチとの対話を通じて、その本質と実践法に迫ります。(インタビュー・文 鈴木智之)

 

■サッカーのプレー中、アジリティは常に関わっている

[谷]

まずは今回のインタビューが実現して、うれしく思います。サッカー界では「アジリティが重要」と言われていますが、実際は深堀りされていないのではないか。日々、現場で指導していて、そう感じます。

そこで、プロの第一線で長く活躍している翔がどう考えているか。アジリティをどう捉えているか。そこを話してもらいたいと思います。これまでヴァンフォーレ甲府時代に一緒にトレーニングした、山本英臣、柏好文に登場してもらって、ラストが翔ということで、よろしくお願いします。

[佐々木]

谷さん、お久しぶりです。今回は自分の考えが話せるということで楽しみです。よろしくお願いします。

 

――最初の質問ですが、サッカーのプレー中にアジリティが必要だと感じるのは、どのような場面でしょうか?

 

[佐々木]

僕の中ではサッカーのプレー中、アジリティは常に関わっているという認識です。僕はディフェンスなので、ピンチのときや自分の予測や思考から相手のプレーが外れたときに、アジリティを使って対応することが重要になってきます。

シンプルに言うと、左だと思っていたものが右だったときに、いかに自分の体をそちらにアジャストさせるか。また、新しい思考に対応するために、体を素早く、スムーズに動かすことができるかが重要だと感じています。 競り合いや相手に対応する際に、体勢や姿勢が崩れないこともアジリティだと思いますし、その中でさらに出力を上げていく部分にも、アジリティは関わってきます。

 

――アジリティに関して、意識し始めたのはいつ頃からですか?

 

[佐々木]

これはお世辞でもなんでもなく、ヴァンフォーレ甲府で谷さんと出会った頃からです。きっかけとして記憶にあるのが、僕はプロに入った当初、天然芝に慣れていなくて、足を滑らせることが多かったんですね。出力を上げたいけど、足の踏み方が悪いのか、滑ることがありました。そこで谷さんと話をして、出力を上げるために、地面に対して正しく足を着くことやステップワーク、体の使い方、動かし方のトレーニングをしました。そこで「アジリティひとつで、プレーがこうも変わるんだ!」と感じたのは覚えています。

 

――プロ入り当初、人工芝と天然芝の違いに苦戦したことが、アジリティに目を向けるきっかけだったのですね。

 

[佐々木]

はい。大学時代は人工芝でトレーニングや試合をすることが多くありました。人工芝は関節に負担が来る反面、グリップが利くんです。多少、無理な方向転換が可能なので、大学生で体も動く時期だったこともあり、そのような形で出力を出していたんだなと、いまになってわかります。

プロになると、すべての練習、試合が天然芝で行われます。普段のプレーは問題ないのですが、無理な角度や難しい体勢で出力を上げるとなったときに、いままでとは違う、正しい地面の踏み方をしないと、自分のプレーができないと感じました。

若い頃は「なんで滑るんだろう?」くらいに思っていたのですが、いま思うと、足の着き方や地面の踏み方と、出力を上げるときのパワー発揮のバランスがうまくいっていなかったのだと思います。

 

■即効性を感じた、アジリティトレーニング

――当時、どのようなトレーニングをしたのでしょうか? 

 

[佐々木]

自分がスリップするシチュエーションを分析して、ラダーを使って足の着き方、地面に対する角度などを改善していきました。トレーニングとしては、出力を落とさずにラダーのマスを踏んで進み、最後に谷さんがランダムの方向にボールを投げるので、素早く対応して出力を上げる。アジリティと強度をテーマにトレーニングしていました。

[谷]

甲府に来た頃は、よく滑っていたよね。ルーズボールに反応して、スピードを持って出なければいけないときに、ズルっと滑って出遅れたり。パワーポジションの概念がなかったので、足幅が広すぎて、素早く対応できなかったり。ただ、翔は飲み込みが早かったんですよ。

[佐々木]

そうですね。時間がかかった記憶はありません。むしろ即効性を感じました。それこそ、足の着き方一つでこうも変わるんだって。いまも谷さんに教わった、地面に対する足の着き方をはじめとする動作はパーフェクトだと思っています。とくにディフェンダーとしては、前後左右への進み方、出力の出し方として、ベストのやり方だと思って実践しています。

[谷]

トップレベルの選手はアジリティに対してこう考えていて、だからこそ長い現役生活を通じて、高いパフォーマンスを発揮できていることを知ってもらいたいです。サッカー界では「アジリティが大事」と言われていますが、翔が言ったようなことがスタンダードになっていないんですよ。そう考えると、プロ1年目の翔のように、伸びしろを残している選手がたくさんいると思います。そのような選手にとって今回のインタビューが、さらにレベルを上げるためのきっかけになればいいなと思います。

[佐々木]

それは本当に思いますね。

[谷]

滑っていた状態から滑らなくなると、判断基準が変わるよね。判断基準が変わるとパフォーマンスが一気に上がる。アジリティは選手として成長するために、必要な要素です。ディフェンダーはリアクションで動く場面もあるので、相手についていくときに姿勢を崩せません。そこで膝と足首のクッションを使わず、地面からのパワーをもらって素早く方向転換し、スピードを上げる。そして行きたい方向に正しく足を着くことができれば、有利な状態で守備ができるんです。

[佐々木]

そこは非常に重要なところですね。ディフェンスって、相手に対して下がりながら、リアクションしつつ、状況によっては出力を上げて加速することもあります。それこそ、地面に対してパワーをもらうために踏む足と、方向転換するために着くための足は違います。その強弱も含めて、普段からトレーニングを積んでおかないと、とっさの場面ではできません。そこは継続することによって、身につく部分だと思います。

 

■アジリティがプレーのベース

――佐々木選手はプロになって14シーズン目を迎えています。長くトップレベルを維持し、パフォーマンスを発揮し続けることとアジリティの関連性は、どのように考えていますか?

 

[佐々木]

アジリティはディフェンスの場面において、常に必要なものです。守備のときに、常に真っ直ぐ走っているのかというと、そうではありません。ポジションを修正するために微調整したり、ボールが出ると思って前に出たけど、出なかったので戻ったり。相手のくさびのボールに対して、寄せに行くアクションなど、細かなプレーすべてに発揮するものだと思います。そこが自分のプレーのベースになっているのは間違いありません。

長く現役を続けていると、スピードが落ちてくるとか、身体がしんどくなることもあるでしょう。自分自身、特に能力が落ちているとは思っていませんが、正しいポジションがとれて、正しい身体の向きから、正しいスタートが切れるといった、細かな積み重ねを高いレベルでできているからこそ、35歳になってもやれているんじゃないかなと思います。

 

――年齢を重ねてもハイパフォーマンスを発揮し続け、2024年はJリーグベストイレブンに選出されました。

 

[佐々木]

対戦相手の選手、監督も含めて、たくさんの人が投票してくれたので、非常に嬉しかったです。あとはチームの順位も非常に大きいと思いますし、それこそやり続けてきたからこそもらえたものだと思います。僕の中では去年一年のパフォーマンスというよりは、ここまでのプレーが評価されて、選んでもらえたのかなと思います。

 

■怪我からのリハビリで学んだこと

――2016年に不慮のタックルを受けて右膝前十字靭帯断裂の大怪我を負い、2シーズン戦列から離れました。その間、アジリティトレーニングで意識していたことは?

 

[佐々木]

ケガから復帰する、リハビリの過程でかなりアジリティのトレーニングをしました。ステップの際の回転や地面に着いた時のひねりなど、膝には複雑な動きが求められます。長期離脱からプレーに戻るために、アジリティのトレーニングは非常に重要でした。

やっていて思うのは、筋肉には大きな部分だけでなく、細かい部分もたくさんあります。アジリティトレーニングは、細かい筋肉を支えることや刺激を入れることにアプローチすることができます。チームとしても、ウォーミングアップでラダーのトレーニングをしたり、ステップのトレーニングをしています。それは怪我予防として、非常に有効だと感じています。

僕自身、プロ入ってからアジリティのトレーニングを続けてきました。どこまで関連性があるかはわかりませんが、幸いなことに筋肉系の怪我は一度もありません。プロ1年目からトレーニングを続けてきたからこそ、細かい筋肉もしっかりと使えるようになっていて、大きな筋肉に負担をかけることなくプレーすることができているのではないかと思っています。

[谷]

動きの効率が上がっているから、体に余計な負担をかけることなく、プレーできているんだと思う。その結果、怪我がなく、長く現役ができている。それもアジリティトレーニングの成果だと思うよ。

[佐々木]

僕は実感しているので、アジリティが大事だと声を大にして言えるのですが、きっかけを認識できない人たちは、なかなか理解が進んでいかないのかなという思いもあります。アジリティの重要性を説くのって、難しいじゃないですか。スタンダードのレベルをいかに上げるか。そこが大事だと気がつくか、気づけないまま終わるのか......。サッカー選手としては、重要なポイントだと思います。

[谷]

これだけアジリティが大事だ言われているのに、なぜ深掘りしないのか。そこにジレンマがあります。翔を始め、プロ選手のみんながどう考えているかを知ることで、アジリティに注目する人も増えてくれればと思っています。単純な話で、正しい動きができるとエネルギーのロスも減るからね。

[佐々木]

それは間違いないと思います。試合中は常に細かい動きを繰り返しているので、体の向きを変えることやターンにフォーカスするだけでも、大きな違いだと思いますし、出力を上げていく上ではさらに重要になってくると思います。

僕自身、リハビリの過程でもアジリティトレーニングをしてきたので、足の着き方や動作のレベルは相当上がったと思います。この年になって筋肉系の怪我がないのは珍しいと思いますし、自分の魅力でもあると思います。プロ選手としてのキャリアという視点で見ても、怪我をしないで試合に出続けられるのは、非常に大きなことだと思います。

 

一つひとつのプレーを丁寧に

――プロサッカー選手として、子どもたちにアジリティ向上に関してアドバイスをするとしたら、どのようなことを伝えますか?

 

[佐々木]

まずは丁寧にやること。そこが重要かなと思います。早くやることも大事ですが、早くやると変なところに力が入ったり、動作がサッカーと遠くなる可能性があります。まずは体の向きや足の着き方などを丁寧にすることを心がけて、そこからスピードアップを目指すのがいいのかなと思います。 

たとえば「足を着く」と言っても、つま先だけチョンって着くことで、早く動こうとする子もいるでしょう。でも試合中、つま先だけ地面に着けて、方向転換できるかと言えば、そうではありません。方向転換をするにしても、出力を上げるために、どうやって地面から反発をもらうのか。そのためにどう足を着くのかといったところまで、意識しながらできるようになるといいですね。

[谷]

プロ選手に「アジリティについて喋ってください」と言って、これだけ喋れる選手が何人いるか。

[佐々木]

僕はこういう話をするのが好きなので喋れます。理論的に考えるタイプなので。特にディフェンダーとしては大事なんじゃないですかね。パーセンテージを取りながら、守備をしなきゃいけないときもありますし。

[谷]

理論が整理されてないと、上手くいかなかったときに「調子が悪い」とか、あいまいな言葉に逃げがちですが、翔の場合は理論的に整理されているから、プレーが上手くいかなかったときに原因がわかるんです。

[佐々木]

僕にも「調子が悪いから滑った」と思っていた時期がありました。「取り替え式のスパイクを履いているのに、なんで滑るんだよ」って(笑)。もちろんスパイクも大事ですが、谷さんにはそれ以上にやれることはたくさんあると教わりました。

[谷]

今回の記事は育成年代の選手だけでなく、プロ選手にも読んでほしいですね。例えばチームの若い選手が、どれだけ重要性を理解して、ステップワークのトレーニングをしているか。

[佐々木]

ステップワークのトレーニングは万能なんじゃないですか。チームのトレーニングでも、アジリティやステップ系は必ず入っています。ベースとして非常に重要なところである分、わかりにくい一面もありますよね。プレーを見ていて「この選手のアジリティ・ステップはすごかったよね」ということはそうないと思うので。

なので、こうやって記事にしていただいて、皆さんに読んでもらうことで「アジリティって大事なんだ」という気づきになればいいなと思います。

[谷]

みんながどんな意識でトレーニングしたり、プレーしているかを知ってもらうと、見方も変わってくるかもしれないね。

[佐々木]

そうですね。アジリティはちょっと意識すれば、大きく変わることではあると思いますが、そこに気がつくかどうか。その差は大きいと思います。

 

大切なのは「1歩目」と体の当て方

――最後にうかがいたいのですが、佐々木選手のプレーで、相手に素早く寄せてインターセプトしたり、フィフティ・フィフティのボールを体を使ってマイボールにするプレーがあります。そこをアジリティと絡めて説明すると、どういうコツがありますか?

 

[佐々木]

最初に思い浮かぶのは「1歩目」ですね。それこそ谷さんと取り組んでいた、滑らず、出力を出すための足の踏み方、ステップがベースになります。1歩目でキュッと出力を上げて、相手に寄せることが加速のポイントです。 

自分のプレーの中で、相手に対する体の当て方は、非常に重要な部分だと思っています。僕は体重がある方ではなく、実際に72kgぐらいです。そうなると、力勝負で勝てない相手はいくらでもいます。そこでいかに自分の力を、相手が不利になる方向に当てるかを重視しています。

当たる時に、いかに自分の力を相手に伝えるか。単純に押し合うだけでなく、相手の体勢を見て、どの角度から押すか。相手が40%、50%しか力を出せない瞬間に、僕が70%、80%の力でアタックすることができれば、勝負に勝てます。その動作をする上で、足の着き方や着く位置は非常に重要だと思います。

 

――トレーニングしていくうちに、意識せずに自然とできるようになっていくのでしょうか?

 

[佐々木]

そうですね。試合では、意識している時点でプレーが遅れてしまいます。日々トレーニングに取り組む中で、体に染み付いてきて、無意識にその動作をできるようになるという流れです。

 

――佐々木選手のプレーを見るときは、一歩目の踏み出しと、相手がどういう体勢の時に体をぶつけているのかに注目したいと思います。

 

[佐々木]

すごくわかりにくいところですが、そのマニアックなところで僕は勝負していますし、これを理論的にというか、言葉で説明できるのが、僕の生命線の一つだと思います。

 

ベーシックな部分をやり続けてきたからこそ、今の自分がある

[谷]

前々から、アジリティについて翔がどう考えているのかを聞いてみたかったんだけど、想像していたよりも、よく考えているなと思いました。年齢的には35歳だし、まだまだいけるでしょ?

[佐々木]

やらなくなったら落ちちゃうと思うので、試合をやれているうちが花だと思います。リーグ戦とACL2の過密日程でしたが、この年になっても連戦でパフォーマンスを出せているのは、ベーシックな部分をやり続けてきたからこそ、いまの自分があると思っています。

[谷]

多くのプロ選手に、この言葉を聞いてもらいたいね。

 

――こういう話をするのは好きな方ですか?

 

[佐々木]

めちゃくちゃ好きです。自分の考えを口にするのは面白いですよね。話すことで整理もされるので、本当に大事だと思います。

 

――ありがとうございました。

 

[佐々木]

いやいや、こちらこそです。すみません、喋りすぎて。

[谷]

アジリティについてうまく喋るのは難しいけど、こうやって話ができる選手は、なかなかいないと思うよ。

[佐々木]

そうですかね。

[谷]

そうだよ。成長の証だな。

[佐々木]

ちょっとは成長したかなと思います。なんせ最初に谷さんとトレーニングしてから、10年が経ってますから!(笑)

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