第15回 [特別番外編]岐路に立つ新日本プロレス ~ 今後の体制の活性化に向けた秘策を提言 ~
本来であれば、AEWで活躍する日本人の選手の活躍ぶりを紹介するのが、このコラムのテーマである。だが、今回は番外編として、先ごろ開催された新春恒例の一大イベント、1.4「WRESTLE KINGDOM 19」、ならびに翌日の1.5「WRESTLE DYNASTY]」において顕著に浮き彫りになった、新日本プロレス(以下、新日本)が抱える団体としての問題点を独自の視点で考察し、かつその打開策を提言してみたい。
■混乱を招く要因である、多過ぎる王座の数
読者に一つ質問がある。
現在、新日本という団体の中で、王座のベルトを保持しているチャンピオンは一体何人いるか、その数をご存じだろうか。すぐに答えを言い当てられる方は、相当マニアックかつレアな新日本マニアと言うほかない。「10人ぐらい」と考えた方は、まだまだ甘い。なんと、今現在18人ものチャンピオンがひしめいているのだ。
無論、これはタッグやトリオのいわゆるチームを一人ずつ数えたものであるが、王座の数だけでいっても実に13もの別々の王座で、それぞれにチャンピオンを認定している。率直な印象として、あまりにも多過ぎると感じられはしないだろうか。
百歩譲ってこれらの王座が、誰でもすぐに名前が浮かぶほどファンに浸透していれば問題ではないのかもしれないが、ことに東京ドームといった大舞台の会場を使用して、一般のユーザーにも新日本を広く認知させたいと考えるのであれば、あまりに膨大な数に上り過ぎていると言えるだろう。加えて、団体内で共闘するグループも、8~9つのユニットが常時存在している有様だ。
■肥大化したロースターを持て余す現状を打破すべき
王座にしてもユニットにしても、これだけ多くが混在してしまっていては、一体それぞれの王座にどれだけの価値があるのか、あるいはユニット同士のどれとどれが敵対関係にあるのか、ということもすぐには把握できないのが事実だろう。そして、このことにプロレス関係マスコミやファンでさえも、その弊害を指摘する声は聞こえてこない。
もちろん、数多くの所属選手を抱える巨大ロースター故のジレンマは、なにも新日本だけの問題ではなく、このコラムでも紹介してきたAEWにおいても、それゆえの同様の弊害を招いている。さらに今回、この両団体が連日に渡って興行を行うという段に至って、早急に何らかの対策をしなければならない大問題に、筆者としては感じられたのだ。
あまりに多すぎる王座、ユニット、巨大ロースター、そして会場としてのドーム興行の難しさ。ここまで指摘してきた点は、新日本やAEWの団体を問わず、今後の存続と発展のためにはぜひとも改善したい事態であることは、お分かりいただけたかと思う。
また当コラムは、現状の問題をあげつらって、ただ不満を言ってこき下ろすだけの存在であってはならないとも感じている。そこで極めて大胆ながら、新日本における問題解決のための一つの提言を、ここで行ってみたい。
つまるところ、新日本という団体の「2ブランド化」の提言だ。
■同一団体内の2つのブランドを実践するWWE
「ブランド」と聞いて勘のいいファンの方は、すぐに参考にすべきある団体のことが思い当たることだろう。そう、世界最大のアメリカプロレス団体、WWEだ。
WWEには、RAWとSMACKDOWNという2つのブランドが並立し、同一の団体でありながらもそれぞれ全く別のスタイルで興行を行うスタイルを確立している。これには、それぞれ両ブランドを放映する全米ケーブルテレビ局の存在が不可欠な要素だ。WWEは一つの団体でありながら、RAWとSMACKDOWNのそれぞれをまったく違うテレビ局のプログラムとして放映している。両者共に違う熱狂的なファンを抱えつつも、WWEとして統一したブランドを保つことに成功を収めている、極めて稀有な団体なのだ。
この両ブランドにおいては、原則的にRAWに所属するレスラーはSMACKDOWNに登場することはなく、また逆もしかりだ。それだけ完璧な棲み分けがなされており、両者が人気の凌ぎを削る敵対関係のような雰囲気も醸成している。さらには、年に一度、両ブランドがドラフトという形で所属レスラーの入れ替えがあり、それ自体もイベント化しているという手の込みようだ。
そしてなにより、この両ブランドが同時に一同に介して開催される興行こそが、PLEと呼ばれる有料のPPV大会という仕組みなのである。巨大ロースターを逆手にとって、団体内の所属レスラーを明確に分け、それぞれがお互いをライバル団体のような位置づけで成立させ、ファンの熱狂を誘っている、まさに考え抜かれた戦略なのである。
■新日本にあてはめられる2ブランド構想
このアイディアを、新日本の団体内においても取り入れて活性化を図るというのが、筆者の考える提言だ。無論、すべてWWEの方式を取り入れれば成功は約束されるなどという甘い妄想は、さすがに筆者としても持っていない。もとより新日本はテレビ朝日という特定の放映権を持つテレビ局と繋がっており、ブランドを分けたからといって番組ごとに、違うスポンサードのテレビ局と契約するということは、特にテレビ離れが顕著な現状においては、かなり荒唐無稽な話といえるだろう。
なので、2ブランド化はあくまで所属レスラーとユニット、さらには団体内に増えすぎた王座を等分に分割する手段として機能させ、それぞれが独自の興行を行うべき、というのが今回の提言の骨子だ。IWGP世界ヘビー級王座を頂点にしたスタンダードなブランドは従来通り残す一方で、近年新設されたGLOBAL王座を頂点としたもう一つのブランドを新たに構築する。この両者に、王座もレスラーも均等に振り分けて両ブランドの敵対関係を醸成させつつ、それぞれのブランドの価値を高めながら、個々の興行を行っていくスタイルに移行させるというものだ。
具体的には、IWGPブランドには、世界ヘビー、ジュニアヘビー、タッグ、ジュニアタッグ、女子の5つの王座。対するGLOBALブランドには、GLOBAL王座、STRONG王座、STRONGタッグ、NEVER無差別級、STRONG女子の王座をそれぞれ配置し、双方のブランドにランクとして同等の価値を持つ王座を配する形だ。GLOBALブランドには、似通った王座が存在するため、シングルとタッグの各ジュニアの王座を新設し、他の王座と糾合するのが望ましい。
こうしてそれぞれに同等のランクの王座、チャンピオンが君臨するという形になれば、お互いのブランドを違和感なく対比することができ、しかもブランド同士のライバル関係といった構図をも醸し出すことができるはずだ。さらに、ブランドごとの興行がバランスよく交互に行われれば、現在のように特定のトップ選手ばかりが出場する状態を回避することで、選手達の疲労に伴う怪我のリスクも軽減でき、逆に試合が組まれないことで休眠状態のような扱いになってしまう選手が居なくなるという点でも、メリットは大きいだろう。
ちなみにだが、この2ブランド化において、ことさらに試合以外のプロモなどを増やすなどの、いわゆる「エンタメ路線」という考えは省くべきだろう。かつてエンタメプロレスを標榜し、様々な試みの団体が現れたが、そこは日本人の国民性の点で一過性のものとして消えていったという経緯がある。
■”現状維持のための否定”では何も生まれない
これは、現時点で存在している王座を無造作に半減して糾合することで起きることが予想される、王座を保持するレスラーはもとより、ファンに対して混乱を招かないようにする配慮の面も含まれている。
かつて新日本には、”白いベルト”と呼ばれるインターコンチネンタル王座というものが存在していたが、2021年に旧来のIWGP王座と統合し、IWGP世界ヘビー級統一王座とされたことは、記憶に新しいところだが、その際にもそれまでの白いベルトにまつわる歴史が無に帰してしまうかのような感慨に陥ったファンも少なくなかっただろう。そしてその統合が故に、団体にとって多くの実りをもたらしているとは言い難い状況だ。
この2ブランド化が現実のものとなれば、現状でお世辞にも分かりやすいとは言えなかった、王座やユニットの存在の多さによる問題がまずは解消され、さらにそれぞれのブランドに特化したファンを生み出す可能性にも繋がる。加えて、両ブランドの決着戦ともいうべきマッチメイクを一年にたった一回だけ、東京ドームの舞台で開催するというスタイルにすることで、ファンにとって1.4への観戦の意義が、極めて分かりやすいステータスとして訴求できることになる。ちょうど開催地である東京ドームで例えるなら、NPBにおける最終的な決着戦である日本シリーズの舞台と考えてもらえれば、イメージがつきやすいのではないだろうか。
G1クライマックスやニュー・ジャパン・カップを筆頭に、新日本におけるシリーズごとの目玉興行においては、この両ブランドをどのように構造化し、運営していくかという面への課題は数多くあるのは承知している。しかしながら、常に2つのブランドがせめぎ合うという、ファンにとって極めて分かりやすく、さらにファンではない一般ユーザーにとっても把握しやすい構造は、今後の団体運営における一つの起爆剤になるのではないかと、筆者は考える次第なのである。
■「破壊なくして創造なし」
新日本は、昨年のオカダ・カズチカの電撃的な移籍劇を挙げるまでもなく、ウィル・オスプレイ、ジェイ・ホワイトがAEWへ、古くは中邑真輔、カール・アンダーソン、直近ではタマ・トンガ、ヒクレオがWWEへと、相次ぐ海外マットへの離脱を経験している。
業界の活性化と言えば聞こえはいいが、日本プロ野球のNPBにおける優良選手が、こぞってMLBを目指す構図を今後も止めようがないのと同じように、新日本を筆頭にプロレス界においてもその流れは、もはや不可避の状況だろう。だからこそ、現状維持というぬるま湯に甘んじることなく、新たな試みを矢継ぎ早に行っていくことで起こる新陳代謝にこそ、日本プロレス界の雄として活路を見出していくべきではないだろうか。
「ピンチは最大のチャンス」という。「破壊なくして創造なし」というけだし名言も、このプロレス界には残っている。
かつては、プロレスの真の強さを証明しようとぶち上げた「異種格闘技戦」を皮切りに、数々の施策を行ってその都度盛り上がりを見せてきた新日本プロレス。マッチメイクの混乱期や選手の大量離脱などに見舞われ、あるいはセンセーショナルな総合格闘技・MMAブームの中で低迷という困難を経験しつつも、結果的に現在も日本プロレス界の雄としての地位を誇っている、唯一無二の団体といえるだろう。
だが、今回の東京ドーム2連戦が、集客や話題性といった客観的なデータにより、「世界を変える2DAYS」と大々的に銘打ったほどの強烈なインパクトを残せなかった事実を考えれば、今後より危機感を持って団体運営をしていくことが、今の新日本には不可欠な事案であることはおのずと目に見えている。この危難をこそ逆転の一撃に変えてみせることこそ、本来プロレスが持っている魅力であり、ファンが最大の喝さいを贈る真の醍醐味ではないだろうか。
長年の一プロレスファンとして、大いなる決断と変革を期待してやまない。
岩下 英幸
(いわした・ひでゆき)
AEWインフルエンサー。ゲームクリエイター。1970年、千葉県生まれ。幼い頃からゲームセンターやファミコンに親しみ、それが高じてゲーム業界入り。プロレスを題材に開発した「バーチャル・プロレスリング」シリーズが国内外で高い評価を獲得し、米ゲームエキスポ「E3」では、格闘ゲーム部門の最優秀賞を2年連続で受賞する快挙を達成。現在、奥深いプロレス知識をもとにAEWにまつわる執筆活動中。最新作は2023年製作の「AEW : FIGHT FOREVER」。