ジェフ・ベック トリビュート・ライヴ・レポート 2025.2.11@有明アリーナ
ジェフへの思いが指先に伝わって醸し出されたような演奏
2023年1月10日にジェフ・ベックが亡くなってから2年が経つ。彼の死の衝撃と、その日から続いた悲しみを乗り越え、ジェフが遺したものを敬愛し、慈しみ、永遠のものとしていきたいという思いが、ファンの間に強まってきたことを感じる今。日本を代表する3名のギタリストによるジェフ・ベック・トリビュート・ライヴが行なわれたことの意味と意義の大きさは、果てしない。
“A Tribute to Jeff Beck by Char with HOTEI and Tak Matsumoto featuring The Jeff Beck Band -Rhonda Smith, Anika Nilles, Jimmy Hall & Gary Husband -”は、2月11日、有明アリーナで開催された。Charをホストに、布袋寅泰、松本孝弘が参加、バックを務めるのはジェフ・ベック・バンドという豪華な布陣。ロンダ・スミスは2012年からジェフのバックを務めた、腕もあれば華もある姐御肌で頼れる女性ベーシストだ。アニカ・ニールズはドイツ出身で、2022年に行なわれたジェフのヨーロッパ・ツアーに参加したパワーとグルーヴを兼ね備えた注目の女性ドラマー。ゲイリー・ハズバンドはジェフとの共演経験もあるジャズ・ロック/フュージョン系のトップ・ドラマーで、キーボーディストでもある(今回はキーボーディストとして参加)。そして、ヴォーカリストのジミー・ホールはジェフの1985年作品『FLASH』に参加、それ以降も来日公演を含むジェフのライヴで何度もゲスト・シンガーを務め、ジェフ・ファンからは昔馴染みのような存在だ。
最初に登場したのは、もちろんChar。ヒョウ柄のジャケットに、ホワイトのジェフ・ベック・シグネチュア・ストラトが映える。「やはり今日はこのギターで来たか!」と多くのファンが喜んだことだろう。オープニング・ナンバーは1976年のアルバム『WIRED』の冒頭を飾ったジェフの代表曲のひとつ、「Led Boots」で、スリルとスピード感満点の演奏が満員の客席に向けて放たれていく。太く艶やかでありながらグッと前に出るCharのトーンはかなりジェフに寄せている気はしたが、それは機材やセッティング云々ではなく、弦を弾(はじ)く位置やその強弱などジェフの原曲を熟知し尽くしているからこそであり、さらにはジェフへの思いが指先に伝わって醸し出されたもののように思える。ハーモニクスやアーミングなどジェフから強く影響を受けているCharだが、ここではあえてそれらを──Charの中で咀嚼し、解釈し直したプレイではなく──受けた影響そのままに表出させているように思え、そこもまたこのライヴならではの感動を与えてくれた。
2曲目は1968年リリースの『TRUTH』から、「Beck’s Bolero」。『TRUTH』は第1期ジェフ・ベック・グループ(以下JBG)によるものだが、ジェフのソロ名義作であり、中でもこの曲はジミー・ペイジ(g)、ジョン・ポール・ジョーンズ(b)、キース・ムーン(dr)、ニッキー・ホプキンス(piano)と録音したものだ。ここでは原曲に準じて、Charとしては珍しくスライド・プレイも聴かせてくれた。その伸びやかさもまたジェフ譲りだ。
3曲目の「Rice Pudding」は第1期JBGの『BECK-OLA』(1969年)から。Charの切り裂くような鋭いトーンでのエモーショナルなプレイと、ゲイリーのジェントルなピアノの対比ぶりが見事だった。ここでジミー・ホールが登場し、「Morning Dew」。これも『TRUTH』からだ。オリジナルはロッド・スチュワートが歌っており、ジミーもロッドを意識したかのような声の張り具合で歌い上げる。今回、第2期JBGの曲がアンコール以外になかったのは、ジミーの個性がブラック・フィーリングの濃いボブ・テンチ(vo)よりもロッドのほうに近いから…という判断があったのかもしれない。
続く「Wild Thing」(オリジナルはザ・ワイルド・ワンズで、ザ・トロッグスのヴァージョンが有名)はジミ・ヘンドリックスのヴァージョンで、ジェフはこれを1986年に新録シングル盤として唐突にリリース。国内盤は伝説の軽井沢公演を含む日本ツアー(ジミー・ホールも帯同)の“来日記念盤”となった。このシングルでのシンガーは不明だが、エフェクトで大幅に加工したジェフのヴォーカルだろうか。この選曲には、ジェフと同時にジミに対しても敬意を表したいというCharの意識が窺えるし、それは後で再び「Little Wing」でも表されることになる。ここでは、ジミーのシャウトに絡むCharの自由なプレイが印象的だった。
ここからの2曲は、Charに代わって松本孝弘が登場。最初はジェフの永遠の代表曲、「Cause We’ve Ended As Lovers(哀しみの恋人達)」(1975年『BLOW BY BLOW』収録)。松本はオリジナルにかなり近い形で、レスポールを使って丁寧に、かつ情感を込めて弾く。そこにはジェフへの深い敬意と愛情、そして彼が遺した名演をなるべくそのまま継承したいという思いが感じられた。頻繁にピックアップを切り替えて、この曲でのジェフのトーン・ニュアンスに限りなく近づけていたことからもそれが分かる。そして、2曲目の「Too Much To Lose」(1980年『THERE AND BACK』収録)では、やはりジェフのオリジナルのギター・ソロを踏襲しながらも、そこに自分の味を加えながら見事なプレイを聴かせてくれた。
ここで再び、ジミー・ホールをフィーチュアしてのCharのコーナーとなる。ベック・ボガート&アピスの「Superstition(迷信)」(1973年『BECK, BOGERT & APPICE』)は、ティム・ボガート(b)とカーマイン・アピス(dr)とともにCBA(Char, Bogert & Appice)としてツアーをしたことがあるCharにとって、当然の選曲だろう。だが、アレンジはクラビネットを活かして、ステーヴィー・ワンダーのオリジナルのフィーリングを感じさせるファンキーなものになっており、ここはゲイリー・ハズバンドの腕の見せ所でもあった。本当に楽しそうに、伸びやかに演奏するCharの姿も印象的。
続く「Jailhouse Rock」は『BECK-OLA』収録曲だが、言うまでもなくオリジナルはエルヴィス・プレスリー。こうしたロックンロール・ソングではジミーの本領がより発揮され、ゲイリーの転がるブギウギ・ピアノを受けて、Charのプレイもいっそう熱を帯びていく。そして、そのノリのままに「The Train Kept A-Rollin’」(ザ・ヤードバーズの1965年『HAVING A RAVE UP WITH THE YARDBIRDS』に収録された、ジョニー・バーネット・トリオ・ヴァージョンのカヴァー)、続けて「All Shook Up」(『BECK-OLA』に収録されたプレスリーのカヴァー)。ここまでの3曲のセッション的な演奏もまたこのライヴの醍醐味のひとつだったし、Charのプレイの生き生きとした様もさらに輝いていた。
そして、ここだけギターをフェンダー“Char Stratocaster Burgundy”に持ち替え、「Little Wing」。ジミ・ヘンドリックスの『AXIS: BOLD AS LOVE』(1967年)に収録されたブルージーな名バラードで、2011年からジェフはこれをライヴで取り上げており、2015年のライヴ・アルバム『LIVE+』にも収録された(この時もジミー・ホールがヴォーカルを務めている)。ここでのCharは、魂からほとばしり出る感情をあえて抑えたかのような、だからこその凄みを感じさせる演奏を聴かせてくれた。
ここから2曲が布袋寅泰のコーナー。まずは『EMOTION & COMMOTION』(2010年)に収録された「Hammerhead」。ジェフがオーケストラと共に作り上げた荘厳な世界を、彼ならではのフレーズやニュアンスもしっかりと加えながら、見事に蘇らせる。そして、「ジェフから教わったスピリットを皆さんと一緒に楽しみたい」というMCから、ジミーも入っての「People Get Ready」(『FLASH』に収録されたインプレッションズのカヴァー)。この曲の前にさり気なく、Zodiac NEOの“Eternal Legacy Hotei Model”から黒のテレキャスターに持ち替えた彼には、きっと多くのジェフ・ファンが「やっぱり布袋さんは分かっている!」と心からの賛辞を贈ったに違いない。その演奏はジェフの単なる模倣ではなく、布袋らしさを加えてまさに“ジェフから教わったスピリット”を体現するものだった。
三者三様のソロで最高のフィナーレを
さて、このライヴのクライマックスがここからだ。布袋が「この人がいなければ僕はいない。僕は“群馬のChar”と呼ばれていましたが、その方は“戸越銀座のジェフ・ベック”と呼ばれていました」とCharを呼び込む。両者でまずは「Freeway Jam」(『BLOW BY BLOW』収録)。ジェフとヤン・ハマー(key)のライヴ・ヴァージョンのようなギターとシンセによる冒頭のクラクションの掛け合いも楽しかったが、Charと布袋がツイン・リードでメイン・メロディを奏でてくれたことはもう感涙もの。また、それぞれのソロの切れ味も凄かった。
続けて、Charの「これはジェフが与えてくれた機会だと思っています。Jeff, Thank You!」というジェフへの謝辞のあと、「これ難しいんだよ。挑戦しよう!」の言葉から、「Blue Wind」(『WIRED』収録)へ。オリジナルではギター・パートが2本(かそれ以上)ダビングされているが、それを両者で弾き分ける。「Freeway Jam」もそうだったが、この日本を代表するギタリスト2人がそこまで準備をしている事実や、その奥にあるジェフへの思いに胸が熱くなる。それぞれのソロもさらに自由度を増し、「Johnny B. Goode」のフレーズまで飛び出してきたのには思わず頬が緩んだが、向かい合って縦横無尽に弾きまくるCharと布袋の姿はまるで気高いロックの化身のようだった。
アンコールでは、まずCharが「Jeff’s Boogie」(ヤードバーズ/1966年『ROGER THE ENGINEER』収録)を披露。全体に抑えめの軽やかなノリの中で、ドラム、キーボード、ベースのソロ回しも2回ずつ入り、見せ場の多い非常に楽しい演奏となった。そして最後の最後は、ジミー、布袋、松本も加わり、「Going Down」(1972年『JEFF BECK GROUP』収録。ドン・ニックスの曲だが、1971年のフレディ・キングによるカヴァーが有名)。ここでは、Char、布袋、松本がステージ前方に集まり、三者三様のソロで最高のフィナーレを形作ってくれた。セッションならではの圧倒的な勢いの中で、得意フレーズを差し挟みながら自由に暴れるCharと布袋、その中にあって丁寧にギターを歌わせることを忘れない松本というコンビネーションも絶妙。繰り返される3人のソロ回しに陶然となりながら、すべての観客が「この時間が永遠に終わってほしくない」と思ったはずだ。
ロックが好きで良かった。ギターが好きで良かった。そして何より、ジェフ・ベックが好きで良かった。そう心から思わせてくれる、あまりにも貴重な1回きりのこのライヴ。終わったあとの心地よい虚脱感の中、空の上から「Good Job!」というジェフの声が聞こえた気がした。
(レポート●細川真平 Shimpei Hosokawa)