「かわいそうなキタキツネ」を「もっとかわいそう」にするのは誰?…高校生が向き合った、野生動物と人
住宅の玄関前を、ヒグマが走っている。
近所の公園で、キタキツネが子育てをしている。
高校の敷地内で、7頭のエゾシカがくつろいでいる。
北海道以外にお住まいの方にとっては嘘のような風景かもしれませんが、今、北海道ではこれほどに野生動物と人との距離が近づいています。
北海道民にとって避けられない、野生動物との付き合い方。
さまざまな課題にどう向き合うか。ユニークな解決策を考えた、高校生たちがいます。
連載「クマさん、ここまでよ」
(今回はクマだけでなく、シカとキツネも加えて、野生動物と人との距離のとり方について考えます)
【この記事の内容】
①シカ:「地元の好きな風景に影響?」「来年、より身近な問題に」
②クマ:「クマについて学ぶべきは、生徒より先に…」
③キツネ:「本当にかわいそうなキツネでしょうか?」
2025年1月、札幌・釧路・網走の高校生が、北海道大学に集まりました。
それぞれの学校で半年ほどかけて野生動物について研究し、その成果を持ち寄ったのです。
①シカ
度肝を抜かれた
「私たちの高校の敷地内では、多いときには7頭のエゾシカが休んでいます」
シカと自分たちの暮らしの身近さから発表を始めたのは、北海道釧路湖陵高校です。
自然豊かな釧路には、日本最大の「釧路湿原」があります。特別天然記念物のタンチョウなど、動植物の貴重な生息地です。ラムサール条約登録湿地で、国立公園に指定されています。
生徒たちは、釧路湿原に繰り返し訪れたり、過去のデータを調べたりするうちに、ある異変に目をつけました。
それは地表性昆虫(オサムシ・ゴミムシなど)が減っていること。同時に、周辺でシカに食べられた葉などをよく見かけるようになりました。
そこで、シカの増加が、昆虫の減少の原因なのでは…と仮説を立て、調べ始めます。
そもそも、なぜ地表性昆虫が減ることに問題意識を持ったのか、発表後に生徒の一人に聞いてみました。
すると、「釧路湿原の生態系を守りたい、環境を守りたいから」だと言います。
「地元にこんなに偉大な風景があるんだから…」と目を輝かせます。
釧路湿原が好きなのかと聞くと、「好きです!」と即答。
彼らのデータを示しながらの発表はとっても本格的で、聞いた大人たちも「高校生ってこんなに学術的に調べるのか!度肝を抜かれた…」などと驚いていました。
データは一年以内にとりきれるものではなく、シカと昆虫の相関関係はまだ断言できないことも明らかにしました。こうした「どこまでははっきりしていて、どこからは憶測なのか」も整理して発表したことが、パネリストとして参加した北海道大学の研究者からも評価されていました。
その上で、シカの増加が生態系に悪影響を及ぼすならば、「湿原のシカへの捕獲などの干渉は権利的に難しい。でも自治体などを巻き込んで、食肉加工などの対策をする必要があるのでは」と提言しました。
地域を愛する気持ちが原点になった、釧路の高校生だからこその研究。
続いて発表した北海道網走南ケ丘高校の視点も、高校生ならではでした。
来年、より身近な存在に
網走南ケ丘高校は、「シカの交通事故」をテーマに選びました。
自分たちが「来年から運転免許をとれる年齢になるから、よりシカが身近な存在になる今、考えることにした」といいます。
この言葉を、パネリストの研究者ら3人全員が「動機が“じぶんごと”ですばらしい」などと絶賛。
市役所への取材も行い、現状のシカ対策は「数を減らすこと」で、交通事故への直接の対策はとられていないことも発見。「自治体などと連携し、事故を防ぐ策を設置するなど直接の対策も必要では」とまとめました。
自治体への提言だけでなく、「私たちにできること」も考えていました。「シカの生態や習性を知ること、運転でスピードを出しすぎないこと、シカを無駄にせず食肉や革製品に活用すること」など、複数のアイデアを挙げました。
発表後の質疑応答の中では、最初は「共存のためには駆除は違う」と思っていたものの、「現段階では増えすぎていて、駆除も必要と知った。いずれは捕獲に頼らず共存できたらいいと思う」と話していました。
駆除を当たり前と思わず、シカの命のことも、車を運転する人の命のことも考えたからこそ、啓発や食肉加工までアイデアを広げられたのだと思います。
自分の地域や年齢に紐づけた、じぶんごとの着眼点がユニークだった2校。
クマやキツネについて調べた2校も、ユニークな解決策を提案しました。
②クマ
学ぶべきは、生徒より先に…
クマについて調べた北海道札幌啓成高等学校は、「駆除だけでは生態系にダメージがある。人が知識を持ち対策すべき」「クマ問題をひとり一人がじぶんごとにする必要がある」と発表しました。
解決のためのアイデアが、「特産品を農業被害から守るために、クマ対策をしていることが町おこしにもつなげられるのでは」など、前向きでユニークなものでした。
「教員養成課程でクマの知識を学ぶようにして、まず先生がクマについて知ることで、生徒たちに啓発していけるのでは」など、高校生ならではの視点での提案もありました。
③キツネ
本当にかわいそうなキツネでしょうか?
北海道札幌月寒高等学校は、クマ、シカ、キツネの3動物について調べました。
キツネは本来自分たちでエサを確保できるはずなのに、人が餌付けすることによって、人に慣れて距離が近づき、エキノコックスの感染リスクが高まることを指摘。
また、疥癬(かいせん)という病気になったキツネが餌付けされると、自分でエサをとれなくても長生きするため、ほかのキツネにも感染が広がるリスクが高まることも説明しました。
そして、「夏のキツネはやせていて、かわいそうでしょうか?」と会場に呼びかけます。
「夏毛だからそう見えるだけで、冬になればモフモフの冬毛になります。エサを与えるほうが、将来的にキツネに悪影響を及ぼしてしまうんです」
キツネについて調べるだけでなく、餌付けする「人」の気持ちも考えたことがわかる呼びかけです。
キツネの生態やリスクを広く知らせる必要があるとして、「疥癬にかかってしまったキツネなど、インパクトのある動画をSNSに出す」などのアイデアを出しました。これも、ショート動画に触れる機会の多い高校生ならではです。
3動物について調べたことで、「野生動物によって関わり方は変化する」という気づきもあったといいます。
モヤモヤを抱えたまま生きていく
北海道大学高等教育推進機構CoSTEPの特任講師で、キツネの研究をしている池田貴子さんは、この半年間、高校生の学びをサポートしていて、イベントにもパネリストとして参加しました。
池田さんは、「野生動物は人によって何をリスクととらえるかも違うし、人によって正解が違う」と話します。
クマによる人身被害は誰にとってもリスクかと思いますが、通学路に足跡を見つけて集団下校で警戒する人もいれば、地域によっては「クマが家の裏山に見えても、近づいてくるわけじゃないし、いつものことだから気にしないよ」という人もいるかもしれません。
「クマはこわいけど、シカやキツネは駆除はかわいそう」など、動物によって考え方が変わるという人もいるかもしれません。
今回高校生たちが向き合ったのは、一つの正解を永久に見つけられない、難しい問題です。
池田さんは「だからすっきりしない、モヤモヤした気持ちになった人もいたと思う」と、高校生たちに語りかけました。
「正解が見つからないから放棄するのではなくて、そのモヤモヤを抱えたまま生きていくことが大事。あした何ができるか、今はできないけど10年後なら何ができるか?自分に何ができるか、一人じゃできないけど協力したら何ができるか?具体的に言葉にしながら考えてみよう」
心のすみに…
午後は他校の生徒と混ざり合ってグループを作り、現状の課題や、解決策について話し合いました。
対策ボランティアについての話題では、「どうしたら人はボランティアに参加したいと思うか?」「何かリターンがあれば…」「ラジオ体操のスタンプカードみたいに…」と話したり…
シカの食肉加工の話題では、シカ肉を食べる文化を促進するために「ジビエ料理コンテストはどうだろう」「シカ肉を食べられる店を知らないから、わかりやすく知る方法があればいいのかも」と話したり…。
それぞれで学び、考えてきた経験がある人たちが集まると、どんどん具体的に話が前に進みます。参加した高校生のひとりは、「会ったことのない高校生とディスカッションするのは刺激になった。自分が住む地域とは動物との距離感に違いがあることもわかったし、自分が調べた以外の動物にも興味を持つきっかけになった」と話していました。
それぞれがじぶんごとにして考え、高め合う高校生たち。
こうした人材が、野生動物との適切な距離を保って暮らせる未来を作っていくのだなと、今後の可能性を感じるイベントでした。
イベントの中では、「正しい知識を伝えることの大切さ」が共通して語られました。
今回の取り組み自体が、その役割を果たしていたように思います。
それぞれの学校が、生徒が自分たちで調べ考える時間を設けたこと。
遠く離れた学校なのに、連携して一緒に学べる場所を作ったこと。
専門家も仲間に入り、その学びをサポートしたこと。
その機会に、高校生たちが真剣に向き合い、前向きに話し合っている姿が印象的でした。
池田さんは最後に、「野生動物に関するニュースに触れたときに、ニュースで語られた以上のことまで、いい意味で深読みする習慣ができたらいい」「どこか心のすみに、野生動物との関係性を置いて、これからも過ごしてくれたら」と語りかけていました。
連載「クマさん、ここまでよ」
暮らしを守る知恵のほか、かわいいクマグッズなど番外編も。連携するまとめサイト「クマここ」では、「クマに出会ったら?」「出会わないためには?」など、専門家監修の基本の知恵や、道内のクマのニュースなどをお伝えしています。
取材・撮影:HBC報道部、Sitakke編集部IKU
文:Sitakke編集部IKU
※掲載の内容は取材時(2025年1月)の情報に基づきます。