【成田悠輔】お金好きなエンジニアよ「お金が衰える未来」をどう生き延びる? 新著『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』
エンジニアに限ったことではないが、多くの社会人はお金が好きだ。お金につながるスキルアップやキャリアアップの話。収入アップに役立つ、再現性あるナレッジも大好きだ。事実、直接的であれ、間接的であれ、お金にまつわるテーマの記事はページビューが伸びやすい。
そんなお金に関心が高いエンジニアたちに投げかけてみたい。
「物やサービスに値段がついていて、その分だけお金を払えば誰でも買える」そんなお金(価値)の当たり前が消滅したら?
「お金がもはや必需品でなくなる日も近い」と予測し、その理由と兆候について具体例を挙げて考察したのが、経済学者・成田悠輔さんの新著『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』(文藝春秋・2025年2月20日発売)だ。
経済学者
成田悠輔さん(@narita_yusuke)
資本主義が大好きで大嫌い。専門は、データ・アルゴリズム・ポエムを使ったビジネスと公共政策の想像とデザイン。ウェブビジネスから教育政策まで幅広い社会課題解決に取り組み、多分野の学術誌・学会に研究を発表、多くの企業や自治体と共同事業を行う。東京大学卒業(最優等卒業論文に与えられる大内兵衛賞受賞)、マサチューセッツ工科大学(MIT)Ph.D. 取得。昼はイェール大学助教授、夜は半熟仮想㈱代表など兼歴任。内閣総理大臣賞、MITテクノロジーレビューInnovators under 35、ダボス会議(世界経済フォーラム)Young Global Leaders など受賞。著書『22世紀の民主主義││選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』、絵本翻訳『挫折しそうなときは、左折しよう』など
お金という物差しの支配力は弱まる
成田さん:投資でいくら儲けたとか資産がいくらになったとか生ぬるいことを言っている連中は滅びてほしい。そういうものが全部燃え尽きるような、本当の資本主義の話をしよう。
序盤から成田節が炸裂する本書では、そもそもお金とはなぜ存在してきたのか。存在した理由に触れる。
どんな経済活動や社会貢献をしてきたか、どれだけがんばったか怠けていたかといった人間の過去の行動履歴を単純な一次元に圧縮したものがお金だ。なぜお金を使って過去のギブ&テイクや貢献を測らなければならなかったのか?
私たち人間の認知能力と情報技術が未熟だったからだろう。過去の行動履歴をちゃんと記録することができず、経済活動の実態に対して記録できる情報やデータがあまりに貧しかった。だからその実態と記録のギャップを埋めて記録の機能を代行してくれる存在が欲しかった。その役割を担ったのがお金だった。そして選択や交渉する人間の処理力が低すぎるため、ある商品やサービスを手に入れるかどうか決めるときにも高いか安いかといった問題に話を単純化する必要があった。そのためにもお金が便利だった。そして習慣は怖い。その場しのぎの便利だがポンコツな物差しだったはずのお金を使いつづけるうち、お金で測られる値段や時価総額や年収や資産が「価値」であるかのような倒錯が生まれた。この厄介な倒錯は私たちの内面に目指すべき目標として埋め込まれ、今に至る歪みを生み出してしまったのだろう。
~中略~
だが、お金がもはや必需品でなくなる日も近い。経済社会活動を記録する情報やデータの量が増えて実態と記録のギャップがなくなるにつれ、お金の役割は少なくなるからだ。
そして、「私たちの行動も言動も、体験した出来事もイベントも、心や体の状態も、ゆくゆくは私という存在や人格、キャラそのもの」もデータ化され、究極のデジタル化が進めば、お金の役割は小さくなるだろうと述べている。
心身も物事も人格もすべてがデータになるにつれ、市場経済の心臓に異常が起こる。お金だ。過去に誰が何をしてきたかの履歴データが豊かになると、データを覗き込むだけで誰が寄生虫で誰が功労者かがわかる。誰が信用に値して取引すべき相手かがわかる。すると、お金の多い少ないで人を判断する必要が薄れていく。お金の衰退がいくつかの段階で進むだろう。
まず、お金で測られる価格が買う人によって万華鏡みたく変わる。データがお金と価格を侵食し、それぞれの人の属性や過去の行動履歴データにもとづいて、価格が人ごとに変わる一物多価(いちぶつたか)化が進む。今でも借金の金利(=借金という商品の値段)はそれぞれの人の信用度によって違うし、常連には安くしてくれる魚屋や八百屋もある。Eコマースで同じ商品の価格が閲覧者により変わる仕組みもひっそりとはじまっている。その徹底化だ。あらゆる商品やサービスの価格が人それぞれになる。価格が個人ごとに違えば、お金を使った経済力の比較も難しく、無意味になっていく。お金という物差しの支配力が弱まる。デジタルでグローバルな村落経済の発生は強烈な帰結をもたらす。お金の価値が下がっていくという帰結だ。なぜか。経済の実態の大半を記録できる太古の台帳経済や現在のデジタルグローバル村落経済では、実態と記録のズレが小さい。ということは、実態と記録のズレを埋める装置としてのお金の必要性が下がるからだ。お金に頼らず記録に直接尋ねて、信用するかしないか、取引するかしないか、罰するかしないかを決めればいい。記録を覗き見て判断するのは、古代では人間だった。現在、そして未来ではプログラムであり、ソフトウェアであり、AIである。
最近の生成AIの技術革新に伴うデータ量の爆増ぶりから、この予測は単なる予測で終わらないのだろうと感じざるを得ない。実際、近年の暗号資産の爆誕と崩壊の様子をこう綴っている。
ヨレヨレTシャツの若者が書いたコードに十年余りで時価総額数百兆円がついてしまう暗号通貨――怪しげなものにギャグみたいな値段がつく経済的超常現象が次から次へ起きている。
いま目の前で見て触れる便益をくれるものじゃない。まだ目に見ぬ未来に価値を爆発させるかもしれない、摑みどころがなくいかがわしいものたちだ。そういうものたちの市場価格が爆発している。
高い安いなんて尺度がない「測れない経済」がくる
あなたが街角でした良いこと、カフェで言ったまずいこともセンサーに捉えられ、「あらゆる事がデータ化」される時代になると、“測れない経済”のフェーズに入ると成田さんは言う。
測れない経済とは、現在の「お金で価値が図れる経済」に対し、未来の経済の在り方をお金を使わず値段をつけず、価値が高いとか低いとか比べない経済のことだ。
“測れない経済では、一次元に単純化された価格やお金のような尺度がいらない。お金で測れる単純な収入額や資産額は影をひそめ、誰がお金持ちか貧乏人か比べることも難しくなる。
そんな世界で人々を突き動かすのは、もはやお金ではない。交換や仕事、親切のようなやりとりたちの来歴が刻み込まれたデータそのものが大切になる。それぞれの人の過去の来歴データは、他の誰とも違うその人の比べようのない多次元価値を表す徴しるしだ。アート作品のような存在である。測れない経済における活動は、値段をつけてお金を払ったりもらったりする営みではなくなっていく。お互いに表情や言葉・音色を投げ合うラップやダンス、ジャズの即興のやりとりのようになっていく。 経済につきものの「競争」の意味も変わる。測れない経済で競われるのは、価値の高低ではない。スタイルの差異である。ユニークで奇妙なデータとアートークンの束を作り出そうとする、審美眼の競争である。
成田さんの予測する未来が現実になったら、今あなたが手掛けているプロダクトやサービス、事業や組織の方向性はどうチューニングすべきか。“測れない経済”にどうフィットさせていくのか。少し先の、しかし確実にやってくるであろう未来に思考をめぐらせて読むのも面白い。
インターネットは産業革命と呼ぶに値しない!?
「インターネットの登場は世界を変えた」という表現には聞き馴染みがあるし、ITエンジニアの多くもこの事実を疑わないのではないだろうか。
しかし、成田さんは本書の中で「あまり知られていないが大切な事実がある。ネットは今のところ産業革命と呼べるような変容を作り出せてい『ない』という事実だ」と指摘する。
ネットは今のところ産業革命と呼べるような変容を作り出せてい「ない」という事実だ。第一次・第二次産業革命の前後で経済的な生産性が誰の目にも明らかなほど伸びたことと比べ、IT・ウェブ産業が世界を食べたこの数十年は産業革命と呼ぶには程遠い。
~中略~
全要素生産性と呼ばれる最も広く用いられる生産性の指標の世界全体での成長が、実はここ 20年ほど停滞している。
~中略~
ウェブが家庭や職場に浸透しても、人類の経済的生産性には何の爆発も起きていない。
だが、成田さんは決して突き放しているわけではない。ここから先、ウェブが産業革命の舞台になるための突破口は「ウェブ上の仮想空間(メタバース)に生きはじめる私たちにまつわるすべてをデータにし、データから価値を掘り出す技術の開発と浸透かもしれない」と見立て、期待感も表す。
計算機がつながってインターネットになることで、単独で計算するだけでなく相互に通信・コミュニケーションすることもできるようになった。扱える情報の幅も広がった。自然言語や画像、音声、動画など、多彩な情報をデジタル信号で表現し、プログラム的に処理する方法を人間は開発してきた。その自然な延長が仮想空間である。仮想空間はコンピューターやインターネットの表現能力を拡張する。これまで二次元に押し込められていた画像や動画が三次元に拡張し、空間性や可触性を獲得する。そしてその時空間の生成も人手に頼らず自動化されAI化される。コミュニケーションも、「いいね」やフォローのような離散的単位や動画・言葉のような少数のモーダリティーを超え、もっと連続的で多次元的で肉体や空間を介して五感全体でつながり合うようなものに広がっていく。突如新しい非連続な変化が起きているのではなく、インターネットの長い進化の一つの結節点が仮想空間・NFT・AIなどの興亡だといえる。すべてがデジタルデータなので、未来に起こる何かに紐づけた証券や保険をつくることもやりやすくなる。これまでは株式会社でしかできなかった未来の価値の先取りを個人や小さいプロジェクト単位でできるようになる。たとえば将来の稼ぎに応じて返済額が変わり、失業者になったら1円も返済しなくてもいいが、ビリオネアになったら10億円くらいは返済する成果返済型学生ローンを想像してみる。ある意味で個人の株式会社化である。最後にデータにAIや機械学習を嚙ませることで、世界のデザインや様々なサービス・商品の改善や個別最適化がやりやすくなる。役者は揃ったようにも見える。これらの技術群が組み合わさることで、仮想的な並行宇宙の上で並行人格が活動し、並行宇宙で起こるあらゆる物事や心身の機微がデータ化され自動最適に商品サービス化され、その付加価値が掘り出されるデジタル資本主義の究極形が生まれる可能性がある。今の世界で有名人の写真や動画が色々な広告で並行稼働するように、あらゆる専門家が一万体のアバターを作り、彼らが並行宇宙でコンサル稼働するような。あらゆるそこらの人が百万体のアバターを作り、彼らが並行世界で百万種類の遊びに耽ふけるような。ウェブが並行宇宙の銀河系を覆う。そのとき、あれほど夢見ては裏切られてきた計算網産業革命が本当に立ち上がるかもしれない。
ただ、こうした未来に到達するには、一体あとどのくらいの時間が掛かるだろうか。成田さんの予測する“データ資本主義”時代の到来にワクワクすると同時に、その道中を阻むであろうおびただしい数の「アナログからデジタルへの移行作業」を思うと、少し憂鬱な気持ちが湧いてくる。
全面オンライン化にはほど遠い、行政手続き。
IT知見に乏しく、新しい技術やシステム導入に二の足を踏む経営層。
あらゆる業界・企業でイノベーションを邪魔するレガシーシステム。
圧倒的なIT人材不足と、リーダーシップの欠如。
日本が抱えるIT課題はうず高く積もっている。本書は、そんな日本の状況にもハッパをかけているようにも感じる。
目の前に転がるIT課題と対峙し、自らの技術と知恵を使って日々少しずつ解決に取り組んでいるのがエンジニアたちだ。書籍上梓にあたって、日本のデジタル化を担うエンジニアに向けて、成田さんからこんなメッセージをもらった。
成田さん:招き猫アルゴリズムやら一物多価経済やらアートークンやら、『22世紀の資本主義』に書いたような奇妙な未来への水先案内人はエンジニアの方々だと思います。エンジニアのみなさんにはぜひ社会の構想を描き、経済資本や政治権力を握って暴走し、抗争に巻き込まれてズタボロになっていただきたいなと思います。他力本願!
編集後記
転職サイト『type』を母体としているこのエンジニアtype。転職サービスに関わる編集部としては、本書の一節「履歴データが豊かになるとデータを見るだけで誰が信用に値して取引すべき相手かがわかる」にドキッとさせられた。
なぜなら、そのような時代が到来すれば、転職者がこれまでどのような姿勢で仕事に取り組んできたのか、そのスタンスや勤勉性、信頼性などが可視化され、未来の転職活動や転職サービスも大きく変化する可能性が高いからだ。
この疑問を成田さんにぶつけたところ、「変わっていくと思います。詳細はここで書いたように、労働市場のマッチングや転職サービスをはじめ、採用する側・される側の判断や選択はデータと計算機の世界に委ねられ、“就活(転職)の自動化”が始まる」という答えが返ってた。なるほど、なんだか面白くなっていきそうだ……!
文/玉城智子(エンジニアtype編集部)
書籍紹介
『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』
出版社:文藝春秋 (2025/2/20)
発売日:2025/2/20
新書:240ページ
>>>購入はこちらから
◆目次
はじめに
A. お金という(悪)夢
B. 忙しい読者のための要約
C. はじめに開き直っておきたいこと
第0章 泥だんごの思い出
第1章 暴走 すべてが資本主義になる
資本主義とは何か/寓話1:私は詐欺師/寓話2:金vs.株 /寓話3:売上ゼロの1兆円企業/寓話4:ブランドが世界を食べる/寓話5:0→4兆円→0/怪しい占い師としての資本主義/ 時間と意味の新大陸/計算・情報・物事/お祭り騒ぎのインターネット/サイコネティックスに向けて/ 存在のインターネット/アカシック・レコード、あるいは価値のカンブリア爆発/すべてが商品になり、すべてに値段がつく/ 来る来る詐欺を超えて:計算網産業革命
第2章 抗争 市場が国家を食い尽くす
お金とは何か /お金は意外に若く狭い/実態と記録/お金とデータのデッドヒート/デジタルでグローバルな村落経済/インフレとデータ/全員共通価格システムの崩壊/一物多価の万華鏡 /お金、その意味の変容/国家vs.市場の終焉 /官僚もネコでいい:市場原理主義的社会保障 /人間の証明:アナーキーでグローバルな /市場と国家の離婚と再婚/別の地球に移民する時代/退屈で、古く、汚く、遅い生身地球の管理人 /夜警国家ふたたび/国家から逃走する国家 /中毒者の沼 /測れない経済へ
第3章 構想 やがてお金は消えて無くなる
やっぱり猫が好き /「お金は諸悪の根源である」/招き猫と泥団子/経済はデータの変換である /データを食べる招き猫が経済を自動化する /資本主義からお金を抜く /泥団子ふたたび /「アートはお金になる」から「お金がアートになる」/お金で買えないものはない? ハイブランドふたたび /記憶としてのアートークン /エンデの遺言 /知らない幸福、測れない幸福 /貨幣発行自由化の極北 /贈与の解毒に向けて /データ自己破産とよみがえるお金/市場・国家・共同体のパッチワーク/稼ぐより踊れ
おわりに 22世紀の〇□主義へ