【中世ヨーロッパの騎士道】切っても切れない人馬の関係とは
西洋中世の華麗な騎士たち。彼らが仕え守るべき存在である貴婦人、そして騎士文化を陰で支えた「馬」。
騎士が馬に跨らずにいる姿など、想像することは難しいでしょう。
まるで人類の歴史を共に歩んできたかのように、常に人間のそばに寄り添ってきた「馬」という存在が、いかにして騎士たちの相棒として欠かせないものとなったのか。
今回は、その過程を紐解いていきます。
馬と人の黎明期
馬が家畜化されたのは、紀元前4000年紀に、シベリア南部から黒海北部にかけて広がるステップ地帯からだとされています。
それ以降、馬は農業や商業、軍事において重要な役割を果たし、文明や文化の発展にも多大な貢献をしていきました。
西洋では、古代からギリシャ人やローマ人、ビザンツ人がすでに馬を利用していました。その用途は輸送や戦争に限らず、情報の伝達や戦車競走など多岐にわたっていました。
しかし、この時代の馬と戦士の関係は、中世の騎士たちが築いたような密接なものではありませんでした。
その理由として、重い甲冑を身に着けた戦士を支えるためには、重量に耐えられる頑丈な馬が必要だったことに加え、武器を使いこなしながら馬を巧みに操るための様々な道具の開発が必要だったからです。
ヨーロッパ原産の馬ではヨーロッパで戦えなかった
8世紀に入ると、ヨーロッパにおける騎兵の重要性が広く認識される転機が訪れました。
そのきっかけとなったのが、723年のトゥール・ポワティエ間の戦いです。
この戦いでは、フランク王国の宮宰カール・マルテルが率いる連合軍が、イスラム帝国ウマイヤ朝の侵攻を迎え撃ちました。
カールの軍は歩兵隊を中心に堅固な陣形を築き、侵攻を撃退することに成功します。しかし、イスラム側の騎兵隊が縦横無尽に動き回り、フランク軍の歩兵を翻弄したことで、カールは騎兵の重要性を痛感しました。
そこでカールは、フランク王国における騎兵隊の創設に着手します。ですが、課題は軍事目的に耐えうる馬の確保でした。
当時のヨーロッパ原産の馬は小型で、重装備の戦士を支えるには力不足だったのです。
そこで、アラブ世界を経由して中央アジアやアフリカ原産の、大型で丈夫な馬が初めてヨーロッパに導入されました。
これらの馬は重武装の騎士を支えるのに適していましたが、安定した供給を実現するためには、長期間にわたる飼育や交配の努力が必要でした。
8世紀から9世紀にかけて在位したカール大帝も、この課題に高い関心を寄せ、馬の育種や管理に力を入れました。
このようにして、騎兵の強化が進められ、馬は軍事だけでなくヨーロッパ文化の中でさらに重要な役割を担うようになったのです。
騎士の時代
やがて騎士の時代が訪れると、それに伴いさらに大型の馬への需要が高まっていきました。騎士が身に着ける甲冑は次第に重量化し、それに対応するために、馬も大きな鞍や鉄製の装飾馬具を装備するようになったからです。
重武装した騎士と馬具の総重量は軽く100kgを超え、12世紀には約170kg、16世紀にはなんと約220kgに達しました。
当然、これを支える馬には、高い耐久性と筋力が求められます。
しかし、馬は単なる運搬役や戦いの道具ではありませんでした。騎士にとって馬は、理想を達成するための相棒であり、かけがえのない仲間だったのです。戦場や狩り、そして馬上槍試合であるトーナメントなど、騎士と馬は常に行動を共にしました。
それを可能にするのは、騎士が日常的に馬を世話し、語りかけ、深い愛情を注ぐことで築かれる信頼関係でした。
また、馬は騎士の社会的地位を象徴する存在でもありました。
その姿から騎士の素性や美徳が評価される一方で、馬を失うことや、下馬して戦わざるを得ない状況は、騎士にとって屈辱的なこととされました。
このように、騎士にとっての馬は、単なる支配下の動物ではなく、共に目標を追い、信頼を築く存在でした。
それは聖書「創世記」第一章二十八節に描かれる「人間が動物を支配する」関係とは、一線を画すものであったと言えるでしょう。
愛すべき馬たち
忠実なしもべであり、共に戦う仲間であり、友でもある馬には、その主の思いや特徴を表す個性的な名前が付けられていました。
フランス最古の叙事詩『ロランの歌』には、そうした馬たちの名が数多く登場しています。
たとえば、勇将ロランの愛馬は「ヴェイヤンティフ」と呼ばれ、その名は勇敢さや雄々しさを意味します。
また、カール大帝の馬には灰白色を意味する「タンサンデュール」、ジェレールの馬には鹿を追い越すという意味の「パスセルフ」という名が付けられており、それぞれの馬にふさわしい個性を反映したものとなっています。
馬がこの世を去る際には、騎士たちは深い悲しみに包まれました。その心情は中世の文学においても感動的に描かれています。
12世紀末から13世紀初頭にかけてロレーヌ地域で綴られた武勲詩『ジュルベール・ド・メス』では、愛馬フロリが瀕死の状態に陥った場面が記されています。
主である騎士は嘆き悲しみながらも、愛する馬が敵の手に落ちず、自分のそばで息絶えることが唯一の慰めであると語ります。彼は愛馬の生き生きとした仕草や、遠く離れていても耳に届いた大きな嘶きを思い返しながら、その英雄的な最期を称えました。
このように騎士と馬の物語を例に紐解くと、人類の歴史とは決して人間だけで作られてきたものではないと、感じ入ることができるのではないでしょうか。
参考文献:『図説 騎士の世界』/池上 俊一(著)
文 / 草の実堂編集部