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ガザ侵攻から1年。『私は憎まない〜平和と人間の尊厳を追求するガザ出身医師の誓い〜』

ELEMINIST

今年10月にユナイテッドピープルが公開を決定したドキュメンタリー映画が話題を呼んでいる。イスラエルの病院に勤務する初のガザ地区生まれのパレスチナ人、イゼルディン・アブラエーシュ医師が、イスラエル軍によって3人の愛娘を殺されてもなお共存の可能性を信じ、命の平等を訴え続ける姿を追った作品だ。10月に来日した彼が語った言葉とは。

「暴力に暴力で対処しても問題は解決しない」

I Shall Not Hate 07 - Tal Barda - copyright@Famille Abuelais

アブラエーシュ博士は、ガザ地区のジャバリア難民キャンプで生まれ育った。その苦境から脱出できる手段は教育だと気づき、ようやく学校に通えるようになってから、学業に精を出した。その後、偶然医療行為を目撃し、この仕事なら「家族の生活の向上と、パレスチナ人の役に立つことができる」と医師を目指し始めた。

その後、パレスチナ人としてイスラエルの病院で働く初の医師となった。パレスチナとイスラエルの国境を行き来するのは非常に大変なことだ。イスラエルへ行こうとすると、理由もなく何時間も待たされるという不条理を何度も経験しながらも、産婦人科医としてイスラエル人とパレスチナ人両方の赤ちゃんの誕生に携わってきた。

映画の中でアブラエーシュ博士は問いかける。「ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒の赤ちゃんの違いは? みんな同じく生まれたての赤ちゃんだ」。「すべての人の平等、正義、自由の上に共存は可能だ。病院で命が平等なように、外の世界でも同じく人々は平等であるべきだ」。

そんな中、2009年1月、ガザ戦争で3人の娘と姪が殺害されるという悲劇が襲いかかる。砲撃直後、アブラエーシュ博士の涙の叫びの肉声はイスラエルのテレビ局で生放送され、イスラエル中に衝撃とともに伝わった。翌日、テレビカメラの前で、アブラエーシュ博士は憎しみではなく共存について語り出し、人々を驚かせた。

現在も2023年10月7日以後の戦争で50人以上の親族が殺害されている。それでも彼は「暴力に暴力で対処しても問題は解決しない」と語り、平和と共存を訴え続けている。本作では2009年に遡り、複数の関係者によって、アブラエーシュ博士の和平実現に向けた闘いと博士の家族の物語が語られていく。

10月某日、アブラエーシュ博士が来日した。その際の会見とインタビューをレポートする。長きにわたり戦禍に巻き込まれ続けてきたアブラエーシュ博士の言葉は、私たちに選ぶべき道を教えてくれるはずだ。

なぜ戦争が起きるのか。憎しみの根源にあるものとは

©Filmoption

————現在、日本は「抑止力」という名目のもと、軍事予算を拡大しています。国内には軍事力を強化することに肯定的な人もいれば、否定的な人もいます。戦争を回避するにはどうしたらよいでしょうか。

「なぜ戦争が起きるのかわかりますか? 『欲』です。支配欲、資源欲、強欲な感情が戦争を引き起こします。例えば日本はたくさんの資源を持っている。テクノロジーなどで、さまざまな成功を成し遂げた国に対して、よく思わない国が、日本のものを奪ってくるかもしれない。もしかすると占領しようとするかもしれない。実際になぜイラク戦争が、アフガニスタン戦争が起きたのかを見ればわかりますよね。大きな要因として、相手のものを奪いたいという支配欲からきています。普遍的な人権を守るという願望よりも、軍事力を求める。軍事力で何かを占領するというよりも、人間力で何かを育まなければならないと思うのです。人間の健康や他者の資源などを客観的に見なければならない。国際社会が、尊敬、理解、平等、正義、関係性をもって、本当に協力すれば、戦争を終わらせることができると信じています」。

戦争は平和をもたらすか〜停戦と責任追及の必要性と「傍観」という加害性

さらにアブラエーシュ博士は「世界平和度指数」というデータに言及。これはGDPではなく、隣国と良好な関係を築けているか、国内の資源の配分は平等かなどを基準に示されたものだ。2024年度版では163ヶ国中、日本は17位、韓国は46位、中国は88位、アメリカは132位だ。

「軍事費に56,000ドルという多額の税金を投じているアメリカの世界平和度指数が低いのに対し、軍事費としてはアメリカに及ばない国のほうが当該指数としては上位にある」として、軍事力が平和をもたらすものではないことを指摘した。

「日本には国民介護保険制度がありますね。医療ケアは権利です。アメリカでは5千万人が保険に入っていません。それを白人、黒人、ピスパニック系で分ければさらに偏りが見えてきます。究極の暴力は戦争だと言えますが、暴力は他者の尊厳や自由を奪います。そのようなことがあってはならないという国際的な合意があったから国連ができたり、国際的な合意ができたはず。そのため世界は秩序を保てるはずだと思う人が期待していました」。

つまり、戦争を回避するはずの軍事的な強化によって和平が遠ざかっているのだ。アブラエーシュ博士は、いま必要なのは停戦と責任追及であること、そして私たちが「傍観」することの加害性を示唆した。

どのように憎しみを乗り越えるか

©Famille Abuelaish

————実際、日本にいると、難民や戦争を“遠い国の出来事”として感じてしまうことがあります。媒体によっては、ガザで起きていることを「政治的」だとして語ることを躊躇したりする場合もあるようです。

「世の中のすべてのことが社会的であり、政治的だと思います。健康、学問、教育、テクノロジー、戦争、映画、水や食糧もどこかで必ず政治的な問題になります。農業も政治、物流、経済と直結しているもの。なので、すべてのことにおいて、政治的な要因があるということから目を背けてはいけないと思います。医療に携わる者として一つの角度から物事を見るのではなく、さまざまな角度から全体像を見るということが私は大事だと思っています。その『政治的』と言われるものを、どうすれば人間のストーリーにできるか。人間として、人間化された問題として取り組み、私たち人間がその世界を変えていけるのかということだと思います」。

さらに博士は、「『政治的』にされているのは報道の責任だ」と指摘。「『戦争や難民問題から距離を感じている』というのは、つくられた壁があるからかもしれません。でもこの数日間日本に滞在してみて、みなさんのように、自分の力や意志でその『壁』を乗り越えて、自分の目で確かめたいと思っている人が増えていると感じました」。

来日トークイベントで語った尊厳の大切さ

10月6日、配給会社ユナイテッドピープルが本作の上映会&アブラエーシュ博士来日トークイベントを開催し、会場は多くの参加者で埋め尽くされた。上映後、アブラエーシュ博士が会場からの質問に応じ、アブラエーシュ博士のひと言ひと言に熱心に話に耳を傾けていた。

————もし私が同じ経験をし、自分の子どもたちが同じように殺されたなら、相手を憎まないということを本当にできるだろうかという疑問を抱えています。なぜ博士は、あの時、相手を憎まないという決断をできたのでしょうか。なぜいまでも守ることができているのでしょうか。

「すべての人々は生きている限り、なんらかの使命があると思っています。その使命には、他者にやさしくする、良き行動を行うということが不可欠だと思います。私自身、生まれてからずっと戦争を体験してきました。憎しみは体内に宿る毒のようなもの。私たちを内側から破滅に導く恐ろしい破壊力を持つ毒」。

ただ、「怒りと憎しみは違う」と言う。

「殺戮の報復として殺戮を繰り返しても、何も解決しません。私がどんなに復讐をしようとしても、娘たちは決して返ってきません。しかし私は、暴力と加害行為に反対の声を上げることをやめることはありません。この先も人生が続くという確信があるなら、目の前の人生をどう生きることが娘たちにとって、私にとっても正しいのか。決して仕方がない、諦めようということが私にとって『憎まない』の意味ではないのです。だから私は憎しみに自分の心が壊されることも踏みにじられることも、決してありません。前に進むためには常に動き続けなければならない。止まらないために、私は憎まず、前進を続けるのです」。

同様の質問をされることが多いというアブラエーシュ博士。彼の言動を信じられない人が多いことを認識しているがゆえに、参加者に対し、「なぜこのようなことが起きてしまうのかと、不条理に心を痛めたと思います。その気持ちを原動力にしていただきたい」と添えた。

————日本も過去に戦争を経験し、国内にも戦争が起きないようにと思っている人が多いと思う。一方で、ピュアプレッシャー(同調圧力)が強い社会でもある。もう少し、戦争をやめたいと思っている人がアクションできるように、アドバイスはありますか。

「人はみな平等だが、一人として同じ人間はいない。そうした違いを含めて、私たちは互いを認め合い、共存できるはずです。イスラエルの人々は、パレスチナ人は低俗で、私たちのほうが優秀だとずっとずっと教えられてきた。これは、個人の問題でなく、そうした差別を肯定してきた社会システムの構造に問題があります」。

さらに、司会を務め、この企画を主催したユナイテッドピープル代表取締役の関根健次氏が、現在、イスラエルが7つの国と戦っていることについて触れると、アブラエーシュ博士は「狂信的な政権のもとで、緊迫関係が続いてしまっています。イスラエル国家・軍が自らの破滅的な行為でつくり上げてしまった敵対関係なのです。私は中東地域のコミュニティー全体として、パレスチナとイスラエルの人々が平等で自由のある人々を実現したい」と語った。

「いま、パレスチナで起きているナクバ(大惨事)は、決して初めてのことではありません。何度も何度もイスラエルはパレスチナを攻撃し続けています。これはガザだけの話ではなく、パレスチナという土地で、代々受け継がれた土地を生きる人たちの話なのです。ガザ地区、西岸地区の人々と区別されることはありません。パレスチナ人もイスラエル人も平等で対等な人間として、尊厳を持って生きてほしい。土地を奪われる屈辱から解放されてほしい。パレスチナの人々も、同時にイスラエルの人々も解放されてほしい。入植者としての加害者としての立場からイスラエルの人々も解放されてほしいと思っています」。

————歴史的にみてもイスラエルによる攻撃は、なぜ繰り返されているのでしょうか。

「それは、咎められないからです。イスラエルがどんなに戦争をけしかけても、彼らは無条件に許されている、アメリカによって擁護されていると信じているからです。つまり、主にアメリカや西洋諸国の植民地支配の歴史を持つ国々からの無条件の擁護、肯定なのです。

イスラエル軍のミサイルや兵器、弾丸は、日本に核兵器を投下した工場と同じ工場でつくられています。責任追及(acountability)こそが、世界の平和と秩序を守るために欠かせない大事なプロセスなのです。アメリカはこれまでイラク、アフガニスタン、シリア、ベトナム、カンボジアなどさまざまな国で殺戮を繰り返してきました。しかし、責任追及がされないまま、いままできてしまったのです」。

「殺戮の報復として殺戮を繰り返しても何も解決はしません。映画を観て、『なぜこのようなことが起きてしまうのか』とその不条理に心を痛めたと思います。その気持ちをご自身の原動力にしていただきたい。決して『仕方がない、諦めよう』ということが憎まないということではないのです。

何度も繰り返しますが、いま必要なのは責任追及です。何よりも停戦と安定が必要。このような加害行為を繰り返す国家に「これが最後だ!(“Never again!”)を突きつけなければなりません」。

世界23カ国で翻訳された著書『それでも、私は憎まない あるガザの医師が払った平和への代償』(2014年/亜紀書房)で、「もし娘たちがパレスチナとイスラエルが和平に向かう道のりの最後の犠牲者だったと知ることができれば、私は彼女たちの死を受け入れよう。私たちに必要なのは互いへの尊敬であり、憎しみを拒絶する内的な強さである。そうなって初めて平和は達成されるだろう。そして、私の娘たちはこの地域で支払われた最後の代償となるだろう」と綴っている。

インタビューの最後に、アブラエーシュ博士は次のようにしめくくった。「憎しみを乗り越えるには、苦しんでいる人たちも解決策の一つにならなければなりません。エビデンスに基づいた解決策をみつけるべきなのです。『サスティナビリティ』という時には、何よりも私たちは世界として連帯を通して、政治化ではなく人間化をする、人間の問題だということを強く意識として持つべきです。政府の思惑に負けず、一人ひとりが連帯をしてさらに強化して誰も取り残さない、連帯と協力で人間化していく。これに尽きると思います」。

I Shall Not Hate 07 - Tal Barda - copyright@Famille Abuelais

『私は憎まない』~平和と人間の尊厳を追求するガザ出身医師の誓い~
2024年/カナダ・フランス/92分/ドキュメンタリー
ガザ地区の貧困地域、ジャバリア難民キャンプ出身の医師で、パレスチナ人としてイスラエルの病院で働く初の医師となったイゼルディン・アブラエーシュ博士は、産婦人科でイスラエル人とパレスチナ人の出産に携わってきた。彼は、ガザからイスラエルの病院に通いながら、病院で命が平等なように、人々は平等であるべきだと、分断に医療で橋を架けようとする。しかし、彼の自宅がイスラエル軍の戦車の砲撃を受け、3人の娘と姪が殺害されてしまう。両者の共存を誰よりも望んできた彼の赦しと和解の精神が、究極の試練にさらされる。

2024年10月4日(金)アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショーhttp://www.unitedpeople.jp/ishall

監督:タル・バルダ
プロデューサー:ポール・カデュー/マリーズ・ルイヤー
イザベル・グリッポン/タル・バルダ
制作: Filmoption
配給:ユナイテッドピープル

通訳/キニマンス塚本 執筆/稲垣美穂子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)

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