彩り鮮やかな<ベラの仲間> 幼魚から成魚へと変身する様子を観察してみた
ベラの仲間は夏から秋にかけて、関東近辺で磯採集をしていると、必ずと言っていいほど遭遇する魚たちです。
一方、ベラの仲間はチョウチョウウオやスズメダイの仲間と比べ、採集家にはあまり人気がないようで、見つけてもスルーされることが多い魚でもあります。
しかしながら、成長するにつれて色彩や模様が変化していくさまは美しく、水槽内でその様子を観察することもできます。ここでは筆者が磯で採集したベラの仲間を飼育し、その変身の記録をご紹介します。
ベラとは
ベラはスズキ目・ベラ亜目(またはベラ目)・ベラ科に属する魚の総称。ベラ科の魚は、その色彩や模様から水族館ではよく見られる魚です。
それだけでなく、日本国内の多くの地域で遭遇することもできますし、釣りでもお馴染みの魚であり、とくにキュウセンなどは食用魚として重要なものです。そのため、カラフルな色彩のわりには日本人にもなじみの深い魚といえます。
ベラ科の魚は目の覚めるような派手な色彩と模様をもつものが多いのですが、その多くは幼魚と成魚、あるいは雄相と雌相で異なる色彩や模様をもっています。そしてほとんどの種は雌から雄に性転換を行うため、飼育している個体では、その色彩の変化も観察できるのです。
幼魚から成魚への成長過程で色彩や斑紋が大きく変化する魚としては、ベラ科魚類と同様にサンゴ礁の熱帯性魚類の代表的なグループといえる、スズメダイの仲間がいます。
しかし、このスズメダイ科の魚は幼魚は美しいのに対し、成魚は色彩が地味になってしまい、協調性もあまりなく小さな水槽ではほかの魚をいじめることが多いです。
一方、ベラ科の魚は幼魚はやや地味であるのに対し成長すると、とくに雄相はカラフルになるものが多いです。やや気が強めのものが多いのですが、ほかの魚との混泳も可能である点など、アクアリストにもおすすめできるグループといえます。
ただし一部、飼育が難しいベラもおりますので注意が必要です。
ベラの仲間を採集して飼う
ベラ科の魚は日本の広い範囲に生息しています。
基本的には熱帯域に多い魚ですが、温帯に適応したものもいくつか知られています。関東でもニシキベラ、キュウセン、ホンベラ、カミナリベラ、アカササノハベラ、ホシササノハベラ、オハグロベラといったベラたちは、成魚もよく見られます。
それとは別に、琉球列島などに生息する種であっても、卵や稚魚が黒潮などの海流にのって九州~関東にかけての太平洋沿岸へと運ばれることがあります。熱帯性の魚がこれらの海岸で見られますが、冬には寒さに耐えられず死滅してしまいます。
これを死滅回遊魚といい、スズメダイやチョウチョウウオ、ニザダイ(ハギの仲間)、キンチャクダイ(ヤッコの仲間)などがよく知られているのですが、ベラの仲間にも死滅回遊魚は多く見られます。
オトメベラ(千葉県以南)、ヤマブキベラ(千葉県以南)、コガシラベラ(千葉県以南)、トカラベラ(伊豆半島以南)、カノコベラ(相模湾以南)、ムナテンベラ(千葉県以南)、アカオビベラ(千葉県以南)、オニベラ(神奈川県城ヶ島以南)など、それぞれ毎年見られるというわけではありませんがよく出現します。
しかし、これらのベラの幼魚は成魚と比べると地味な色彩であるためか、見逃されていることも多いかもしれません。
我が家で観察したベラ
実際に筆者が採集し自宅で飼育したベラについて紹介します。
それぞれ幼魚からの色彩変化も記しているので、飼育した場合にどのような楽しみ方ができるのか参考にしてみてください。
トカラベラ Halichoeres hortulanus(Lacepede,1801)
トカラベラはホンベラ属のベラで、大きいものは全長で20センチほどになり、ホンベラ属のベラとしては大きい方といえます。
本種は通常、ホンベラ属に含められていますが、Kuiterのベラ図鑑ではHemitautoga属とされており、この属はほかにミツボシキュウセンとセイテンベラが含まれています。
これら3種はいずれもホンベラ属としてはやや大きくなり、サンゴ礁域の浅い所に生息しています。飼育にあたってはとくに難しいことはないですが、夜間は砂に潜るので、細かいパウダー状の砂を敷いてあげましょう。
トカラベラの幼魚はクリーム色の地色に茶色い横帯が入り、背鰭には目玉模様がはいっています。この模様は、チョウチョウウオ科の幼魚においてよく見られる目玉模様と同様に身を守るのに役に立つのかもしれません。
採集してひと月近くが経つと、眼の後方の黒い横帯の中に緑色の斑点が入り、尾鰭の黄色が目立つようになりました。
体側中央の黒い帯の前方、背鰭先端より少し後ろに白い点がありますが、これは成魚でも残ります。
採集して5か月近く経つと、眼後方の黒色横帯はほぼ消失し、体側と尾鰭付け根の黒色横帯も白い部分が多くなってきました。
眼の後方と、尾鰭の付け根にあった黒色横帯が完全に消失し、体側中央の黒色帯も背中に残るのみとなりました。背鰭には目玉模様のほかにも細かい模様が入っているのがわかります。頭部の緑の斑点も薄くなり、眼後方の黒い横帯があったところに赤色の斑点が散らばるようになりました。
体側の斑点はやがて、黒く縁どられた白い点列が並ぶようになり、体側中央の黒い帯はもっと小さくなります。性転換し雄相になると緑色の体になります。
ヤマブキベラ Thalassoma lutescens(Lay and Benett, 1839)
ヤマブキベラはニシキベラ属のベラで、成魚は四国南岸、琉球列島、小笠原諸島、スリランカ以東のインドー太平洋に生息し、幼魚は死滅回遊魚として、夏から秋にかけて相模湾などに姿を現します。
ニシキベラ属のベラは遊泳性が強く、岩の隙間を縫うように泳ぐため、小さな水槽で飼育することはできません。成魚は90センチ以上、できれば120センチ以上の水槽で飼育してあげたいものです。
基本的にはサンゴや岩の隙間で眠るため、砂は敷かなくてもよいでしょう。
全長2.5センチほど。この個体は上記のトカラベラと同じ磯で見られた幼魚を採集したもので、オトメベラやコガシラベラ、オニベラといった種の幼魚に1匹だけ混ざっていたものです。
小さいうちは同じようなニシキベラ属の魚やカミナリベラ属の魚と群れを作っているようです。
全長3.5センチほど。背中の茶色が薄くなり黒色縦帯と尾鰭基底の黒色斑が目立つようになります。
10月26日の写真では腹部が濃いオレンジ色になっていましたが、このくらいの大きさでは薄くなるようです。頭部には黄緑色の模様が出てきています。
全長4センチほど。体は黄色が強くなり、体側の黒色縦帯や尾鰭基底にある黒い点は薄くなり目立たなくなってしまいました。頭部の模様は12月31日撮影の写真よりも鮮やかになっています。
この頃には全長4.5センチほど。前回の写真から13日しか経っていないのですが、黒い縦帯は目立たなくなり、体は黄色みが強くなっています。また尾鰭の上・下の軟条が少し伸びています。
全長5センチほどに成長しました。この水槽ではロイヤルグランマやクモギンポ、ロウソクギンポ、クロオビスズメダイなどを飼育しています。比較的協調性はあるのですが、小型の遊泳性ハゼは追い掛け回すようになってしまいました。
このように小さいうちと大きくなったときで性格がかわってきますので注意が必要です。
この後雌相は全身が黄色になり、性転換に伴い雄相になると頭部のピンク色の模様が雌相よりも目立つようになります。色彩は地域により変異もあるようで、とくに西オーストラリア産のものは別種とされるべきかもしれません。
コガシラベラ Thalassoma amblycephalum(Bleeker, 1856)
コガシラベラはヤマブキベラと同じくニシキベラ属に含まれるベラです。
琉球列島や四国、紀伊半島はもちろん、関東周辺でも夏から秋に死滅回遊魚としてやってきます。夜間は岩陰で休息しますが、砂が敷いてあるものの隠れ家が少ない水槽では砂の中に潜って休息することもあります。
筆者は2011年に紀伊半島で採集したものを飼育。岸壁で海藻ごと網で掬ったら、その中に入っていました。緑色と黒と白に塗分けられた体と、尾柄から尾鰭にかけて入るオレンジ色が美しい印象的な魚でした。
夜間はサンゴの隙間や岩影、二枚貝の殻の中などで眠りますが、砂に潜って眠ることもありました。この写真の右側に写っているのはハゼの仲間のサツキハゼで、半透明な体に黒い縦帯が1本入るため、コガシラベラの幼魚に似ている所があります。
こちらは採集してから7か月以上が過ぎたときの写真で、前の写真と比較して体サイズに対して眼が小さくなり、体側の模様の特徴としては尾の付近のオレンジ色が薄くなり、また体側の黒色の縦帯も縁がぼやけグラデーションができています。
左奥に写っているのはクロユリハゼ科のアケボノハゼ。温和なコガシラベラは、同サイズのアケボノハゼやハタタテハゼなどの、臆病な魚との混泳もできるのです。
しかし残念なことに、このコガシラベラはある日一緒に入れたフタホシキツネベラにいじめられ、死んでしまいました。フタホシキツネベラなどのキツネベラ類は小型であっても性格が強いものが多く、似た体つきの魚を攻撃することがあるので混泳には注意が必要です。
この個体は2019年に四国の高知県で釣れた個体を飼育しているものです。
成長すると飼育下でも10センチを超えるようで、遊泳力も強いので大型水槽が必要になります。また強い水流を好み、驚くと水槽の外へジャンプして死んでしまうこともありますので、水流ポンプやフタなどもしっかりしておきましょう。
飼育しにくいベラ
ベラの仲間は飼育しやすいものが多いのですが、中には飼育しにくい種もいくつか含まれます。
枯れ葉のように海を漂うブチススキベラは、その特徴的な姿と雌雄ともに鮮やかな色彩になることから飼育してみたいという声もよく聞きますが、ブチススキベラをふくむススキベラ属のベラは神経質で、細かい餌でないと食べないことも多く、初心者にもおすすめすることできません。
このほか、日本の沿岸では普通に見られるカミナリベラなどをふくむカミナリベラ属やノドグロベラ属、オグロベラ属、サンゴのポリプを食するマナベベラやクロベラといったベラの仲間も、飼育がやや難しいです。
筆者も磯でカミナリベラやオニベラなどをよく採集するのですが、長生きさせられたことがありません。
持って帰る際には最大サイズに注意しよう
ベラの仲間は種類が多く、その中には巨大になるものも知られます。
具体的にはツユベラ、カンムリベラ、タキベラ、キツネベラ、メガネモチノウオ、コブダイ、といった種類です。
タキベラやメガネモチノウオといった種はなかなか採集できませんが、ツユベラやカンムリベラは年によっては紀伊半島や四国などの浅瀬でも出現するため、採集してしまう人もいるかもしれません。また、観賞魚店でもよく見られるベラで、ついついお持ち帰りしてしまう方もいるようです。
しかしながらこの2種はベラの中でもとくに大型になることで知られ、自然下ではカンムリベラは60センチ以上、ツユベラも40センチをこえるようになります。
水槽内ではそれほど大きくはならないとされますが、それでも一般的に海水魚を飼育するのに用いられる60~90センチほどの水槽はこの2種のベラには狭いように思われますので、よほど大きな水槽を持っている方でない限り、持ち帰らずリリースしてあげたほうがよいでしょう。
もちろん、採集した魚は、最期までしっかり飼育してあげましょう。
(サカナトライター:椎名まさと)
文献
加藤昌一.2016. ネイチャーウォッチングガイドブック ベラ&ブダイ. ひと目で特徴がわかる図解付き.誠文堂新光社,東京.
Kuiter, R. H., 2015. Labridae Fishes: Wrasses, Special edition. Reef Builders Inc. Arlington heights, Illinois. and Aquatic Photographics, Seaford, Victoria.