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正統派アイドル 菊池桃子「卒業-GRADUATION-」作詞家 秋元康のぶっ飛んだ愛情表現とは?

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1985年02月27日 菊池桃子のシングル「卒業-GRADUATION-」発売日

群雄割拠の女性アイドルたちが次々と卒業ソングをリリースした1980年代


二十四節気の “大寒” は、1年の中で最も寒い時期とされている。大寒の時期は1月20日から2月2日まで。それを過ぎると “立春” を迎え、暦の上では春の始まりということになる。さて、日本歌謡史、J-POP史において春といえば、何をおいても “卒業ソング” の季節である。

その歴史は深く、広義には1880年代に発表された二大唱歌「蛍の光」「仰げば尊し」まで遡ることができる。時代的には、ちょうど伊藤博文が我が国の初代内閣総理大臣に就任した頃であるーー なんて言ったところでピンと来るわけもないが、その後も卒業ソングも廃れることなく発展を続け、1970年代には荒井由実「卒業写真」、海援隊「贈る言葉」というスタンダードが誕生した。

さらに1980年代に入ると、群雄割拠の女性アイドルたちが次々と卒業ソングをリリースし、さながら戦国時代の様相を呈していた。とりわけ、特異な現象が起きたのが1985年2〜3月のヒットチャートだった。なんとこの時期、同じ「卒業」というタイトルのシングルが4曲もリリースされ、その全てがシングルチャート20位以内にランクインするという異例の事態が起きたのだ。しかも、うち3曲が女性アイドルによるもの。今回はその中の1曲、菊池桃子「卒業-GRADUATION-」に焦点を当てたい。

1984年デビュー、一躍トップアイドルの座に駆け上がった菊池桃子


菊池桃子ーー ビジュアルのイメージと見事に符合するその名前は、芸名ではなく正真正銘の本名だ。まるでアイドルになることが決まっていたかのような、運命的な響きを持つその名を授かった桃子が、芸能界に飛び込んだのは1983年のことである。

その名を冠したグラビア雑誌『Momoco』のイメージガールや、映画『パンツの穴』の主演を経て、翌1984年にレコードデビューを果たすと、瞬く間に全国的な人気を獲得。一躍トップアイドルの座に駆け上がった。

4枚目のシングル「卒業-GRADUATION-」は、桃子が17歳の春、アイドルとしての人気絶頂期にリリースされた。作詞・作曲はそれぞれ秋元康、林哲司の強力コンビが手がけた。ちなみに桃子より約一週間早くリリースされた斉藤由貴「卒業」は、松本隆、筒美京平の黄金コンビによるもの。この豪華なメンツから当時の歌謡界の充実ぶりがうかがえる。

春の景色をバックに旅立ちの切なさを描いた「卒業-GRADUATION-」


アイドル時代の桃子といえば、デビューから一貫して林哲司がコンポーザーを務めたことで知られている。ゆえに楽曲のレベルが非常に高く、いわゆる “アイドルソング” の枠に収まらないアンニュイな林サウンドは近年、シティポップの文脈で海外のマニアたちを巻き込んで再評価の機運が高まっている。

歌詞に目を向けると「♪春の陽射し」「♪並木道」「♪ポプラ」といった美しい景観と共に、恋人と過ごした学生生活を振り返りつつ、ラストでこれが旅立ちを歌った楽曲であることが示唆される。

 4月が過ぎて都会へと
 旅立ってゆくあの人の
 素敵な生き方 
 うなずいた私

大学進学なのか、あるいは就職か。前向きに人生を歩み始めた若い2人の青春はいつの時代も眩しいほどに瑞々しい。一方で、“都会へと旅立つ恋人と、地方に残る私” というのは、歌謡曲やドラマではお決まりの題材でもある。その極致とも言える名曲「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)がやや皮肉めいた内容であるのに対し、「卒業-GRADUATION-」は、春の景色をバックに旅立ちの切なさを描いた、あくまでも爽やかな内容となっている。

秋元康のぶっ飛んだ愛情表現とは


しかし、そこは一癖も二癖もある歌詞を書く秋元康先生である。

 誕生日にはサンテグジュペリ
 ふいに贈ってくれた
 一行おきに好きだよと
 青いペンで書いてた

2番Aメロのこのフレーズは、一見何の変哲もないが、よく読むとおもしろい。まず “サンテグジュペリ” とは、言わずと知れた世界的ベストセラー『星の王子さま』の原作者である小説家の名前だ。つまりこの歌詞の主人公ーー すなわち桃子は誕生日に恋人から『星の王子さま』の本をプレゼントされたわけだ。そしてページを開くと、そこには行間を埋め尽くす青字の “好きだよ” の4文字。

怖い。これが延々と最後のページまで続くとしたら、ロマンティックを通り越して狂気じみている。もはやホラーの世界だ。桃子よ、上京を機に距離を置くのは正解だと思うぞ。余計なお世話だが。

しかし秋元康、よくこんなぶっ飛んだ愛情表現を思いつくものだ。そして、この変質的な内容を大きな瞳をうるませながら、愛しげに歌う桃子はまさに完璧で究極のアイドル。あどけなさの残る笑顔、おしとやかなウィスパーボイス。当時の桃子は、いわゆる “正統派アイドル” を体現した存在だった。

菊池桃子最大のヒット曲となった「卒業-GRADUATION-」


デビュー後、桃子はたちまちエイティーズ男子の心を鷲掴みにし、その証拠に桃子のブロマイドは売れに売れたという。SNSで動画や自撮りが毎日のように更新される現代とは違い、1枚の写真に想いを馳せていたエイティーズ男子にとって、清楚で可憐な桃子は文字どおり “アイドル(偶像)” そのものだったのだ。そんな桃子の最大のヒット曲となった「卒業-GRADUATION-」は、今年でちょうど発売から40周年を迎える。

振り返れば今から40年前の1985年は、アイドル史において特殊な1年だった。斉藤由貴がデビューし、桃子がトップアイドルへと成長した一方で、頂点に君臨していた松田聖子が電撃的に婚約を発表。4月にはフジテレビのバラエティ番組『夕やけニャンニャン』が始まり、おニャン子クラブが脚光を浴びた。事務所が手塩にかけてアイドルを育成するという従来の方式とは異なり、素人感あふれる彼女たちのブレイクは、アイドル界の秩序を根底から覆すものだった。

そして11月、小泉今日子がリリースした「なんてったってアイドル」は、メタ視点でアイドルという “職業” を描き出した画期的な1曲だった。もはや1980年代前半までに構築された、“いつもニコニコ笑顔を絶やさず、トイレにも行きません” というような、清純なアイドル像は成立しづらい時代となりつつあった。

暖かな春の心地を感じさせる1曲


「卒業-GRADUATION-」は、桃子のキャラクターイメージそのままの優しく、暖かな春の心地を感じさせる1曲となっている。菊池桃子の楽曲には良質なシティポップや、マイナー調の名曲が多いのだが、その分メジャー調のミディアムバラードである「卒業-GRADUATION-」は、彼女のディスコグラフィの中でも異彩を放つ。そう、誰もが認める正統派アイドルが歌った、数少ない正統派アイドルソングの1つといえよう。

そして、令和の時代に「卒業-GRADUATION-」を聴き直すと、当時とは異なる文脈でこの曲と向き合うことになる。かつて「卒業」とは、都会への憧れと地元との別れが交錯する “儀式” だった。だが離れていても常にオンラインで繋がっていられる現代において、「♪都会へと 旅立ってゆくあの人」という歌詞は、古き良き昭和の青春像として、郷愁を誘うものとなっている。

デジタル化が進んだ現代だからこそ、アナログな当時の記憶はいっそう輝きを増す。「卒業-GRADUATION-」は昭和の青春を象徴する、かけがえのない1曲なのだ。

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