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地域とアクセスし合う、弥彦村「法圓寺」の副住職 梨本雄哉さん。

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地域とアクセスし合う、弥彦村「法圓寺」の副住職 梨本雄哉さん。

浄土真宗では弥彦村でもっとも歴史があり、規模の大きいお寺「法圓寺(ほうえんじ)」。婚活イベントやヨガなど、地域交流を促すさまざまな取り組みをしていることでも知られています。弥彦に新しい風を吹かせる副住職の梨本さんに、僧侶としての考えやこれからのお寺の役割など、いろいろとお話を聞いてきました。

法圓寺

梨本 雄哉 Yusai Nashimoto

1989年弥彦村生まれ。大学、大学院で真宗学を専攻。卒業後に「法圓寺」へ入る。小学生から高校生まで、陸上選手として活躍。

村の指定文化財を有する、弥彦村を代表するお寺。

――梨本さんは、今は副住職でいらっしゃいます。何代目にあたるんでしょうか?

梨本さん:住職である父が21代目、私で22代目です。

――小さい頃からお寺を継ぐつもりでいたんですか?

梨本さん:もちろん、そのつもりでいました。大学時代、祖父が亡くなり、その気持ちがより固まりました。

――「法圓寺」さんは、どんなお寺ですか?

梨本さん:弥彦村の中では、浄土真宗のお寺としていちばん歴史があります。弥彦鳥居のすぐそばにあって、寺内の山門と鐘楼は村の指定文化財に指定されているんですよ。

――単純な疑問でお聞きするのが恥ずかしいんですが、お坊さんになるためにはどういったことが必要なんですか?

梨本さん:僧侶になるためには、さまざま資格を取得しなくてはいけません。実は、衣体(えたい)を着るためにも資格が必要なんですよ。私は京都の大学で学び、在学中にある程度の資格を取って「法圓寺」に戻ってきました。

婚活イベント、ヨガ教室、アプリ運営の背景。

――梨本さんは、変わり種の試みをされているそうですね。

梨本さん:コロナ禍前には、新潟県の事業として婚活イベントの運営に携わりました。それから、ヨガ教室も開催しています。少し前は、ユーザーに寄り添い「傾聴」したコメントを返す「Sion」というアプリ開発にも関わりました。

――婚活イベントですか。お寺の役割とどんな関係があるんでしょう?

梨本さん:地域貢献のひとつではないかなと思っているんです。亡くなった祖父は、お寺の住職としていくつもご縁を取り持っていました。当時は、どの集落にも仲人役がいたんですね。

――地域の顔だったんですね。

梨本さん:祖父は昭和一桁の生まれです。当時は、今以上にお寺の存在が大きかったでしょうし、顔が広く、地域の皆さんに頼ってもらっていたのだと思います。婚活イベントは2度開催し、成婚された方もいらっしゃいます。「子どもが生まれました」と、ここに連れてきてくれた方もいました。

――ヨガ教室についても教えてください。

梨本さん:本堂で冬期以外に開催しています。もともと社会の一員として、私たちがもっと積極的に地域課題に関与する必要があるのではないかなと思っていたんです。京都での学生生活とここ、矢作を比較して「何かできないかな」と頭の中を整理して、思いついたひとつがヨガ教室でした。それで、あるヨガの先生が「教える場所を探しているらしい」と聞いたときにすぐ反応できたんです。

――コロナ禍でのアプリ開発についても聞きたいです。

梨本さん:ヨガ教室と婚活イベントを開催しましたが、コロナ禍で一切の接触ができなくなってしまいました。そのとき「お寺というのは、接触依存でやってきた業態だったんだな」と痛感しました。あの状況がいつまで続くかわからない中で、「自分がここにいるよ」という叫びみたいなものがアプリというかたちになったのかもしれませんね。

――だいぶ注目されたのでは。

梨本さん:いただいた反響の瞬間最大風力には、とても勇気づけられました。弥彦村という小さな地域からアプリをリリースして、日本全国、世界とつながれる機会を持てたことは、大切な糧になりました。

僧侶の役割をもっと広げる。お寺の今後を見据えた着眼点。

――どうして地域貢献に関心を持たれたんですか?

梨本さん:よく「住職さんとお話できる機会はないので」なんて言われるんです。それはまさに、今後の私たちの課題だと認識しています。この地域であっても、集落単位を前提とした社会の設計になっていません。それこそ祖父が存命の頃は、集落の団結力も強かったですし、隣近所の付き合いは今よりもっと盛んでした。でも、徐々にそういう社会ではなくなってきて。都会に限らず、地方でもお隣さんとの垣根が高くなってしまいました。

――京都での学生生活を経験して、そういう気持ちが強くなったんでしょうか?

梨本さん:それもありましたね。私の場合は、高校、大学、大学院の9年間、地元から離れて、僧侶としてこの地域に戻りました。「変わっているな」と肌で感じましたし、我々僧侶という存在と地域のみなさんとの距離がどんどん離れていっている気がして。今までと同じスタンスでは、どうしてもズレが生じてしまうと感じたんです。

――もちろん、ご自身の子ども時代とも違いを感じているわけですね。

梨本さん:私が生まれたのは、平成初期。お寺の跡取り息子だというので、近所のおじいちゃん、おばあちゃんからすごく愛されました。そういう体験をしたギリギリの世代だと思います。地域から大きな愛をいただいて育ててもらいましたので、この地域の持続に関わっていくことが、僧侶としてのひとつの役割になりそうかなと思っています。大小さまざまなお寺がありますけど、どのお寺も「地域を守ってきた歴史」がついえることは、非常に大きな損失です。僧侶の役割は、いろいろなかたちでもう少し広がっていくべきなのかもしれません。長い目で見ると、今まで通りのお寺の活動を続けるだけでは、きっと地域から「アクセス」されなくなってしまいます。

――弥彦村には、新しい住宅もたくさん建っていますよね。

梨本さん:えぇ、嬉しいことですよね。すごく印象的なことがありまして。大晦日に除夜の鐘をついていたら、ある若い方がいらっしゃいましてね。お話してみたら「近所の住宅街から来た」とおっしゃるんです。でも、自宅のすぐ近くに「法圓寺」があるとは知らなかったと。それを聞いて、「これまでのように、地縁と血縁に依存したようなお寺の認知のされ方ではもう通用しないんだな」と改めて感じたんです。

――でも、新しく矢作にいらっしゃる方がいるという期待もありますよ。

梨本さん:そうですね。ただ、その方が年老いて、お寺の本来の役割が必要になったときに、「法圓寺」とつながるかどうかはわかりません。これまでと同じく、当たり前のように「矢作だったらお寺は『法圓寺』に決まっている」という時代ではありませんから。

――これからはどんなことで私たちを驚かせてくれるんでしょう?

梨本さん:引き続き、地域に根ざすお寺でありたいと思っています。私個人としては、仏教をきちんと抑えた上で「優しくなりたい」と思っています。僧侶としても、人としても。他者に対して優しさをもって敬い、愛したいなと思っています。地域の愛によって育ててもらった人間ですので、その愛を施す側にまわりたいんです。地域の中で、支え合いのお手伝いができたらいいなと思っています。

法圓寺

住所/西蒲原郡弥彦村矢作1960

tel/0256-94-2238

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