【京都観光ではたらく】宿泊事業者と学生たちとの座談会 京都の宿泊業のいまと働く魅力とは?
<参加者>
宿泊事業者
松本旅館 社長 松本義正さん/四季育む宿 然林房 女将 馬渕能理子さん
綿善旅館 社長 重見匡昭さん/都和旅館 支配人 冨山亮多さん
学校
学校法人大和学園/京都外国語大学/平安女学院大学
京都市北部、鷹峯にある旅館「四季育む宿然林房」(以下、然林房)に集合したのは、京都市内で旅館を営む経営者とスタッフ、市内の大学や専門学校で観光等について学ぶ学生たち。この日は「宿泊業界で働くことやその魅力」をテーマに、宿泊事業者と学生がディスカッションする座談会が行われました。宿泊業界の現状やサービス、やりがい、働き方。実際に現場で働く人たちと学生たちの意見や思いが飛び交い、双方の視点から深い理解を得ることができました。
館内見学—宿泊業の裏側を知る
然林房の女将・馬渕さんに案内いただき、館内見学からのスタートです。最初に向かったのはロビー。フロントで管理をしている予約システムやアテンドの手順についての説明を受けました。「部屋数は42部屋です。少なく思われるかもしれませんが、京都の旅館のなかでは多い方なんです」と馬渕さん。
アメニティは、部屋に用意されているのではなく、自分で必要な分だけ取るというサステナブルなスタイル。部屋のルームキーは、再利用した北山杉が使われていて、京都の旅館らしいこだわりが感じられます。さらには、普段目にすることのできない調理場や配膳室も見せていただきました。調理場では料理の下準備の真っ最中。旅館の裏側を知ることができ、学生にとって刺激的な経験となりました。
2グループに分かれてディスカッションがスタート
会場に戻ると、いよいよディスカッション。ファシリテーターは、京都外国語大学国際貢献学部グローバル観光学科の五嶋俊彦教授です。これまで大手旅行会社、ブライダル会社に約20年間勤務した経験を活かし、観光業界への就職指導や人材育成に力を入れておられます。
今回は4つのテーマについて2グループに分かれ、ディスカッションを実施しました。
1つのテーマにつき、ディスカッションは20分ほど。テーマに沿って、各自で考え、付箋紙にキーワードを書いてから話し始めます。
テーマ① 「旅館で働く魅力とやりがい」
旅館で働く魅力とやりがいについて、一つ目のグループでは松本旅館の熊取谷さんから「お客様からのありがとうの言葉と、目に見えて自分の成長を感じられるところ」との声が。学生の一人は、「インターンをきっかけに、現在ホテルでアルバイトをしています。直接お客様と関わらない部署であっても、お客様の笑顔につながる仕事ができることに気づきました」と体験談を共有してくれました。綿善旅館の重見さんは、「お客様からの感謝の言葉や、厳しい意見を含め、ダイレクトな声をいただけることがやりがい」とお話されました。冒頭から参加者の思いがあふれ、活気のあるディスカッションに。
ディスカッションのあと、内容をまとめてグループごとに学生が代表して発表します。
「お客様に喜んでもらい、笑顔にすることがやりがいだと感じる人が多いように思います。日本文化の伝承に携われることも旅館で働くやりがいにつながっています。また、旅館はホテルよりもお客様と接する機会が多く、お客様とのコミュニケーションが魅力だという意見もありました。
もう一つのグループからは、「旅館は、畳に布団を敷いて寝る習慣を体験してもらえる特別な場所。日本文化を伝える役目を果たせていることが嬉しい、といった意見が出ました。満足度の高いサービスを提供し続けることでリピーターが増え、結果が数字に表れることがやりがいにつながっているそうです。また、お客様から難しい要望があっても要望を叶えて喜んでいただけたときにやりがいを感じるといった声もありました」
テーマ② 「お客様とのコミュニケーションとサービスについて」
二つ目のテーマでは、お客様との会話や接客の工夫、サービスを提供する際に心がけていることについて話し合います。
こちらのグループでは、現在ホテルの和食レストランでアルバイトとして働いている学生から、お客様との会話での話題の選び方や、話しかけるタイミングについての質問がありました。
これに対し、都和旅館の冨山さんは「季節、道楽、ニュースなど、このお客様ならどんな話題だと喜んでもらえるだろう?と、お客様を観察しながら想像力を働かせています」と言います。また、松本旅館の松本さんは、「ちゃんとコミュニケーションを取ろうと意識しすぎないことが大事」とも。「この人は何を考えているのかな、と普段から相手に興味を持つことを大切にしています。これは、どんな職業の人にも共通していえることですよね」とアドバイスをくれました。
テーマのまとめに入ります。「然林房の馬渕さんに、どのような方にも失礼がないよう、お客様を呼ぶときは、特定の立場を指すような言葉は使わず、『お連れ様』といった、オールインクルーシブな表現を心がけられていることを伺いました。また、外国の方に対しても日本語で『こんにちは』、『おはようございます』と挨拶をする、とも教えていただきました。外国の方だと思うと、つい『ハロー』とあいさつをしてしまいますが、英語が母国語の方とは限らないため、日本語であいさつをすることを心がけたいです。また、学生からは、お客様におすすめのお店や場所をお伝えするときは、実体験を通して話すようにしていると意見が出ました」
「お客様とのコミュニケーションについて、私たち学生から悩みを相談し、事業者の方々にアドバイスをいただきました。例えば、京都は交通手段が多く道案内が大変という悩みに対して、特に海外のお客様の場合は言葉で伝えるだけでなく、目で見てわかる写真やメモを使ったり、自分が便利だと思った交通ルートでご案内するといったことを教えていただきました」
まとめを聞いた五嶋教授は「最近コミュニケーションが苦手だと感じている人が増えているように思います。それが理由でサービス業界に進むことを諦めてしまう人もいますが、あまり難しく捉える必要はありません」とコメント。
「特に、宿泊業界に求められるコミュニケーションに対してハードルの高さを感じている人もいるように思います。お客様のために行動しようとする思いがあれば、たとえ接客の経験がなかったとしても挑戦できる職業です。このような就活生の不安要素を払拭することが、業界への就職に対して前向きになってもらえるきっかけになるのではないでしょうか」
テーマ③ 「宿泊業界で働くこと」
三つめのディスカッションにおいて、両グループの話のなかでよく出てきたのが「中抜け勤務」。中抜け勤務とは、朝や夜の時間帯の勤務がメインで、間に休憩が入る勤務体制のことをいいます。中抜け勤務については、ネガティブに捉えられることもありますが、話をしていくなかで、中抜け勤務ならではのメリットがあることがわかってきました。
「休憩時間に、買い物をしたり、介護をしたりと中抜けを希望する人もいる」と然林房の馬渕さんは言います。他のスタッフからも、朝の勤務中に失敗して落ち込むことがあっても、中抜けの時間にリフレッシュして気持ちを切り替えることができるといった意見も。中抜け勤務に体が慣れてくると、楽だと感じるようになった人もいます。過ごし方はスタッフそれぞれですが、気分転換の時間になっているとのこと。
一方、綿善旅館では、全員がさまざまな仕事をできるようにすることで、業務内容にあわせてシフトを固定する必要がなくなり、中抜け勤務が減っているそう。宿泊施設ごとに勤務シフトや労働時間などの特色があることも分かりました。
このテーマでも、グループごとにまとめて発表しました。
「わたしたちのグループでは、旅館のキャリアアップについての質問が出ました。ホテルはセクションごとに部長、課長といった役職があるけれど、スタッフの数も多く、役職に就けるのは狭き門とも言われます。一方、旅館は人数も少なく役職自体は少ないけれど、自分の思いや評価が社内に伝わりやすく、成長を感じられる環境であることが分かりました。
「勤務形態について質問すると、旅館ごとにさまざまなシフトがあることがわかりました。土日の休みは少ないけれど、平日に出かけるのは、混雑が少ないといったメリットもあります。捉え方を変えたら、ポジティブな面もあると感じました」
両グループの発表を受け、五嶋教授は「中抜け勤務のメリットを求人でも伝えていくことは大切だと感じました。休日の話もありましたが、最近では、週末に休みをとれるように工夫している施設もあります」と述べられました。
キャリアアップや休暇制度、中抜け勤務の話題を通じて学生は、宿泊業界で働くイメージがよりはっきりしたのではないでしょうか。一方、宿泊事業者は、学生の率直な意見や思いを聞き、今後の求人に生かすことができそうです。
テーマ④ 宿泊事業者が学生に聞きたいこと
ここまではディスカッション形式で行ってきましたが、最後はフリートーク。宿泊事業者から学生に質問を投げかけます。
宿泊業界の勤務形態が一般企業と異なることを踏まえ、松本旅館の松本さんから働き方に対する価値観について質問があり、学生からは「平日に休みがあるのはいいと思っていますが、一般的な会社より休みが少ないイメージです。趣味の時間を大切にしたいので、バランスをうまく取れたらいいなと思います」との声。別の学生は、今回の座談会で中抜け勤務に対して好印象を持ったそう。「宿泊施設のさまざまな勤務シフトがあることを知りました。勤務形態にあわせて、自分の時間も大事にできると思いました」
また、宿泊事業者から、どんな会社を魅力的だと感じ、就職活動をするときは何を重視するかといった質問があり、学生からは、「ホテルや旅館のコンセプトへの共感や、自分が泊まってみたいと思えるかどうかを重要視している」との声がありました。他にも、「明日も出勤したいと思える場所で働きたいといった、福利厚生面よりもやりがいを重視している」との意見もありました。就職活動を行うにあたっては、実際に働くことを想定して、興味を持ったホテルや旅館に出向き、スタッフの雰囲気を肌で感じるようにしている学生もいました。
担い手を増やすために、事業者と学生の接点を増やすことも大切
まだまだ話したりない様子もありましたが、これにて座談会は終了。最初は緊張していた学生たちも次第に慣れ、自分の意見を堂々と伝えていました。宿泊事業者・スタッフと学生、それぞれの思いや考えを伝え合うことができ、お互いの疑問点や不安の払拭に役立ったようでした。学生は宿泊業界で働くイメージや実態を掴むきっかけとなり、宿泊事業者は学生の仕事観や就職活動で重視するポイントを知ることができ、両者にとって有意義な時間となりました。
五嶋教授はこう締めくくります。「観光の仕事は、お客様に喜んでもらえる素晴らしい仕事。その魅力を伝え、働いてくれる人を増やしたい。そのためには、このような座談会を設けたり、宿泊事業者も企業説明会に参加し、学生との接点を増やしていくなど、継続的な取り組みが大切です」。松本旅館の松本さんからも「学生から率直な意見を聞くことができました。宿泊業界はまだまだ未来があると希望をもらいました」との感想が。最後に、松本さんは「働くうえで、皆さんの普通とは何ですか?」と質問を投げかけます。「月曜から金曜まで働き、土日休みが普通とされるのであれば、その普通を支えているのは、宿泊業界の私たちです。宿泊業界を担う人がいるから、人々は余暇を快適で楽しく過ごすことができている。いろいろな働き方を知り、宿泊業界が就職先の選択肢の一つになればうれしい」と、学生にとって励みになる言葉をいただきました。
宿泊業界に興味を持つ学生と宿泊事業者が直接話をすることで、業界で働く魅力、京都で働く魅力を再発見する貴重な機会となりました。
▼京都で働きたい人と観光事業者をつなぐメディア「京都観光はたらくNavi」
https://job.kyoto.travel/
記事を書いた人:株式会社文と編集の杜
京都で活動している編集・ライティング事務所。インタビュー、ガイドブック、書籍などジャンルを問わず、さまざまな「読みもの」に携わっている。近年は、ライティングに関するイベントの開催も。