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1300年の時を超え、正倉院に収蔵された楽器の音が紡がれるーー亀田誠治が未来へと届ける曲に込めた、愛と光

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亀田誠治 撮影=キョート・タナカ

奈良・東大寺の北側に建ち、奈良時代(8世紀)の宝物を伝える非常に重要な文化遺産である正倉院。そこには聖武天皇の遺愛品や仏具など、9,000点にも及ぶ宝物が収蔵されている。たくさんの人々の心と手を通じて守り、残されてきた宝物や正倉院が重ねてきた1300年にわたる物語に焦点を当てる特別展『正倉院 THE SHOW -感じる。いま、ここにある奇跡-』が6月14日(土)から大阪歴史博物館で開催となる。宮内庁正倉院事務所全面監修のもと、「愛 美 紡ぐ」をテーマに、宝物を360度からスキャンして取得した高精細な3Dデジタルデータに演出を施した映像展示等で展覧会が構成される中、話題となっているのが“現代アーティストが正倉院からインスピレーションを受けて新作を手がけるという”プロジェクトだ。デザイナー・アーティストの篠原ともえ、写真家・映像作家の瀧本幹也、陶芸家の亀江道子と共にこのプロジェクトに名を連ねたのが、音楽プロデューサー・ベーシストの亀田誠治。亀田が取り組んだ新作は“1300年前の楽器の音を現代に甦らせて新しい音楽を作る”ものだと聞き、1300年前の楽器の音とは?  現代に甦らせるとは?  どんな曲になっているのか? 等々、湧き上がる疑問……。その疑問を直接尋ねられる好機を得てインタビューを敢行。1300年前の楽器の音を令和の時代に響かせたその舞台裏を、しかとお届けしたい。

――まず『正倉院 THE SHOW』の開催にあたり、正倉院にインスピレーションを受けて音楽の制作を! という依頼を受けた時のお気持ちから聞かせてください。

小学校6年生まで吹田に住んでいたのですが、当時から神社仏閣が大好きで低学年の頃にはひとりで近鉄電車に乗って奈良まで通うほどでした。あの雰囲気の中に自分にフィットするものを感じていたのでしょうね。今回のお話はとても光栄でした。

――依頼を受けて、正倉院にまつわる学びを深められたと伺いました。

いろいろと歴史を勉強していく中で聖武天皇の功績や、聖武天皇が亡くなった後も光明皇后が愛を注がれて遺品の保存に注力されたりしていたこと、そして光明皇后は疫病が流行った当時の民衆のサポートをされていたと知りました。今でいう慈善事業の先駆者で、SDGsの始まりのようなことをやっていらっしゃったわけです。僕は今、音楽を通して社会にどうコミットしていくかをテーマにしているのですごく考えるところがありましたね。

――今回亀田さんが1300年前の楽器の音を現代に甦らせて新しい音楽を作る・当時の楽器の音を現代に甦らせると聞いて、それはどういうこと……? とたくさんの疑問が湧き上がってきたのですがまず具体的にどのような音楽制作のプロジェクトなのでしょうか。

これまで正倉院に収蔵されている宝物のレプリカを制作して現代に甦らせる試みはされてきていたのですが、そういったことを“音でやりたい”ということでした。実は昭和20年代に正倉院の楽器の音をオープンリールテープにアーカイブする作業が行われていて、今回その資料が出てきたということだったんです。

――オープンリールテープ!

そう、さまざまな収蔵楽器の音が素材としてテープに残されていました。これを聞かせていただいたらとてもよくて! ただやはりオープンリールテープに録音されていたので、すごく音質が悪かったんです。例えるなら玉音放送を聞いているかのような状態で、パチパチしていたりノイズもあるし……。そういうものをWAVファイル(音声データを保存したファイル)にした音源リストも聞かせていただいたら、状態は悪いけどもいけるなと思えました。

――いけるなというのは?

いくつもの楽器の音がサンプリングされていたおかげで音階に並べやすいし、音の素材として充分に音階の数を満たしていました。そこに現代のレコーディング技術が加われば、曲は作れるという判断ですね。最新の技術を駆使すれば、音の揺れも補正して曇った音はキラッとした音にして音も波形で分解して並べたら大丈夫だと。それが分かった時点で、ぜひやらせてくださいとお答えしました。

――素材の豊富さ、現代の技術でそれを使えるという確信が持てた。

そうですね。その時点でもう設計図は描けていたので、あとはそれをどういう曲にしていくかだけでしたね。ただこの時にあった音の素材を実際使えるようにレタッチする作業に2ヶ月もかかってしまって。

――そんなにも!?

その準備をしたうえで去年秋の『正倉院展』を見たんです。改めてすげえ、と思いましたね(笑)。展示を観ながらいろいろな空気を思い切り吸い込んでいたら、まわりのお客さんの姿が目に入って。おじいちゃんやおばあちゃんもいれば若いカップルもいて、すごくボーダレスでした。日々僕が音楽活動で感じているエネルギーが正倉院にもあると感じられて、そこからどんどん曲のイメージが湧いていきましたね。ただ今回作った曲の下敷きとしてすごく大切にしたのは、正倉院に納められている楽器がシルクロードを渡ってきたものであるということでした。

――正倉院の宝物は、海を越えて大陸から伝わったものも数多くあります。

西洋とも接続したバックグラウンドを持っている、つまりあの当時から世界とつながっていた楽器であるということです。さまざまなことを乗り越えて日本に伝えられて、伝承されてきた楽器を僕も愛情を込めて形にしたいという思いや荒波を超えてきた情景も楽曲の中に盛り込みました。それと光明皇后と聖武天皇のラブストーリーも楽曲には盛り込みたいと思って、曲に歌詞はないけれどもそういった心の動きも含めて音楽として表現しました。

――なるほど! ただ個人的に一番気になるのはどのような実作業がなされたのかということです。どのように曲にしていったのか、どういった技術が使われたのか、どのような作業を経ていくとひとつの曲になったのか伺えますか?

まず楽器は呉竹横笛、東大寺竹尺八、無銘竹尺八、南倉方響、螺旋楓琵琶、北倉阮威の6種類を使っているのですが、ひとつひとつの楽器の音のデータを全て音階に並べるところからスタートしました。

――全てというと……。

レタッチしたそれぞれの楽器の音をドレミファソラシド、半音も含めて全て並べてメロディーを奏でられる状態に並べるんです。そして並べた中でもその楽器の音が綺麗に響いている音を選ぶ作業をしました。オープンリールテープに保存されていたデータである以上、どうしても音が荒れているところはある。なので、例えばこの音は長い音として使うと少し厳しいけど短い音なら大丈夫など音の性質も全て把握したうえで、そこから逆算する形でメロディーを作りました。

――ということは、本当はこの音を使いたいけれど音が納得できないから使えないなんてこともあったということでしょうか。

そうです。音の状態がよくないから使えなかった部分は、楽器を変えて使ったりもして。

――少し聞いただけでも、気が遠くなるような作業です……!

そこにいろんな楽器が出てきたらこれは聖武天皇の前でみんなが待っている時の音楽のような雰囲気になるなとか、そういった細かい演出も少しずつ積み重ねていきました。

――それは全てパソコンで?

僕が弾いたベース以外はほぼパソコン内の作業でしたね。最初の音作りのところだけでも補正したりノイズを取り除いたりするものなどいろいろなソフトを駆使して。全体を通してもたくさんのソフトを使いました。

――お話を聞いていると、令和じゃないと難しかったプロジェクトなのでは? と思わされます。

そうですね、できなかったと思います。

――今回の楽曲「光」の制作にあたるうえで一番大切にしたこととは、どういったことでしょうか。

1300年も前の楽器の音色が、令和に生きる人の心を揺さぶるわけです。今回作った楽曲が1300年後の未来……2325年に生きる人たちの心にも残るようなものになって欲しいと思うんですね。単純に最新の技術でこんなことができるよ! ということではなくて光明皇后の聖武天皇への愛情であったり、荒波を乗り越えてきた遣唐使たちの想いであったり、もっと言うと昭和20年に楽器の音のアーカイブを作ろうと決心して取り組んだ専門家たちの想いも僕が真摯に受け止めて、そのうえで光溢れるラブソングを作るつもりで制作に臨みました。この曲を愛の結晶にしたいという思いは強くありました。

――正倉院に納められている楽器に1300年から、そしてもっと前から関わってきた人々の思いも全て背負って。

そこには僕自身が関わってきた何百ものアーティストと自分の音楽のアーカイブや経験値も加わって、そしてさらにこうして取材してお話ししてきた経験も加わっていると思うんです。人がモノを作って残していく、伝えていくうえでの一番大事な部分だと思います。そこには人々が生きる心、つまり愛情があるということも伝えていきたいなと。そのうちのひとつの表現方法が音楽であり楽器であるという気持ちを大切にしました。

――実際に制作にあたられて、これまでの音楽家としての人生の中でも面白いと感じられた楽器はありましたか?

正倉院に収蔵されている楽器は、楽器として音を出す実用的な部分があるのはもちろんですが楽器自身を装飾品として愛でる側面もあります。なので、楽器単体として見ればもっと状態のいい楽器もどこかにあるかもしれない。でもこれは奉納された楽器たちですから、総合芸術……音も鳴るし見た目も本当に素晴らしいわけです。正倉院に収蔵されている宝物のたくましさには心を打たれました。僕ね、今回のプロジェクトで重要だと思っていることがあるんです。今回曲に使っている楽器の音はデータにしたものを使用してプログラムして演奏しているので、実際の吹き手やプレイヤーが演奏していないんです。そこがすごく重要だと思っていて。

――あ……! 今回作られた音のデータを利用すれば今後誰もが気軽に演奏できる可能性があるということですね……!

そうなんですよ! それに付随してくる問題はいろいろあるにせよ、この音を未来へ届けることができる。もしくは未来で受け止めてもらう可能性を作ることができたのはすごく大きなことだと思います。

――例えばゆくゆくアプリになって誰でも簡単に演奏ができるようになったり。

それもあるし、今度はこの曲を現代の音楽家たちに生で演奏してもらっても楽しいですよね。

――最近ミュージシャンのみなさんも打ち込みで作ったうえで、ライブでどう再現・表現するかを楽しまれているし苦しまれているイメージはあります。

そうですよね、(スタッフに向かって)ファイナルイベントあたりで生演奏はどうですか? しましょうか(笑)?

――そういう挑戦も楽しそうです! ちなみに、「光」を聴くうえでポイントになることはありますか?

今回の曲の始まりは方響​という鐘がチーンと鳴るところから始まるんです。それは僕の中で平城京が誕生した時のイメージで、そこから時間の変化と共に曲の中で鳴る楽器が増えていって途中で太鼓が鳴ってだんだん不穏になっていくところは、遣唐使が海を越えてくる情景をイメージしました。そしてその後にふと怪しいような瞬間が訪れるのですが、それは光明皇后が聖武天皇を想う気持ちを表現しています。歌詞がないのでみなさんの感性で受け取ってもらえたらうれしいですね。この曲は展覧会の最後、たくさんの作品を観て回った最後に聴いていただける展示コースになっています。

――正倉院にまつわるいろいろな知識が頭に入ったうえで、最後に聴けるのですね。

はい。そして正倉院に納められている宝物はシルクロードにつながる悠久の大陸から荒波を越えて命懸けで日本に渡ってきた遣唐使たちの学びや想いもあるわけで、まず人がいたと考えています。そのドラマが大事だなと。東大寺を造るにも何万人もの人が力を合わせていたわけです。とにかくどれだけの人がこの正倉院の1ピースだったかということに想いを馳せるだけでも、本当に胸が熱くなるんです。

――そこに亀田さんのお名前も加わるわけですし、本当に面白いプロジェクトだなと思います。最後に、これまでご自身が関わられてきた音楽制作にまつわるもので時間を超えて1300年後にも残したいもの、伝えていきたいものを伺えますか。

そうですね。僕が今ライフワークとして取り組んでいる『日比谷音楽祭』というフリーイベントがあるのですが、これはたくさんの人に世の中には素晴らしい音楽や素晴らしいミュージシャンが数多くいると伝えたい、僕が伝えることでそれを受け取った人たちがまたそのことを伝えていってほしいということへの取り組みなんですね。本当に僕は“恩送り”という言葉が好きなのですが、それを音楽で伝えていく音楽家でありたいと思っています。どんなやり方でもいい。演奏する時も、楽曲をプロデュースする時も、イベントを主催する時も映画音楽をやる時も、今回のような作品作りをするときもそうですが、自分は自分の持っているものを全て注ぎ込んで音楽で恩送りをしていきたいです。

取材・文=桃井麻依子 撮影=キョート・タナカ

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