5月に咲く“最後の桜”ミネザクラ 標高1600mで春に出会う【福島県福島市】
福島市内で梅雨を迎える頃、同市にある標高約1600メートルの高山地帯では、ようやく桜が咲き始めていた。それは「最後に咲く桜」とも呼ばれるミネザクラ。人知れず、そして誇らしげに、高山の風にそっと揺れるその姿に出会ったとき、私は、季節が少し遅れてやってくる場所があることを知った。
福島駅から星を見るために浄土平へと向かう道中のこと。あと5分ほどで目的地に着くという手前で、ふと目を引く淡いピンクの花が車窓から見えた。「まさか、桜……?」季節はもう5月下旬。見間違いかもしれないと思い直した、その翌日のことだった。
目を疑ったその花は、“桜”だった。
帰宅後、たまたま地元の天気予報で聞き覚えのある言葉が耳に飛び込んできた。「福島市で一番遅い桜が開花しました」――やはり、あの花は桜だったのだ。キャスターによるとこれは“ミネザクラ”というらしい。なんだか見逃してはいけないものを見たような気がして、私はすぐに再訪を決めた。
ミネザクラ――最後に咲く、天空の桜
ただ、その桜が咲いていたのは火山ガスが滞留しやすく、立ち入り禁止とされている区域の近く。改めて再び浄土平を訪れた私は、浄土平ビジターセンターでミネザクラを見られる場所を尋ねると、「あの看板の近くにありますよ」と徒歩で見られる場所を指さしてくれた。
中部地方以北の高山帯に生息するミネザクラは、別名「タカネザクラ」とも呼ばれる高山性の桜。福島県内では標高1500m以上の限られた地域でしか見られない上に開花時期も5月から7月にかけてと、まさに“最後に咲く桜”と呼ぶにふさわしい。
「今年は2週間くらい前から咲き始めて、見ごろは先週。今週は天候がすぐれなかったのでこの辺りは散り始めていますが、登山道沿いでは今まさに咲き始めですよ」そう教えてくれたスタッフの言葉に、私は思わず驚いた。この標高1600mの地に春が来たのはつい最近だったのだ。
標高が生む“時間差の春”
花の名所として知られる福島市の花見山は、標高約190メートル。今春はおよそ7万7千人が花見に訪れたという。一方、同じ市内にある浄土平は標高約1600メートル。気温も風景も、まるで別世界だ。
一度は終わったと思った春が、高山の世界ではこれから本番を迎える。車で少し走るだけで季節が追いかけてくるような、不思議な感覚。まるで、時間がゆっくりと流れている別の世界に足を踏み入れたようだった。
厳しい自然が育む“天空の花
吾妻連峰に広がる高山帯は、雪深く、風が強く、植物にとっては厳しい環境だ。それでもミネザクラをはじめとした高山植物たちは、短い夏の間に一気に芽吹き、花を咲かせ、種を残すという、命のリレーを行う。
そんな過酷な環境に、花を咲かせる桜があること自体に私は心を打たれた。平地の桜のように多くの人に見られるわけではない。でも、雪が解けた湿原にそっと現れ、春の終わりに咲くその姿は、ひときわ美しい。
まだ間に合う、“最後の桜”に会いに行こう
6月上旬、夏が平地にやってくる中、浄土平ではまだ春が名残をとどめている。登山道を少し歩けば、これから咲くミネザクラに出会えるだろう。春は、花の終わりを見送るだけの季節ではない。花が咲き始める、その瞬間に立ち会うこと――それもまた、春のよろこびのひとつだ。
ぜひ、標高1600mの浄土平で、あなただけの“最後の桜”に出会ってみてほしい。