経常黒字4社、赤字37社 苦戦続く三セク鉄道の今 元公募社長が始めた鉄道再生支援プログラムもご紹介します【コラム】
鉄道業界では、好不況を表す指標が定期的に公表されます。代表選手は国土交通省の「鉄道輸送統計月報」。輸送概況は、一部JRや私鉄、日本民営鉄道協会なども発表します。鉄道会社のオーナー気分で数字を眺めれば、「〇〇線の利用が伸びているので、そろそろ新車投入を考えよう」と、さまざまに想像がふくらむ……かもです。
今回はそんな指標の一つ、第三セクター鉄道協議会(三セク協)が毎年発表する「2023年度第三セクター鉄道の輸送実績・経営成績」をお届けします。会員の多くが地方鉄道という加盟社は、2020年度からの新型コロナ禍で大打撃を受けましたが、事態がほぼ収束した2023年度は、多くの会社で輸送人員(利用客数)が前年度を上回りました。
本コラムは、三セク鉄道の輸送実績・経営成績を要約してご報告。後段では、三セク鉄道の元公募社長が始めた地方鉄道の再生支援プログラムもご案内します。
国鉄改革時、地元がレール存続を決めた
あらためて三セク鉄道とは。最近はあまり耳にしませんが、「半官半民」が三セクの定義です。官と民が共同出資して運営する企業スタイル。鉄道も基本は同じですが、三セク協会員には独特の生い立ちがあります。
1987年の国鉄改革。国鉄は民営のJR各社に引き継がれましたが、極端に利用の少なくJRが運営できないと判断した線区は、地元の三セク鉄道が鉄道を引き継ぐか、あるいはバス転換するかの選択が地域に委ねられました。
国鉄改革から37年。廃止された三セク鉄道も一部ありますが、のと鉄道(石川県)、信楽高原鐵道(滋賀県)、松浦鉄道(長崎、佐賀県)など多くは今も現役です。
三セク協会員には、国鉄の経営悪化で工事中断された線区を地元が引き継いで開業させた鉄道、整備新幹線開業でJRから経営分離された並行在来線を運営する鉄道もあります。
ハピラインふくい加わり41鉄道に
三セク協会員数は、2023年度に1社加わって41社になりました。新加入は「ハピラインふくい」。2024年3月16日の北陸新幹線福井・敦賀延伸開業で、JR西日本から経営分離された並行在来線・JR北陸線のうち福井県内の敦賀~大聖寺間を引き継いだ新会社です。
会員40社を合計した、2023年度の年間輸送人員は8584万人(1万人単位で四捨五入)。2022年度は8030万人で、実数で554万人、率で7%増加しました。
会員数が41社なのに、輸送実績が1社少ないのは北近畿タンゴ鉄道(京都府、兵庫県)が経営の上下分離で、列車運行をWILLER TRAINS(京都丹後鉄道)に移管したため。
あくまで参考ですが、JR旅客6社で旅客輸送量が最少のJR四国の2023年度鉄道輸送量は3991万人。「三セク協会員40社=JR四国×2」の比較から、三セク鉄道の立ち位置をイメージしていただけるかもしれません。
輸送人員トップは愛知環状鉄道
40社のうち、輸送人員がもっとも伸びたのは愛知環状鉄道。2023年度実績は前年度比9.3%増。利用客の実数は1625万人で、三セク協40社で最高です。
岡崎(JR東海道線と接続)~高蔵寺(JR中央線と接続)間45.3キロの愛知環状鉄道線は、名古屋都市圏輸送の一角を受け持ちます。沿線にあるのがトヨタ自動車系企業。世界トップクラスの自動車メーカー・トヨタは2000年代以降、社員の電車通勤を奨励します。
決算の合計額は86億円の経常赤字
続いて決算。タンゴ鉄道を加えた、会員41社全体の経常赤字額(鉄道事業に助成金などを加えた数字)は86億200万円(10万円単位以下切り捨て)。2022年度の141億6200万円に比べ、55億60000万円と大きく改善されました。
2023年度に経常黒字を確保したのは、信楽高原鐵道(滋賀)、智頭急行(兵庫、岡山、鳥取県)、南阿蘇鉄道(熊本県)、あいの風とやま鉄道(富山県)の4社。いずれも2022年度は赤字決算でした。
最高益を挙げたのは、あいの風とやま鉄道の9700万円。コロナ禍の収束で利用が回復したこと、利用促進策で観光客やインバウンド客を誘客したこと、年度初の2023年4月1日からの運賃改定の効果などが理由です。
一方で、2022年度に黒字だったIGRいわて銀河鉄道(岩手県)とIRいしかわ鉄道(石川県)は、2023年度は再び赤字に。三セク鉄道全体での経営環境の厳しさは変わりません。
「日本の交通力は、どこにだって根を張る。」
後段は、三セク鉄道再生に向けた動きをまとめます。三セク協が生んだヒット商品といえば、四国八十八ヶ所の鉄道版「鉄印帳(の旅)」。会員各社を回って(乗車して)、各社オリジナルの鉄印を集めれば旅のメモリアルになります。
鉄印帳の新機軸では、デジタル版鉄印帳がスタート。エリア制覇を記念する鉄印プレゼントと話題は尽きません。
ハード面では、車両検修の効率化に三セク協を中心に会員全社で取り組むなど、「日本の交通力は、どこにだって根を張る。」(三セク協のスローガン)を実行する活動が進みます。
「マーケティングマインド育てます」
ラストは、三セク鉄道から派生した話題。元公募社長が、地方鉄道支援プログラムの提供を始めました。
2014~2017年に若桜鉄道の公募社長を務めた山田和昭さん。鉄道ファンの記憶に残るところでは、2015年4月にSL「鳥取県発地方創生号」を運行し、沿線に約1万3000人を集めました。
2024年夏からは、代表社員を務める日本鉄道マーケティング(合同会社)の活動に専念します。
山田さんが2024年8月に提供を始めたのが「公共交通マーケティング推進プログラム」で、パートナーは成定竜一さん。楽天バスサービス出身で、2011年に高速バスマーケティング研究所(こちらは株式会社)を起業。バス会社の海外情報発信や外国人旅行者誘致が得意分野です。
日本鉄道マーケティングは、山形鉄道や熊本電気鉄道などでツアー客の誘致、オリジナル商品ネット販売に成果を挙げてきました。
新しい公共交通推進プログラムでは、社内人材育成や勉強会などで、沿線外から利用客を呼び込めるようなマーケティング感覚を持つ人材を育てます。
〝経営の教科書〟では、「顧客の要求を満たすため、企業が取り組むあらゆる行動」と定義されるマーケティング。三セク鉄道でいえば、「沿線外にどれだけファンを増やせるか」が求められるマーケティング戦略といえそうな気がします。
記事:上里夏生