「誰よりも漫画を読んできた」ことが子どもの強みになった! 漫画研究家の父親の漫画の与え方とは?
子育て中の漫画研究家の本棚を取材。3回目は京都精華大学マンガ学部教授・吉村和真先生にお聞きしました(全3回の3回目)。
漫画研究家の父親の漫画の与え方とは?「漫画を読むプロ」である漫画研究家に、「子育て×漫画」について語ってもらう連載3回目。今回は、マンガ研究の中心的人物の一人として多岐にわたり活躍されている京都精華大学マンガ学部教授・吉村和真先生の本棚をご紹介します。
漫画は絵本と同じように幼児のころから読ませていた
──吉村先生は、お子さんが18歳の息子さんと16歳の娘さんのお二人で、特に息子さんが非常に漫画好きに育たれたとお聞きしました。まず、息子さんが初めて漫画に触れたのは、いつごろでしたか?
吉村和真先生(以下、吉村先生):年齢は覚えていないのですが、絵本と変わらない感覚で、幼児のころから漫画も読ませていました。「お父さんはこういう仕事をしているんだよ」と伝える意味でも漫画を見せていましたね。
絵柄もかわいい『鉄腕アトム』からはじまり、3歳のころの写真を見たら、手に『ブラック・ジャック』(共に著:手塚治虫)を持っていたものがありました。
また、息子は保育園のころには、もう一人で漫画を手に取っていて。ただ、当時は描かれているものを理解するというより、パラパラめくって絵を見て、気に入ったものを模写するということをよくやっていましたね。
文字が読めるようになってからは、家の本棚から作品を選び取っては漫画を楽しみ、小学生に入ったころは、『DRAGON BALL(ドラゴンボール)』(著:鳥山明/集英社)のキャラクターをたくさん描いていました。
溢れんばかりの漫画の本棚。正面だけでなく奥にも2列で並ぶ。「増えすぎて妻から怒られています」(吉村先生)。 写真提供:吉村和真
コミュニケーションにつながったジャンルを超えた漫画
──お子さんが読む漫画に関し、自分なりの条件などはありましたか?
吉村先生:僕から息子や娘に「これを読みなさい」「これは読むな」と口を出したことはありません。そこに特段ポリシーがあったわけではないのですが、僕自身も子どものころに、親が買ってきた漫画をこっそり読んだりしていましたし、それを親から咎められたこともありませんでした。
だから子どもたちに対しても「家にある漫画は、読みたければいつでも手を伸ばしていいよ」という環境を作っていました。
「家を建てるときのオーダーは『漫画が1万冊置ける家』でしたが、予定外に増えた息子の部屋の様子」(吉村先生)。 写真提供:吉村和真
吉村先生:読む内容も、基本的には制限しませんでしたが、いわゆる成人向けの漫画は僕の部屋に保管し、「勝手に部屋に入ってはダメだよ」とは伝えていましたね。ただその線引きも、息子が高校生になったあたりからはゆるくなりましたけど。
漫画は、取り上げていないテーマを探すことが難しいほど、多様な世界やキャラクターが描かれています。漫画を通じて、息子は実生活だけでは経験することができないくらい、たくさんの考え方や想像力に触れたのではないかと思います。古い作品だけでなく、妹の『ちゃお』など、少女漫画も読んできているので、「偏食をしない漫画好き」というのは、彼の個性のベースになっている気がしますね。
息子自身も、「ジャンルを超えて読んでいたおかげか、女の子からおじさんまで、性別・年齢関係なく話せるようになった」と言っています(笑)。幅広い作品を知っているから、どの世代の人とでも漫画を話題にいろいろ話ができるそうで、それは彼の強みだと思いますね。
好成績の国語は漫画の影響だった!?
──息子さんを見ていて、「漫画の影響だろうな」と思うところはありますか。
吉村先生:国語の成績は、びっくりするほどよかったですね。あと中学生のころから、漫画の感想やあらすじを読んだら話してくれるようになったのですが、文脈を整理したり、端的にまとめたりするのがだんだんうまくなっていきました。
小説や映画とは違った、漫画でしかできない表現を言語化するのには、実は結構な訓練がいるのですが、息子は自然とそれを体得していったようです。
それから、漫画で多く描かれているからか「青春したい!」という気持ちが強いようで、高校は運動会や文化祭に力を入れているところを探して進学。さらに応援団に入ったり、文化祭の出し物で脚本を書いたりと、高校生時代はいろいろと活動していましたね。
正直、活動的なタイプではないので意外でしたが、「青春」という時間の貴重さを、漫画を通じて感じていたんだと思います。高校卒業を目前に控え、「これで子どもの時代は終わるんだな……」と呟いていたのも面白かったですね(笑)。
──息子さんが漫画好きになってよかった、と思うのはどんなときですか?
吉村先生:自分が漫画で仕事をしているので、漫画について息子があれこれ話してくれるのがやっぱり嬉しいですね。
漫画を読んでいる総数はまだ僕のほうが多いと思いますが、息子もどんどん守備範囲が広がっていて、スマホで読める作品などは彼のほうが圧倒的に詳しくて。そして「面白かった」と薦めてくれる漫画は、確かに面白いんですよ。息子の意見を参考にすることが多くなりましたね。
漫画というのは、“読む”“描く”に加えて“語る”のが第三の楽しみと言われているのですが、今、漫画を語る楽しさを家族と共有できるのが、とてもありがたいなと感じています。
国際的コミュニケーションにも漫画は強い武器に
──子どもと漫画の関係を近くで見守ってきて、どのような想いがありますか?
吉村先生:僕自身、漫画が好きで、漫画の影響を受けて研究をしていることもあり、漫画というコンテンツを非常に信頼しています。
漫画を信頼するからこそ、子どもにはたくさん良い漫画に出会ってほしい。でも、長所だけでなく短所、面白いところだけでなく怖さもあるので、全体を見渡したうえで、幅広い視点から漫画を捉える必要があると思っています。
今の日本では、漫画と接触せずに生きていくのは難しいほど、私たちの生活のあちこちに漫画があります。「たくさんの漫画を読んできたという留学生と「小さいころはよく読んでいたけど、今はあまり」という日本人学生とで読んでいる総量を比べると、実はあまり変わらないんです。それぐらい、日本に住んでいると、好きとか嫌いにかかわらず、いつのまにか多くの漫画に接することになるわけです。
この環境をうまく自覚して活用できれば、自身の視野をもっと広げたり、表現の受け皿を大きくしたりできるかなと思います。また、漫画が世界でポピュラーカルチャーになった今、たくさんの漫画を知っていることは、将来の国際的なコミュニケーションの場においても、子どもたちの強い武器になると思っています。
最後に息子が、「『同い年の誰よりも漫画を読んでいる』という、誰にも負けないものが軸にあるおかげで、だいたいのことはへこたれないようになった」と言っていました。
たぶん彼の思考や価値観の半分以上は、漫画がもとになっていると思われます。僕のこうした育て方というか、彼の育ち方が良かったのか悪かったのか、全くわかりませんが、息子の個性を形成した大切なところに漫画があることを、嬉しく思っています。
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吉村先生は、漫画を信頼しているからこそ、息子さんに制限なく読ませ、その結果が強みと個性へつながったという言葉に、漫画の持つ力を改めて感じさせられました。
つい言ってしまう「漫画ばっかり読んで!」という言葉を、たまにはぐっと飲み込んで、好きなだけ漫画を読ませる機会を作ってあげることで、子どものさまざまな面の成長へとつながるかもしれませんね。
吉村和真(よしむら・かずま)
1971年、福岡県出身。立命館大学大学院博士後期課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、京都精華大学マンガ学部教授。2024年末、学校法人京都精華大学理事長に就任。専門分野は思想史、漫画研究。
執筆や講演活動を続けるなか、2001年の日本マンガ学会設立、2006年の京都国際マンガミュージアム開館を担当、近年は全国の自治体や省庁と連携するなど、マンガ研究のための環境整備に取り組んでいる。